2025年11月03日
こうして脳は老いていく
遠藤英俊 認知症専門医、医学博士

気軽に始められるカラオケ(写真はイメージ/写真提供:Photo AC)
情報伝達の最上位中枢器官で、全身の機能を統合・制御する司令塔<脳>。脳の部位は一度衰えるとなかなか回復しない反面、実はバックアップ機能を備えているそうで「元気な神経細胞によって、落ちた記憶力をカバーすることができる」と話すのが、老年病と認知症の専門医・遠藤英俊先生です。今回その遠藤先生の著書『こうして脳は老いていく』より、何歳からでも遅くない脳がよみがえる方法を紹介します。
いつもよりちょっとだけ「おしゃべり」になる
おしゃべりも予備脳を強くする素晴らしい方法です。
毎日、家族や友人、近所の人とちょっとした会話を楽しむだけで、脳にはうれしい刺激になります。
誰かと話すとき、脳はフル回転します。相手の言葉を聞き、意味を理解して、自分の思いを言葉にし、ときには笑ったり共感したり。こうした一連の流れは、記憶力や考える力、感情などをつかさどる機能を刺激します。
日本の久山町研究(九州大学)によると、60歳以上の高齢者を長年調べた結果、話し相手が少ない人は認知症の発症リスクが1.5倍高いことがわかりました。
海外の研究では、家族や友人とよくおしゃべりする人は、認知症のリスクが40%も減るという報告もあります。
おしゃべりは、脳の筋トレのようなものなのでしょう。話せば話すほど脳に負荷がかかり、脳がどんどん活性化するということです。
おしゃべりは心にもいい影響を与えます。
誰かと話すと、なんだかほっとしませんか?
それは、脳内で「幸せホルモン」と呼ばれるオキシトシンやドーパミンが分泌されるからです。ストレスを減らし、寂しさや落ち込みをやわらげてくれます。
東京都の研究によると、1日に2時間くらい人と話す高齢者は、気分が落ち込むことが少なく、幸せを感じやすいそうです。
会話が続くと、脳はどんどん刺激される
おしゃべりは長編小説のように長々と話す必要はなく、週に2〜3回、誰かと話すだけで十分。厚生労働省も、「週に何回か人と話すこと」をすすめています。
特に、年を取ると人とのつながりが減りがちです。
仕事を辞めると、それだけで人付き合いが減ります。プライベートでの付き合いがない相手とは、退職後はほとんど会うことはないと思います。悲しいことですが、家族と別れることもあるでしょう。
もともと人付き合いが苦手で、ひとりでいることが多かった人は、年を取っても変わらずひとりでいることが多いのではないでしょうか。
また、あくまでも傾向ですが、男性より女性のほうが共感力が高く、感情を共有する会話や人間関係を築くことに積極的であるといわれます。
おしゃべりの習慣化を、あまり難しく考えないことです。
家族や友人が近くにいる人はいつでもおしゃべりできると思いますが、いない場合は、週に何回か、電話をかけてみましょう。ビデオ通話でもいいと思います。おしゃべりの機会をつくることが大事です。
「最近どう?」「元気にしてる?」などと短い会話で十分です。
ちょっとしたやりとりから会話が続くと、脳はどんどん刺激されます。
もちろん、おしゃべりの相手は誰でもかまいません。
近所の人でも、趣味仲間でも、お店の店員さんでもいいでしょう。近所の人に「こんにちは」とあいさつをしたり、お店の店員さんに「ありがとう」と声をかけたりするだけでも脳に刺激が加わります。
そのためにも、おしゃべりの相手が思いつかない人は、家に閉じこもらず、少しでも外に出るよう心がけてください。
ただ、気をつけたいのが楽しくない会話。
話していてストレスがたまるようでは逆効果。相手の対応にもよりますが、自分からはとにかく笑顔で話せる、楽しいおしゃべりを心がけましょう。
人と話すのが苦手な人は、無理に長く話そうとせず、自分のペースで始めることです。
音楽は聴くより「歌う」「演奏する」ほうがいい
音楽は心を元気にしてくれる素敵なものです。
好きな曲を聴くと、気分が良くなったり、懐かしい思い出がよみがえったりします。しかし、予備脳を強くするためなら、音楽を聴くよりも、「歌う」「楽器を演奏する」ほうがおすすめです。
なぜなら、歌ったり演奏したりするほうが、脳のいろいろな部位を使うことになるからです。
もちろん音楽を聴くだけでも、脳は使います。
好きな曲を聴くと、音を処理する側頭葉にある聴覚野が働きます。聴覚野が活性化すると幸せな気持ちにしてくれるドーパミンという物質が分泌されるため、ストレスが減り、気分が良くなります。
しかし、聴くだけだと、よく使われるのは聴覚野だけ。
それに比べて、歌ったり楽器を演奏したりすると、使われる部位が格段に多くなります。歌うときは、歌詞を思い出したり、リズムに合わせて声を出したり、メロディを感じたりしなければなりません。
楽器を演奏するときは、楽譜を見たり、指を動かしたり、リズムを刻んだりしなければなりません。
つまり、歌ったり演奏したりすると、音を処理する部位だけでなく、記憶や言葉、視覚、運動などに関わる部位も同時に活発になるということです。
国内の研究でも、歌や簡単な楽器を使った音楽療法が、高齢者の記憶力や注意力の改善に効果があることがわかっています(島田裕之ほか、東京都健康長寿医療センター)。
また、ある研究では、ピアノを半年練習した高齢者が、物事を計画したり覚えたりする力がアップしたという報告もあります。

