パリ パラリンピック2024開幕直前!「東京2020パラリンピックのレガシーは確実にある」 ~NHK 後藤佑季アナウンサー インタビュー~#549

パリ パラリンピック2024開幕直前!「東京2020パラリンピックのレガシーは確実にある」 ~NHK 後藤佑季アナウンサー インタビュー~#549

2024年08月23日 (金)
メディア研究部(番組・メディア史)  渡辺誓司/中村美子

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 パリ パラリンピック2024がまもなく8月28日に開幕します。NHKでは、テレビとラジオを合わせて約90時間の放送を予定しています。パリに10人のアナウンサーが派遣されますが、その1人が聴覚障害のある後藤佑季アナウンサーです。主に中継キャスターとして登場します。後藤アナウンサーに、自らの障害とアナウンサーという仕事、パリ大会の放送に向けた意気込みについて聞きました。

後藤佑季アナウンサー
後藤佑季アナウンサー


 後藤アナウンサーは、2017年にNHKが東京2020パラリンピックの放送に向けて行った公募で、初めて選ばれた障害のある3人のパラリンピック放送リポーターの1人で、2022年にNHKにアナウンサーとして入局しました。人工内耳をつけていますが、外からは見えない障害であることが、これまでも壁になってきました。

 大学の英語の授業で、学生が英語を聞きながら聞こえた英語をすぐに繰り返すシャドーイングというものを評価にすると言われました。リスニング力の評価に関するものだと思います。私は、聞こえないというよりも、聞いた音に私の声が重なるともともとの英語が聞き取れません。先生に「音源が聞き取れなくなるので、別の方法で判定してもらえないか」と相談しましたが、「こうして私とはしゃべれているのに、何でできないの?スピーカーの音を大きくしたらいいでしょう」と言われました。私が、聞こえるように、話すことができるように努力を重ねてきたことで、徐々に周囲にも理解される部分は増えましたが、結果として私の障害は他の人には見えなくなっていったのです。
 リポーターになってからは、プロの方の指導のおかげでどんどん発音がよくなりました。すると、「障害のあるリポーターなのに、テレビで見ると障害があるのかわからない」という声や、その一方で「あのしゃべり方は耳に残るからやめてほしい」という声も、最初のころはとても多く届きました。

 そんな後藤アナウンサーに、「とにかく取材力をつけて仕事をしよう」と進むべき方向を示してくれた上司がいました。東京大会のリポーターを経験したことで、「NHKにアナウンサーとして入局する」という志も明確なものになりました。

 取材の努力を積み重ねて得たものが私の言葉になるにつれて、視聴者のみなさんからも、私の話の中身を評価して「後藤さんのコメント、確かにそうだよな」とか、「ああいう人がいるって大事だよね」という声も増えてきました。テレビに出て間もないころは、「見慣れない」とか「聞き慣れない」とか距離があっても、私が放送に出続けているとみなさんも慣れてきて、それが当たり前になっていくんだと思いました。
 放送制作のチームに障害者がいることも大切だと思いました。アナウンサーは、視聴者への最終伝達者です。アナウンサーの言葉は、番組を仕上げるうえで重要な要素だと考え、マイノリティーである私の視点が加わることで、番組はよりよいものになるのではないかと思いました。

 NHKに入局して、後藤アナウンサーは大阪放送局に赴任し、同期とベテランのカメラマンの3人で大阪・泉大津市を訪ねる旅番組も担当しました。

 旅番組の制作は難しかったですが、1つ1つのシーンでどのように起承転結をつくるのか、学びも大きかったです。大阪局では、「後藤さん、障害以外のテーマの企画も作ろうね」と上司が育成の方針を示してくれました。障害のある当事者だからといって、障害に関する番組だけ、あるいはパラリンピックに関する番組だけというのではなく、個人としての私を見てもらえたようで、すごくうれしかったです。
 こんな経験もありました。聴覚障害者のグループが取材を受けるために大阪局にいらした際に、私がアテンドをしたことがあります。私はみなさんと手話でおしゃべりをしていたのですが、同期のアナウンサーがいつもとは違い、自分が会話についていけなかったこと(その場では自分がマイノリティーになったこと)を受けて、その後の取材のために自発的に指文字を覚え、手話も学ぶようになりました。そういう姿を見ると、私はここにいてよかったのだと思うことができました。
 障害のある人は自分が伝えたいことをなかなか健常者に理解してもらえず、もやもやすることがあります。私もそうです。例えば、私はうるさいところでは音を聞き取るのに疲れてしまうのですが、そう伝えても、なかなかその疲労感までは伝わりませんでした。「うるさいところにいると疲れる」という表現は日本語としては正しいのですが、これはマジョリティーである健常者の共通認識における正しさです。そこで、表現を工夫して、「うるさいところにいると、一日中ゲームセンターにいるような感じです」と表現してはじめて「それは大変ですね」という反応が返ってきます。ただ、聞こえる人ではない私は、そうした表現を見つけるのに時間がかかります。このように、自分にその障害があるうえでの感じ方をどう表現したら理解してもらえるのか、マジョリティーに訴えるためにいろいろ言葉を模索して伝えることができるアナウンサーになりたいと思っています。

 自国開催であった東京2020パラリンピック大会で、NHKは、過去にない長時間の放送を行いました。最後に、東京大会の放送が残したレガシーを尋ねると、後藤アナウンサーは「アナウンサーとして入局できたことが私のレガシーですね」と話し、こう続けました。

 東京大会の放送があったことで、パラリンピック選手の練習環境が向上しました。これがレガシーの1つです。注目されることが増え、企業が選手を雇用するようになりました。東京大会に向けて建設された、パラリンピック選手が優先的に使用できる屋内施設は、そのまま維持されています。選手は練習する時間が増え、アスリートとして強化されてきています。その1つの例がゴールボール男子です。初めて自力で出場枠を獲得した選手のみなさんは、放送されて知ってもらうことはとても大事と話されていました。
 もう1つのレガシーは、スポーツには無縁だった障害者への影響です。重い障害があり「スポーツなんて」と思っていた人たちが放送を見て、障害が重すぎてできないと思っていたけど自分もできるのだと思ってやり始める。ボッチャがその例ですね。パラリンピックのスポーツとしてのレベルの高さが知られるようになって、陸上競技のように少しずつではありますが選手の数が増えてきた競技もあります。取材では、特に視覚障害のクラスで、パラリンピックを目指す選手の話を聞くことも少なくありません。放送が、障害のある人たちの選択肢を増やしたのだと思います。
 東京大会のレガシーはたしかにあります。ただ、関係者に聞くと、東京パラリンピックが終わって関心が薄くなった面は否めません。東京大会がゴールではなく、スタートだということをこれからも伝えていきたいと思います。

 後藤アナウンサーは、「こうしたレガシーについてもパリ大会の中継で伝えたい」と抱負を語りました。パリ大会の放送が待たれます。
 文研では、2016年から、パラリンピック大会の東京開催に向けて、パラリンピックと放送の果たす役割をテーマに調査研究を続けてきましたが、その最後の論文が『放送研究と調査』9月号に掲載されます。大学との共同研究で、東京2020パラリンピックとその放送が人々の障害者に対する意識に与える影響について、X(旧Twitter)の投稿を事例に分析しました。後藤アナウンサーを含む3人のパラリンピック放送リポーターに関する投稿についても取り上げています。文研のホームページで9月1日に公開しますので、どうぞご一読ください。


リンク先はNHKというサイトの記事になります。
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