2024/09/22 05:00
8月に初めて発表された南海トラフ地震の臨時情報(巨大地震注意)。備えの大切さを見つめ直す機会となり、私も水や簡易トイレなどを購入しました。しかし、物を用意するだけが備えではないと、社会部に届いた1通のLINEに気づかされました。
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送り主は、大阪市城東区の宇田二三子さん(77)。原因不明の難聴が進行して33歳で聴覚を失い、一時は人生に絶望しましたが、家族や周囲の支えで生きる希望を見いだしました。3年ほど前、この欄で紹介した方です。
人工内耳の体外装置を装着した宇田さん。少しでもずれると、音が聞こえなくなる(大阪市城東区で)
宇田さんは、初孫が誕生した際に、声を聞きたい一心で、頭部に電極を埋め込む人工内耳手術を受けました。人工内耳は、体外装置を耳に掛けたり、頭部につけたりして音を電気信号に変え、体内に埋め込まれた電極に送信することで聴神経が刺激され、音が聞こえる仕組みです。
手術後、初めて音を聞く「音入れ」の日。初めは「ヒュルル…」という音でしたが、少しすると、「聞こえる?」と懐かしい夫の声が響きました。そして、娘たちの「お母さん」、ゼロ歳児だった孫の「アー」というつぶやきも。それ以来、「命と同じくらい大切なもの」と肌身離さず身につけてきました。
今年5月、思いがけない事態に見舞われます。「頭が痛くて、右目が変なんです。右に右にと流れる感じがして」。かかりつけ医にそう伝えると、その日のうちに総合病院で手術を受けることになりました。脳出血でした。
翌朝、看護師から人工内耳の体外装置を渡されましたが、どう装着すればいいのかわかりません。脳出血の影響で記憶障害が起きていたためです。しかし、医師や看護師も初めて見たようで、装着方法を知りませんでした。家族も事情は同じでした。
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何も聞こえず、併発した失語症で言葉もうまく出ない絶望的な状況。看護師や家族が試行錯誤し、何時間もかけてようやく装着できましたが、今度は体外装置の電池が切れました。専用電池で、付け替えにもコツが要ります。家族や友人に「人工内耳を扱う病院やメーカーに機材や使い方を尋ねてほしい」と筆談で頼み込みました。安定して聞こえるようになるまでの約1週間を宇田さんは「最大の悪夢」と振り返ります。
「人工内耳は、私の『命』であり、『耳』。私個人の物だから、人に使い方を知ってもらうという視点は皆無でした」。宇田さんは他の利用者に同じ失敗をしてほしくないと、▽最低限必要な機器は何か、写真を撮るなどしてリスト化する▽使い方や日頃の保管場所を家族らと共有しておく――といった今回の教訓を、所属するNPO法人「大阪市難聴者・中途失聴者協会」の会報で伝える準備中です。
急病や災害などで自分のことを伝えられなくなる事態は誰にでも起こる可能性があります。宇田さんの体験を聞き、私も早速、家族と貴重品の保管方法などを共有しました。離れて暮らしている要介護の母にも薬や介護事業者などを確認するつもりです。
9月は防災月間。ひとりひとりがどう備えるか。この機会に考えてみてください。
【今回の担当は】生田ちひろ(いくた・ちひろ) くらし家庭面を担当する社会部生活課で、障害者や困難を抱えた子どもたちの取材を続ける。
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