楽器の演奏で予備脳が強くなる(写真はイメージ/写真提供:Photo AC)
気軽に始められるのは「カラオケ」
では、どうやって歌ったり演奏したりを始めればいいのでしょうか?
気軽に始められるのはカラオケです。
日本にはカラオケを楽しめる場所がたくさんあります。家族や友人と出かけて、好きな歌を大きな声で歌ってみましょう。
歌うのがちょっと苦手という人は、ひとりカラオケに行くという方法もあります。大きな声を出しても近所迷惑にならないなら、自宅の部屋で歌ってみるのもいいと思います。
楽器に挑戦したいなら、ウクレレやリコーダーといった簡単な楽器がおすすめです。ウクレレなら、1週間も練習すれば簡単な曲が弾けるようになります。インターネットの初心者向けの動画を利用するのもいいでしょう。
地域の合唱団や音楽サークルに参加するのもいいアイデアです。
日本の多くの町には、公民館や高齢者施設で歌ったり楽器を楽しんだりするグループがあります。初心者向けのグループなら気軽に参加できるので、まずは見学に行ってみましょう。
仲間とコミュニケーションをとる機会が増えて、さらに脳への刺激が大きくなります。
※本稿は『こうして脳は老いていく』(アスコム)の一部を再編集したものです。
『こうして脳は老いていく』(著:遠藤英俊/アスコム)
【90歳になっても脳がよみがえる方法があります】
何歳になっても物忘れがほとんどなくシャキッと冴えているAさんの脳。
かたや、5分前に言われたことも忘れてしまうBさんの脳。
同じ年齢の2人の脳は何が違うのでしょうか、遺伝的な差があるのでしょうか?
いいえ、そうではありません。この2人の脳の違いは、老いた脳を支える「バックアップ」の機能が働いているか、いないかの違いなのです。
予備脳は90歳を過ぎても強くできます。
ぜひ、本書で「人生100歳時代」を充実したものにしてください。

こうして脳は老いていく
作者:遠藤英俊
出版社:アスコム
発売日:2025/10/2
出典=『こうして脳は老いていく』(著:遠藤英俊/アスコム)
遠藤英俊
認知症専門医、医学博士
1982年滋賀医科大学医学部卒。名古屋大学老年科で医学博士を取得。国立長寿医療研究センターにて、長寿医療研修センター長を務める。2020年より聖路加国際研修大学臨床教授、名城大学特任教授に就任。2021年、老年病や認知症に関する専門的医療を提供する「いのくちファミリークリニック」を開院。日本認知症学会専門医、日本老年医学会老年専門医。脳の老化について長年取り組み、NHK『クローズアップ現代』『きょうの健康』などメディア出演多数。著書に『医師が認知症予防のためにやっていること。』などがある。
リンク先は婦人公論.jpというサイトの記事になります。
