圓岡 志麻 : フリーライター
2026/03/09 5:30
耳の聞こえにくさ(難聴)を放置すると、認知症リスクが高くなることがわかっています(写真:siro46/PIXTA)
「テレビの設定音量が以前より上がっている」「会話の中で、相手の言葉を聞き返すことが多くなった」などと感じることはないだろうか。
歳をとると老眼になるのと同様、耳も聞こえにくくなってくる。
しかし、「歳だから仕方ない」と放置しておくのは危険だ。最近の研究で、耳の聞こえにくさ(難聴)を放置すると、10年後の認知症発症リスクが倍も高くなるということがわかってきた。
難聴と認知症はどのように関係しているのか。また、予防のために40〜50代からできること、あるいはもっと若いうちから気をつけておくべきことはあるか。
東京女子医科大学・耳鼻咽喉科・頭頸部外科学分野 教授・基幹分野長 医学博士 水足邦雄氏に聞いた。
難聴は認知症リスクのトップ
2017年医学雑誌ランセット国際委員会の報告で、中年期の難聴が10年後の認知症リスクを倍にするというデータが発表された。リスクの高さは喫煙、孤立、糖尿病、肥満や高血圧といった、対策すれば認知症を予防することが可能とされている9つの因子の中でトップだ。

「聴覚はコミュニケーションの手段であり、情報が耳から入ってこないことが脳に悪い影響を与えることは知られていた。しかし、この発表により、難聴が他の因子に比べてこれほど認知症リスクを高めることがはっきりとわかり、少なからず驚いた」(水足氏)
難聴が認知症のリスクを高める理由として、2つの仮説が立てられているという。
1、脳のキャパシティの問題(認知負荷仮説)
脳はさまざまな作業を行っているが、その処理キャパシティには制限がある。聞こえにくいことで聴覚処理に多くの負担がかかってしまい、物事を認知する作業に使えるリソースが足りなくなってしまい、認知力が低くなるというのが認知負荷仮説だ。

脳の機能が主に聴覚処理に使われるため、認知力が低くなる(出所:一般社団法人日本耳鼻咽喉科頭頸部外科学会Webサイトより転載)
歩行中に話しかけると立ち止まってしまうなど、2つのことを同時にできない高齢者は、その半年以内に8割が転倒する、という報告がある。これに関連して、水の入ったコップを持って歩き、さらに色文字の意味と色を識別するというトリプルタスクも含めて、いろいろな条件を試した。
その結果、聞こえ方が正常なグループに対して、聴力が落ちている人ほどパフォーマンスが落ちることがわかった。
2、刺激が減ることによる機能低下(カスケード仮説)
難聴になるとコミュニケーションに支障を来し、社会活動が低下する。使われなくなると脳は萎縮してしまう。また耳からの音声情報が減ること自体も脳の活動低下の原因になる。
難聴が原因になって起こることが、直接的、間接的に連鎖して段階的に認知機能低下につながっていくので「カスケード(連なった滝)」の表現が用いられている。
日本耳鼻咽喉科頭頸部外科学会によると、日本の65歳以上の難聴患者は2010年時点で1500万人と推計されており、現在は2000万人を超えるとされている。
歳をとると難聴になる理由
では、歳をとると難聴になってしまうのはなぜなのだろうか。
一つには、耳の中にある音を脳に伝える細胞「有毛細胞」の機能が低下したり細胞自体が減少したりして、音を正確に脳に届けられなくなるから。頭髪の抜け落ちなどと同様、細胞の老化によるものだ。
「この変化は実は、20代後半あるいは30代前半から、細かい部分で始まっている。一般的に健常者が聞き取れるのは8000ヘルツまでとされている。しかし20代ではモスキートーンと呼ばれる2万ヘルツの高音を聞き取れる」(水足氏)
老眼の場合、40代ぐらいから不自由を感じる人は多いだろう。聞こえにくさも、早い人で40代頃から感じ始めるという。例えば、お金を扱う仕事など、聞き違えが重大なミスにつながる仕事の場合は、それだけ気づきやすくなる。
ただし老化のスピードや程度には個人差がある。

