2026/3/2 10:38
藤井 沙織

「ゆにばーさる寄席」に臨む桂小春団治。噺(はなし)に没頭してもらいやすいよう、プロジェクターは障子の衝立で隠した=神戸市兵庫区(本人提供)
「話芸」である落語を聴覚障害のある人たちにも楽しんでもらいたいと、上方の落語家、桂小春団治さん(68)が日本語字幕付きの落語会に挑んだ。2000年に英国で英語字幕付きで口演したのを皮切りに、世界各国で字幕公演を重ねてきた小春団治さん。そのノウハウを生かした「ゆにばーさる寄席」の1月の初公演で手応えを感じ、「聴覚にハンディのある子供たちにも見せたい」とビジョンを語る。
上方落語の定席「神戸新開地 喜楽館」(神戸市兵庫区)で1月17日に行われた初公演。小春団治さんが「皿屋敷」の披露を始めると、その言葉が高座の後方にある100インチのスクリーンに一つ一つ表示されてゆく。
《わい逃げしなにひょっと後ろ振り返ったら》《お菊さんてええおなごや、》《あんなべっぴん見たことない》《明日の晩も行こう♡》
無残に殺されたお菊の霊が夜な夜な現れ、皿の枚数を数える怪談をベースにした滑稽噺(ばなし)。上方落語特有の言葉の雰囲気もそのままにした字幕に、聴覚障害がある観客からも笑いが起きる。30歳で失聴する前までは寄席を楽しんでいたという女性(74)は、「テレビでも字幕で落語を見られるけれど、やはり生で鑑賞できるのは格別」と明かした。
小春団治さんが字幕公演を始めたのは、落語家として初めて参加した世界中のアーティストが集まる英国のエディンバラ・フェスティバルがきっかけだ。英語字幕での口演は成功。以来14カ国語の字幕を制作し、延べ22カ国で落語を披露してきた。
昨年に大阪で外国人向けの口演をした際、「日本語の字幕にすれば、聴覚障害のある人にも楽しんでもらえるのでは」と考えつく。外国語の字幕はプロの通訳に制作を依頼していたが、日本語ならば自分で入力して簡単に作れる。
そう思ったが、「古典に出てくる関西弁に、触れたことがないかもしれない」。
先天的な聴覚障害者の場合、文字で日本語を学ぶことになるが、それは標準語。標準語で字幕を作っても、関西弁で演じられる上方落語の味わいが損なわれる。そこで、「こんじょ(根性)の悪い」は《意地の悪い》。「ろくでもないスコタン並べてうせさらしよったな」は《間抜け顔を並べて来よったな》など、雰囲気を壊さない程度に意訳することにした。
言葉を先行して表示する字幕で、オチなど「笑いどころ」が先に見えてしまっては、せっかくの演技も台無しになる。表示する文章の区切り方にもひと工夫。「笑いどころ」が現れる前でいったん区切り、次の字幕の冒頭に回す。
実際の声と、字幕を読むスピードとのずれによる「笑いの時差」への懸念もあったが、本番では「欲しいところで笑いがきた。演じていて違和感がなかった」と小春団治さん。
さまざまな工夫に、聴覚障害者からは「これからも続けてほしい」と、手話を交えた熱い言葉をもらった。高齢の常連客からは、加齢で耳が聞こえにくくなったのか、「いつも字幕を出してほしい」という要望もあった。
日本の伝統芸能である落語だが、学校などでの芸術鑑賞をきっかけに触れる人も多い。「聴覚にハンディのある子供たちには、その機会がない」と小春団治さん。今回で得たノウハウを生かし、「ゆにばーさる寄席を全国の聴覚支援学校で行い、伝統に親しむきっかけになれば」と語った。(藤井沙織)
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