開発された商品の数々

〈信仰体験〉 マイナスをプラスに 突発性難聴を乗り越えて

2026年8月24日


スポンジに込めた“喜び”づくり

社員からの相談に応える甲斐さん㊧。いつも社員一人一人と、その家族の幸福を祈っている

社員からの相談に応える甲斐さん㊧。いつも社員一人一人と、その家族の幸福を祈っている


 【神奈川県相模原市】スポンジといえば、シンクにちょこんと置かれたものが、ぱっと思い浮かぶ。
 だが、周りをよく見渡すと、けっこうスポンジだらけ。枕やマットレス、車の内装など、布地の下にも使われ、静かに私たちの暮らしを支えている。
 そんなスポンジの製造・加工を手がける「相模カラーフォーム工業」で代表取締役社長を務めるのは、甲斐大輔さん(44)=広宣長(ブロック長)。製品を片手に「このスポンジたちを、もっと目立たせてあげたいんスよ」と、目を輝かせる。

甲斐さんの後ろ姿

 試練は突然やって来た。2011年(平成23年)3月、機械音のような高音が頭の中で鳴り響く。突発性難聴。29歳で右耳の聴力を失った。
 ただでさえ音が半減した世界で、反対の左耳までも耳鳴りが始まった。

 翌年には、妻・幸絵さん(44)=白ゆり長=との間に、長女・心花さん(14)=中学3年=が生まれた。
 まな娘をあやし、喜びに浸りながらも、時折「キーン」と響く高音が、かわいい笑い声をかき消した。

 娘の声をいつまで聞いていられるのだろう。
 聴力を完全に失うことへの恐怖が押し寄せる中で手に取った聖教新聞。池田先生の言葉が目に飛び込んだ。

 〈どんなに厳しい風雪の冬であっても、必ず春は到来する。法華経を信ずる人は、一人ももれなく仏となる。もっとも苦しんだ人が、幸福を勝ちとるための仏法である〉

 “自分のことだ”と思えた瞬間、涙が出た。不安が顔をのぞかせるたび、この言葉を胸に刻んで題目を唱えた。

甲斐さんと職場の仲間たち

 当時、会社では営業の責任者だった。商談で相手の声が聞き取れず、何度も聞き返してしまう。徐々に曇っていく相手の表情に、やるせなさを感じた。

 それでも「苦をば苦とさとり、楽をば楽とひらき、苦楽ともに思い合わせて南無妙法蓮華経とうちとなえいさせ給え」(新1554・全1143)のままに祈りを重ねた。

 男子部の先輩が励ましてくれた言葉を思い起こす。「この信心で、マイナスをプラスに変えられるんだよ」。
 甲斐さんは信心第一で“どんな冬にも春を咲かせてみせる”と前を向いた。
 
 言葉が聞き取りづらい分、ぐっと身を乗り出し、真っすぐ相手を見つめて話を聞くように。
 一言も聞き漏らすまいとする姿勢が「甲斐さんはいつも真剣に話を聞いてくれる」と、信頼へとつながっていった。
 
 相模カラーフォーム工業はもともと、父・全吉さん(72)=副支部長=が4代目社長として知り合いから譲り受けた会社。入社した頃は、売り上げの約9割を一つの業種に依存しており、値下げを押し付けられることもあった。
 そんな中、父が活路を切り開いたのが、建築物のすき間をスポンジで埋める目地材だった。
 時には大胆に、そしてどこまでも誠実を貫く父。その背中に、経営者のあるべき姿を学んだ。

甲斐さん一家

互いに支え合ってきた甲斐さん家族(左から時計回りに義兄・松山竜造さん、姉・麻美子さん、父・全吉さん、母・早苗さん、妻・幸絵さん、甲斐さん、長男・謙心さん、姪・すずさん)


 甲斐さん自身も続いた。ある時、大手の会社から建築目地材の試作を頼まれた。
 試作品を届けると、さらなる改良を求められた。社内では「割に合わない。断るべきでは」との声も上がった。
 それでも甲斐さんは「顧客が求める“カタチ”になるまで応えよう」と呼びかける。幾度も試作を重ね、ようやく取引先がうなずいてくれた。大型受注へとつながった。

 会社が軌道に乗り始める中、甲斐さんは、注文ありきの生産だけではなく、自社発の商品を開発することも手がける。
 「ヒントは必ず生活の中にある」と、日常の中で感じたストレスを記す「不便ノート」を持ち歩くようになった。

甲斐さん

 開発の“芽”が出たのは15年(平成27年)。甲斐さん自身が悩み続けていた花粉症から案が生まれた。
 耳にかけるマスクのひもの痛みがどうも気になった。耳ではなく補助材をつけて首にかけることで、解消できないか。試作を重ねた商品は「くびにかけるくん」。
 当初、売れ行きはそれほどではなかったが、コロナ禍で注目を浴び、社を支える救世主となった。

 うれしい電話が入った。「小耳症の娘が、みんなと同じようにマスクを着けられました」。
 涙ながらに語る母親の声を聞いた。甲斐さんは電話を切った後、胸が熱くなった。
 悩める一人一人の生活に寄り添うものづくりができたことが、何よりうれしかった。

開発された商品の数々

開発された商品の数々。「くびにかけるくん」のマスコットキャラクターは姉・松山麻美子さんがデザインを手がけた


 22年(令和4年)、甲斐さんは5代目社長に就任する。
 「ものづくりからよろこびづくりへ」との企業理念を掲げた。
 いいものを生み出すには、やりがいのある楽しい職場であってこそ。甲斐さんは社員の輪の中に飛び込んだ。

 今も右耳は聞こえない。左耳も時折、耳鳴りが起きる。
 それでも一人一人の声に耳を傾け、心身ともにはつらつと働ける職場づくりを進めてきた。
 そんな甲斐さんを、社員は「どこまでもついて行きたくなる人です」と声をそろえる。

「ありがとう」を伝え合える社風を目指して、社員同士が日頃の感謝をつづり、社内の壁に貼っている

「ありがとう」を伝え合える社風を目指して、社員同士が日頃の感謝をつづり、社内の壁に貼っている
 社長に就いて5年目。どこまでも縁の下の力持ち。
 飛躍台のクッションとなり、スポンジのように誰にも気付かれない場所から、みんなの笑顔を支え続けている。

 

記事のポイント! 

突発性難聴によって商談で相手の声を聞き取れず、何度も聞き返す苦しさを経験した甲斐さん。その後、聞き取りづらいからこそ相手を真っすぐ見つめ、一言も聞き漏らさないよう話を聞く姿勢を大切にし、それが周囲からの信頼につながっていきます。聞こえの困難を抱えながら、人との向き合い方や仕事への姿勢を変えていった歩みが心に残る記事です。

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気になる症状がある場合は  

聞こえに不安がある場合は、早めに耳鼻咽喉科への相談をおすすめします。 


原文掲載元はこちら 

 https://www.seikyoonline.com/article/78044E260B730B7E6CFFC11C89268E50?snstoken=72b875f6-5006-487d-bf15-dd57fd87b7c0

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