2024.08.13
# 感覚過敏
国実 マヤコ 書籍編集者・文筆家
プロフィール
光、音、におい、肌触りなど、私たちを取り巻くさまざまな“刺激”が引き金となって起こる、「感覚過敏」――。いま、不登校の原因とひとつとしても注目され、多くの人々を苦しめている、その壮絶な実態が明らかになりつつあります。
【「服が痛い」「泣きながら靴下をはく」…多くの子どもを苦しめる「感覚過敏」の正体とその課題】に引き続き、本稿では、感覚過敏の当事者で、「感覚過敏研究所」所長を務める加藤路瑛さんの著書『カビンくんとドンマちゃん 感覚過敏と感覚鈍麻の感じ方』(監修:児童精神科医・黒川駿哉、ワニブックス)の一部を抜粋・編集し、あらゆる体調不良の原因となりうる「感覚過敏」の実態に迫ります。
ワニブックス刊
登校しぶりの原因は「運動会のピストル音」
ある日、Aさんの小学3年生になる息子が「小学校に行きたくない」と言い出した。春からの疲れが出たのだろうと見守っていたAさんだが、学校に行きしぶる様子が何日も続いたため心配になり、本人と話をしてみたところ、理由は意外なところにあったという。それはなんと、「運動会のピストル音と騒音」だったのだ。「パーンっていう(ピストルの)音とか、音楽とか、周りの声とか、いろんな音がしんどくて、苦しくなった」という息子。
振り返れば、家でもAさんが掃除機をかけるときも耳を塞いでいたり、遊園地のメリーゴーラウンドなどの乗り物にも「乗りたくない」と言って、せっかく来たのに木陰でお絵描きしているような子どもだった。聞けば、先生が大きな声で注意するときや、学校のチャイムの音、友だちの話し声、テレビの音もつらいのだという。
早速、インターネットで聴覚によるストレスについて調べてみたAさんは、「聴覚過敏」という感覚過敏の一種にたどり着く。そしてさらに調べていくと、自分にも思い当たることが次々と見つかった。
たとえば、PCの光が眩しくて、家の中でもサングラスをかけて仕事をしたり(視覚過敏)、下着の縫い目が肌にあたると痛いので、裏返しに着ていたり(触覚過敏)。そう、Aさんと息子を苦しめていたのは“感覚の困りごと”とされ、いま、多くの人が自覚しつつある感覚過敏だったのだ。
現在、「感覚過敏研究所」を主宰する加藤路瑛さんが不登校気味となり、中学2年生の秋からフリースクールに通うようになったのも、大きな原因の1つは、この感覚過敏だった。
中学に入学し、学校生活にも慣れてきた頃、保健室に駆け込むことが増えた。休み時間になると、決まって頭痛がする。保健室の先生にきっかけを問われたとき、思いついたのが「クラスのみんなの賑やかな会話」「甲高い笑い声」だったという。それを聞いた先生は、「それって感覚過敏かもしれない」と話した。
感覚過敏とは感覚特性の1つで、視覚・聴覚・嗅覚・味覚・触覚などの感覚が過敏になり、日常生活に困難を抱える状態のこと。「ああ、私は感覚過敏なんだ」……そう自覚した加藤さんは、小さい頃から感じていた違和感、そして、身体にまとわりついていた目に見えない重さから解放されたという。「私が弱いわけではなかったんだ」と、安心できた。
加藤さんは、先ほどのAさんの息子の“聴覚過敏”について、こう解説している。
「感覚過敏のある人は、学校行事などいつもと違う状況では人一倍ストレスを感じ、疲れてしまうことがあります。運動会はさまざまな強い刺激に満ちており、感覚過敏の人にとってはつらい状況です。周囲の応援の声、スピーカーから流れる音楽やアナウンス、そしてとりわけ徒競走のピストルの破裂音は、聴覚を激しく刺激します」
感覚特性は「人間の多様性の一部」
加藤さんが主宰する「感覚過敏研究所」で医療アドバイザーを務める児童精神科医の黒川駿哉氏は、「感覚過敏」、そして、痛みや寒さ、暑さ、空腹などを感じにくいなど、感覚過敏と併発することの多い「感覚鈍麻」のメカニズムについて、次のように説明する。
