2024.8.4
山田 悠史
世界最高峰の老年医学科で働く山田悠史医師が、脳の老化と認知症の進行を遅らせるために「本当に必要なこと」「まったく必要でないこと」を伝えます。
山田 悠史
米国内科・老年医学専門医。慶應義塾大学医学部を卒業後、日本全国の総合診療科で勤務。新型コロナ専門病棟等を経て、現在は、米国ニューヨークのマウントサイナイ医科大学老年医学科で高齢者診療に従事する。フジテレビ「ライブニュースα」レギュラーコメンテーター、「NewsPicks」公式コメンテーター(プロピッカー)。カンボジアではNPO法人APSARA総合診療医学会の常務理事として活動。著書に、『最高の老後 「死ぬまで元気」を実現する5つのM』、『健康の大疑問』(マガジンハウス)など。
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65〜74歳の3人に1人は難聴
普段から耳の健康について気にかけているという人は、あまりいないかもしれません。音は、その能力を失わない限り、特に意識をしなくても自然に聞こえてくるものであり、その聞こえ方については意識をすることもないと思います。耳を気にする時があるとすれば、耳垢ぐらいのものでしょう。
自然にそこにあるものというのは、失うまでなかなかその大切さに気がつけないのが人の常です。恋人との別れ、兄弟の転居、肉親の死。突然の喪失を経験して初めて、その大切さに気がつくものです。
耳の聞こえも、もしかするとそういった類のものかもしれません。しかし実際のところ、耳の聞こえを失う人の数は決して少なくはありません。加齢に伴うものであれば、聴力の衰えは40歳頃から始まり、65歳から74歳では3人に1人、それ以上の世代では半数以上に難聴があると考えられています(参考文献1)。そして、その大きな原因が実は身近なところに潜んでいます。騒音や大音量に耳をさらすことです。
写真:shutterstock
日々耳にする騒音が難聴につながる
実は、日々騒音を聞くことが、時間とともに私たちの聴力に影響を与えていきます。継続的に大きな音にさらされることは、最終的に難聴の程度に影響を及ぼす可能性が高いと考えられています。特に、高い音を聞き取ることが難しくなるタイプの難聴につながります。
アメリカでの2011年からのデータによれば、20歳から69歳のほぼ4人に1人に騒音による難聴の兆候が見られていました(参考文献2)。また、工事現場など、仕事上で大きな音にさらされていると報告した人々の中では、3人に1人が聴力の問題を持っていました。
大きな音は、仕事に限った話ではありません。実際のところ、日常生活で大きな音を耳にするのも珍しいことではありません。例えば、普段から通勤中などに大音量で音楽を聴いているという人も稀ではないかもしれません。普段は小さな音で聴いていても、電車内などではボリュームを上げているかもしれません。あるいは、野球やサッカーなど、スポーツのイベントでも、こうした大きな音にさらされることになります。
2時間の大音量ライブは実はアウト
一般的に難聴につながるレベルの騒音は、80デシベル前後またはそれ以上の音と考えられています。これは例えば、窓の開いた地下鉄の車内、居酒屋などでの人の大声、ピアノの音、カラオケ店内などが該当します。イヤホンやヘッドフォンでもこのボリュームは容易に超えることができます。あるいは、スポーツのイベントでは、平均81〜96デシベル、最大105〜124デシベルの音にさらされる可能性があります(参考文献3) 。また、ライブ音楽公演では、平均で112デシベル、最大で127デシベルの音が記録されています(参考文献4)。
写真:shutterstock
このような大きな音に長時間さらされると、徐々に聴力が低下していきます。例えば、大声や芝刈り機、スポーツイベントのような90デシベルの音なら1日に約2時間まで、95デシベルなら約1時間まで、100デシベルなら15分までと、音量が大きくなるほど許容される時間が短くなります(参考文献5)。これは、2時間のライブに参加してしまえば、あっという間に許容範囲を超えるということを意味しています。ライブでなくても同様の音量をイヤホンから出していれば同じことです。
さらに、120〜155デシベルを超えるような大音量では、ごく短時間でも重度から高度の難聴を引き起こす可能性があります。
難聴は、認知症リスクを増やす可能性が最も高い
このように、実は日常生活のさまざまな場面で私たちは大きな音にさらされており、それが積み重なることで徐々に、または突発的な大音量によって急激に、耳の聞こえが悪化する可能性があるのです。
大きな音が聴力の低下につながるメカニズムとして、大きな音が耳の奥の内耳と呼ばれる場所にもたらす直接的なダメージが報告されています(参考文献6)。また、耳の中で、大音量にさらされた後にはさまざまな代謝の変化も起こり、それが間接的に音を感知する細胞を傷つけてしまうことも報告されています。
では、なぜここで耳の話をしているのかといえば、実はこの難聴が、認知症のリスク要因の中で、人口レベルでは最も大きな影響を示していると考えられているからです(参考文献7)。難聴は、加齢や他の要因と独立して認知症リスクを最も増やす可能性が高いのです。
聴力の低下は、脳が小さくなることと関連
少しそれを示した研究の結果を見てみましょう。例えば、初期の認知機能が正常で、(WHO基準の)25デシベル以上の聴力障害がある人を対象とした研究(参考文献8)があります。
この研究によれば、2009〜2017年の追跡期間中に、聴力に問題のある人の認知症リスクは1.9倍まで増加することが分かりました。この研究では長期に追跡期間をとっていることから、逆の因果関係、すなわち認知症が原因で聴力に問題が起こっているという可能性は低いと考えられています。また、聴力が10デシベルずつ悪化するごとに認知症リスクが1.3倍ずつ増加することも報告されています。
写真:Shutterstock
このように、聴力と認知症には密接な関係がありそうですが、聴力の問題がなぜ認知症に結びつくのかを説明するメカニズムはまだ完全には解明されていません。しかし、興味深い研究結果(参考文献9)があります。194人の認知機能が正常な成人(平均年齢54.5歳)を19年もの間追跡した研究では、この期間中に少なくとも2回のMRI検査を行い、脳の構造を評価しています。その結果、中年期の聴力の低下が、脳の中で記憶を司る海馬や側頭葉の容積の減少の加速と関連していることが分かりました。
テレビや音楽のボリュームを上げる癖に注意
こうした研究結果は、聴力の問題が単に音を聞く能力の問題だけでなく、脳の構造や機能にも影響を与え、長期的には認知症リスクの増加につながる可能性があることを示唆しています。実際、例えば聴力が低下すると会話がしづらくなることで社会的な孤立が進みやすくなり、それが認知機能の低下を加速させる可能性があります。
あるいは、耳は脳に音という信号を送るための大切なアンテナですが、そのアンテナの機能が鈍ることで、信号が送られにくくなり、ひいては脳への刺激が減少することで、それが認知機能の低下につながるのかもしれません。
このように、耳の健康を損ねることは、脳の健康を損ねることにつながる可能性があります。逆に言えば、若いうちから必要以上の騒音を聞くことを避け、耳の健康に注意を払い、適切なケアを行うことが、将来の認知症リスクを低減する有効な予防となる可能性があるのです。
