2026年10月7日(水) 20:00
生まれつき重度の難聴がある山梨県南アルプス市の高校生が、この夏、高校生の手話スピーチコンテストで全国1位に輝きました。
努力の日々と彼女が訴えた思いに迫りました。
「ねぇねぇ、真紀ちゃん!」
「呼ばれた気がして、思わず顔を上げる…しかし、今の私の世界が静かだ…」
手話を使いスピーチをする1人の高校生。
彼女が訴えた思いとは?
前橋真紀さん (白根高校2年)
南アルプス市に住む白根高校2年の前橋真紀さん。
重度の難聴ですが、右耳に人工内耳、左耳に補聴器をつけ、学校生活は他の生徒と同じように送っています。
同級生:
「パワフル」
「明るくて、生徒会の活動とかもしっかりしている」
白根高校2年 前橋真紀さん:
「そう見てもらえてるのが、そうなんだ~って感じ」
前橋さんは生まれてすぐ重度の難聴と判明し、生後5か月から補聴器を付けました。
前橋さん:
「(補聴器を外すと)雷が近くに落ちても、飛行機が真上を通っても聞こえない」
その後、県立ろう学校の幼稚部に入園。
そこでコミュニケーションの手段となったのが手話でした。
このスキルを生かしてこの夏、決意したのが「全国高校生の手話によるスピーチコンテスト」への挑戦です。
同級生:
「パワフル」
「明るくて、生徒会の活動とかもしっかりしている」
白根高校2年 前橋真紀さん:
「そう見てもらえてるのが、そうなんだ~って感じ」
前橋さんは生まれてすぐ重度の難聴と判明し、生後5か月から補聴器を付けました。
前橋さん:
「(補聴器を外すと)雷が近くに落ちても、飛行機が真上を通っても聞こえない」
その後、県立ろう学校の幼稚部に入園。
そこでコミュニケーションの手段となったのが手話でした。
このスキルを生かしてこの夏、決意したのが「全国高校生の手話によるスピーチコンテスト」への挑戦です。
スピーチのテーマは「身近に感じる社会課題」。
前橋さんは、ろう学校の幼稚部から小学部ではなく一般の小学校へ入学した時のエピソードを盛り込みました。
前橋さん:
「姉がこの(赤い)ランドセルを背負って、いつも若草小学校に登校している姿を見ていて、私も憧れて、これを背負ってお姉ちゃんと一緒に(小学校へ)行くことが目標だった」
しかし、早速、ぶつかった壁が「言葉の発音」です。
今でこそ口頭での会話ができるようになりましたが、当時は手話がコミュニケーションの主な手段で、口を動かして喋ることがうまくできませんでした。
前橋さん:
「他の子たちは普通にやってきていること、その普通が私は違うので、(思いが)通じないことがとても困惑した」
初めて感じた社会との壁…、その支えとなったのは家族です。
母・真由美さん:
「サ・シ・ス・セ、ここに(手の甲に)空気がかかる」
サ行やタ行など発音が難しい言葉は、母・真由美さんが手を使って舌の動きを意識させるなど、毎日、練習を重ねる一方、家族そろって手話を覚え前橋さんを支えました。
前橋さん:
「歩み寄ってくれることが私にとってはうれしいことだったり、力になるものだったなと思う」
こうした「壁」を乗り越えた経験をスピーチの軸とし、続いて磨くのは「表現力」。
真子さんに指導を仰ぎます。
前橋さん:
「笑顔で手を繋げる社会へ、私の声が皆さんの心に届くまで、私は歩みを止めない」
姉 真子さん:
「『社会へ』と『私の声』の間にもっと間が欲しい。心の中で3秒数えるくらいゆっくり」
スピーチ用紙には、アドバイスがびっしり。

夏休みのおよそ1カ月、姉と練習を重ね迎えた本番。
前橋さん(スピーチ):
「ねぇねと同じ、赤いハートのランドセルで地域の小学校に行きたいと言った」
「振り返れば、あれは私が初めて自分の意志で『社会の壁』を越えようとした瞬間だった」
家族への感謝、そして、障害者が社会と繋がるために必要なことを訴えます。
前橋さん(スピーチ):
「社会課題を解決するために必要なのは特別な技術ではない、相手を知ろうとすること」
「家族が手話を覚えてくれたように、ほんの少しの『歩み寄り』を持つことだ。二つの世界を繋ぐ架け橋として私はこれからも歩み続ける」
力を出し切った、結果は?
司会:
「第1位は、山梨県立白根高等学校2年、前橋真紀さんです」
全国54人の頂点、県内で初の1位に輝きました。

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