大きな音を聞き続けると、内耳の有毛細胞がダメージを受けて難聴の原因に(出所:一般社団法人日本耳鼻咽喉科頭頸部外科学会Webサイトより転載)
糖尿病、高血圧、脂質異常症、肥満など、生活習慣病のリスクがある人ほど、難聴も進みやすくなる。血管が硬くなると細胞に酸素や栄養を運んだり、老廃物を取り除いたりする機能も低下する。有毛細胞もその影響を受けて老化しやすくなるわけだ。
難聴リスクのNo.1は騒音
しかし有毛細胞をもっと減らしてしまう要因がある。それは、騒音である。
「有毛細胞はとてもデリケート。大きな音を長時間聞き続けると、傷ついたり、機能を失ったりしてしまう」
有毛細胞は一度失われると再生することはない。つまり加齢や、過度の騒音が原因で難聴になった場合は、聴覚が元に戻ることはないのだ。
近年では若い世代の「ヘッドホン・イヤホン難聴」が世界的な課題になっているそうだ。
難聴は認知症リスクを高めるが、対策することはできる。補聴器の活用だ。ある研究で補聴器を使用している人とそうでない人の12年後を比べると、前者の方が「知識力」の得点が高いことがわかった。つまり、知識力の低下が抑えられたということだ。
しかし補聴器を巡っては、日本にはさまざまな課題がある。
「まず、日本では他国に比べても、補聴器を付けたがらない人が多い。理由を聞くと『年寄りくさいから』という。また、難聴が進んだ人が補聴器を使い始めると、最初のうちは周囲の音がすべて脳に伝えられるため、うるさく感じられる。これが嫌で、補聴器をやめてしまう人も多い」(水足氏)
健常者では、例えば街の雑踏などの雑音がある中でも、会話を聞き取ることができる。これは重要な音のみ伝達するよう、脳が情報を取捨選択しているためだ。難聴の人ではこの機能が衰えているため、補聴器の使い始めではリハビリテーションが必要なのだそうだ。
また補聴器のハードルを上げているのが価格である。最近は個々の聞こえの程度に合わせ、コンピュータ制御で必要な音だけを大きくできる。自然な聞こえ方に近づいているということだ。
しかしこのタイプでは価格もそれなりにする。一般的には片耳10万〜30万円とされており、もっと機能の高いものの場合は50万円以上することもある。なお、耳は左右でバランスを取って機能しているため、片耳だけが悪い場合でも、両耳で装着することが推奨されている。
補聴器が高い理由
補聴器が高い理由としてはいろいろあるが、一つには、購入後の聞こえ方の調整や定期的なケアの料金も購入料金に含まれているためだ。また、補聴器の調整は民間の技能者が行うもので、保険診療にも含まれていない。
このことは業界の課題でもあり、日本では現在、補聴器選びを相談できる「補聴器相談医」や、補聴器に関する診療を行う「適合判定医」の制度が設けられており、認定医のもとでは保険診療で受診できる。
数は少ないが、販売店によっては、月に数千円から1万円程度のリース契約を設けているところもある。これぐらいなら、補聴器がどんなものかを知るために試してみるといったこともできるだろう。
また、補助を出す自治体も増えてきている。18歳以上を対象とした補聴器購入費助成制度を実施している自治体は全国自治体1747のうち390。限度額は1万円から約14万円となっている(日本補聴器販売店協会調べ、2024年12月時点)。
聴覚を補う装置として、テレビCMなどでは1万円程度の商品が紹介されていることがあるが、これは補聴器ではなく「集音器」。単純に音を増幅させるものなので、不必要な音も大きく聞こえてしまう。加齢性の難聴には不向きだ。
以上説明してきたように、聞こえにくさを感じた時に「年だから」と放置すると認知症のリスクが上がってしまう。さまざまな課題が残されているとは言え、補聴器が利用しやすい環境の整備も進みつつある。
ただ、やはり一度失われた聴覚は戻らず、補聴器も完全に補うまでには至っていない。
「今残されている有毛細胞を大事にすることだ」というのが水足氏のアドバイスだ。
例えば、最近では演奏中、イヤモールドという耳栓を使っているミュージシャンは多いという。職業上、大きな音にさらされるためだ。
筆者は趣味でオーケストラをやっているため、クラシック音楽の演奏家についても質問してみたところ、「クラシックの指揮者や奏者で難聴の人はとても多い」とのことだ。打楽器や金管楽器など、耳に負担をかける大音量にさらされる一方、繊細なバランスで音楽を作っていくために、イヤモールドをしていては仕事にならない。
せめて1時間ごとの休憩中は音のない場所に移動して耳を休める、といった工夫が必要だろう。
スマホの機能をうまく使う
難聴を予防するには、とにかく、耳に負担をかける音を聞きすぎないようにすることが大切だ。
とくにヘッドホンには注意が必要だ。なお、「骨伝導」タイプのヘッドホンでも、耳の細胞に負担をかけることに変わりはないため、普通のヘッドホンと同じだそうだ。むしろ、周囲の音も耳に入ってくるため、それをかき消そうと大音量で聞くことになってしまう分、影響が大きいと言える。

(筆者撮影)
スマホにデフォルトで搭載されている健康管理アプリには、音のレベルを管理したり、調整してくれる機能がある。iPhoneで言えば「ヘルスケア」で、オーディオの音量が聴覚に影響するほど続いた場合、通知したり、自動で音量を下げるよう設定することが可能だ。
今回は加齢性の難聴について解説してきたが、難聴にはほかに、耳が耳垢などで詰まっている場合や、子どもの頃の炎症などが原因の場合もある。こちらは原因を取り除けば治癒できる可能性もあり、治らなかったとしても、補聴器ではなく集音器で改善できる場合が多いという。
耳が聞こえにくいと感じたら、まずは耳鼻咽喉科で聴覚検査を受けることが大事だ。
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圓岡 志麻 フリーライター
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