ただし、今のところ補聴器を代表とする耳の聞こえ方への介入が認知機能低下の速度を変えられるかどうかは正確にはわかっていません。この分野の研究はまだ進行中であり、今後さらなる調査が必要です。
いずれにせよ、騒音が耳の健康を害し、ひいては脳の健康を害する可能性について学んできました。ついついテレビや音楽のボリュームを大きくしてしまう傾向のある人は、知らず知らずのうちに、将来の認知症を近づけている可能性があるということです。
参考文献
1. 難聴について | Hear well Enjoy life. – 快聴で人生を楽しく - | 日本耳鼻咽頭科学会 [Internet]. [cited 2024 Jul 26]. Available from:
https://www.jibika.or.jp/owned/hwel/hearingloss/
2. Carroll YI, Eichwald J, Scinicariello F, Hoffman HJ, Deitchman S, Radke MS, et al. Vital Signs: Noise-Induced Hearing Loss Among Adults - United States 2011-2012. MMWR Morb Mortal Wkly Rep [Internet]. 2017 Feb 10 [cited 2024 Jul 26];66(5):139–44. Available from: https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/28182600/
3. Eichwald J, Scinicariello F, Telfer JL, Carroll YI. Use of Personal Hearing Protection Devices at Loud Athletic or Entertainment Events Among Adults - United States, 2018. MMWR Morb Mortal Wkly Rep [Internet]. 2018 Oct 19 [cited 2024 Jul 26];67(41):1151–5. Available from: https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/30335738/
4. Tittman SM, Yawn RJ, Manzoor N, Dedmon MM, Haynes DS, Rivas A. No Shortage of Decibels in Music City: Evaluation of Noise Exposure in Urban Music Venues. Laryngoscope [Internet]. 2021 Jan 1 [cited 2024 Jul 26];131(1):25–7. Available from: https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/32040200/
5. Home | Occupational Safety and Health Administration [Internet]. [cited 2024 Jul 26]. Available from: https://www.osha.gov/
6. Balatsouras DG, Tsimpiris N, Korres S, Karapantzos I, Papadimitriou N, Danielidis V. The effect of impulse noise on distortion product otoacoustic emissions. Int J Audiol [Internet]. 2005 Sep [cited 2024 Jul 26];44(9):540–9. Available from: https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/16238185/
7. Livingston G, Huntley J, Sommerlad A, Ames デシベルallard C, Banerjee S, et al. Dementia prevention, intervention, and care: 2020 report of the Lancet Commission. The Lancet [Internet]. 2020 Aug 8 [cited 2021 Sep 11];396(10248):413–46. Available from: http://www.thelancet.com/article/S0140673620303676/fulltext
8. Chandler MJ, Parks AC, Marsiske M, Rotblatt LJ, Smith GE. Everyday Impact of Cognitive Interventions in Mild Cognitive Impairment: a Systematic Review and Meta-Analysis. Neuropsychol Rev [Internet]. 2016 Sep 1 [cited 2024 Jul 26];26(3):225–51. Available from: https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/27632385/
9. Armstrong NM, An Y, Doshi J, Erus G, Ferrucci L, Davatzikos C, et al. Association of Midlife Hearing Impairment With Late-Life Temporal Lobe Volume Loss. JAMA Otolaryngol Head Neck Surg [Internet]. 2019 Sep 1 [cited 2024 Jul 26];145(9):794–802. Available from: https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/31268512/
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PROFILE
山田 悠史Yuji Yamada
米国内科・老年医学専門医。慶應義塾大学医学部を卒業後、日本全国の総合診療科で勤務。新型コロナ専門病棟等を経て、現在は、米国ニューヨークのマウントサイナイ医科大学老年医学科で高齢者診療に従事する。フジテレビライブニュースαレギュラーコメンテーター、NewsPicksの公式コメンテーター(プロピッカー)、コロナワクチンの正しい知識の普及を行うコロワくんサポーターズの代表。カンボジアではNPO法人APSARA総合診療医学会の常務理事として活動。著書に、『最高の老後 「死ぬまで元気」を実現する5つのM』、『健康の大疑問』(マガジンハウス)など。
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