「脳神経が刺激に反応する(刺激を認識する)最小の刺激量を『閾値(いきち)』といいます。閾値には個人差があり、たとえば感覚過敏の人はこの閾値が小さい。だから、わずかな刺激でも反応するのだと考えられています。一方、感覚鈍麻の人の閾値は平均より大きく、(感覚として)感じ取れる量まで刺激の量がなかなか到達せず、つまり鈍感であると考えられます」
「ただし、感覚過敏や鈍麻は、閾値だけによって決まるわけではありません。音の高さの違いの細やかさや、色の認識の細かさなど、目や耳、皮膚など『感覚器』の刺激の幅への“感度”の特性であるケースや、刺激を統合して処理する脳の特性である場合など、さまざまな理由が考えられます。あるいは、刺激が過敏すぎて刺激を処理しきれず、感覚鈍麻になるケースも。刺激に対応できず無反応になった結果、まるで刺激を感じていない=感覚鈍麻のように見えるのです」
つまり、一般的とされる“平均値”から離れた感覚の特性をもち、光(視覚)・音(聴覚)・におい(嗅覚)・味(味覚)・暑さ寒さ(触覚)など、さまざまな“刺激”を受ける上で日常生活に困難を抱える状態を「感覚過敏」、あるいは「感覚鈍麻」という。
くわしい原因はいまだ研究中であるものの、刺激に対する脳機能の働きや疾患、個人的な経験など、さまざまな原因で起きると考えられている。自閉スペクトラム症(ASD)、注意欠如多動症(ADHD)、知的発達症(ID)、発達性協調運動症(DCD)、不安症、うつ病、PTSDといった感覚過敏や鈍麻と親和性の高い医学的診断名もあるが、感覚過敏や鈍麻は「定型発達」にもみられる特性であることは、注目すべき点だろう。つまり、ごく一般的な人でも抱えうる「人間の多様性の一部」というわけだ。
子どもの問題にひそむ「感覚過敏」「感覚鈍麻」
話を冒頭の運動会に戻すと、先述したようにピストル音に過剰に反応してしまう「感覚過敏」という生きづらさの一方で、「耳ではピストル音を捉えているのにスタートが遅れてしまう」といった「感覚鈍麻」ゆえの困りごとも存在するのである。
これらは、私たちが身体の五感を通して絶え間なく受けている多くの刺激を整理・統合して計画を立てる脳の働き「感覚の統合」がうまくいっていない可能性が原因ではないかと考えられているが、つまるところ、子どもが運動会という“画一的な環境の中”で実力を発揮できない理由の一つに、「感覚過敏」「感覚鈍麻」といった“感覚特性”が関係しているかもしれない、というわけだ。
くり返しとなるが、感覚過敏や鈍麻は「定型発達」にもみられる特性であり、いわば「人間の多様性の一部」である。
私たちは「普通の人とは違う感覚過敏という人がいるから助けよう」という視点から、「もともと人はそれぞれ違うから、どんな特性の人の参加も阻まないようにしよう」という視点へのシフトが必要だと、黒川氏はメッセージを贈る。現在、感覚による困難さを正確にアセスメントし、改善するような治療や支援についての科学的な知見が、日々、積み重ねられているという。
もし、自分の子どもが「神経質すぎる」「怖がりで何もできない」「大したことでもないのにツラそう」「理由もわからず登校しぶりや不登校がある」……そんな悩みを持つ保護者はぜひ、これら「感覚過敏」「感覚鈍麻」といった“感覚特性”について、一度、掘り下げてみてはいかがだろうか。
【「感覚過敏」の子どもを襲う「二学期」の苦しみ…学校行事が“騒がしくて不快”な驚きの理由】では、学校における感覚過敏の子どもの苦しみについて、詳しくご説明します。
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