2026年7月8日
2017年のLancet委員会の認知症報告を機に、認知症の危険因子として「難聴」が注目され、日本耳鼻咽喉科頭頸部外科学会では「難聴と認知症」の啓発活動を展開している。また、加齢性の難聴とめまいは内耳で隣接する感音器官と平衡器官の異常を原因とする障害であり、両者は密接に関連するため、「めまいと認知症」の関係を指摘する研究者もいる。
難聴やめまいが、なぜ認知症の発症や進行につながるのか、どのような介入方法があり、介入による認知症予防のエビデンスはあるのか。認知症に関わる医師が今、知っておくべきトピックスとして、奈良県立医科大学耳鼻咽喉・頭頸部外科学主任教授でめまい難聴センター長を兼務する北原糺氏に聞いた。第1回は難聴と認知症の関係と治療介入について。(m3.com委託ライター・大迫拓志、2026年6月23日取材、全2回連載)
改善可能な認知症の危険因子第1位は「難聴」

北原糺氏
近年、認知症のリスクファクターとして「難聴」が注目されていると聞きました。どのようなエビデンスに基づいているのでしょうか。
もともと、耳鼻咽喉科の医師は高齢の難聴患者には認知機能が低下した人が多いことは感じていましたし、難聴と認知症の関係についての研究報告も数多くありました。それが決定的となったのは、2017年に医学誌Lancet委員会が認知症における危険因子についてのメタアナリシス研究の結果を発表したからです(Lancet. 2017; 390:2673-2734)。改善可能な危険因子の中で、最も大きな寄与度を示したのが「難聴」でした。Lancet委員会は数年おきに解析結果を発表しています。寄与度の数値は国や地域によって違いますが、難聴がトップになっています。
これを受けて東海大学・和佐野浩一郎教授らの国際共同研究グループが、日本の公的統計や疫学データを基にした解析結果を2026年1月にLancetで発表しました(Lancet Reg Health West Pac. 2026 :66:101792.)。14の改善可能な危険因子について解析を行いましたが、40%程度の認知症は改善可能であり、その中で寄与度(リスク因子が完全に排除された場合の認知症患者減少率)が6.6%と第1位だったのが「難聴」です。以下、「運動不足(6.0%)」、「高LDLコレステロール血症(4.5%)」と続きます。日本のデータでも、介入することによる効果が最も高いと見込まれるのが「難聴」なのです。
難聴がなぜ、認知症の発症や進行につながるのか、メカニズムは分かっているのでしょうか。
メカニズムの解明はこれからですが、いくつかの仮説が提唱されています。例えば、難聴はコミュニケーション障害ですから、放置していると他人と話すのを避けるようになり、社会的活動の減少、社会的孤立やうつへとつながっていきがちです。その過程で聴覚路の神経活動が低下することで脳の構造変化や神経変性、脳萎縮が起き、認知機能低下をもたらすという仮説があります。また、難聴者は脳内の認知資源の多くを聴覚処理に費やす必要があるため、脳神経に負荷がかかって神経変性や脳萎縮を引き起こすという説もあります。
アルツハイマー病は脳へのアミロイドβやタウ蛋白の蓄積が原因とされ、アミロイドβを標的とした治療薬も登場しました。これら異常な蛋白の蓄積は脳のグリンパティックシステム、いわゆる掃除機能の破綻によって生じるとされていますが、内耳においても同じような現象が起きているという研究報告もあります。このあたりの研究が進めば、分子レベルで難聴と認知症のつながりが解明され、両方の進行抑制につながる治療法が開発される可能性もあると思います。
臨床では、高齢の難聴患者ではどのくらい認知症を合併している印象でしょうか。
これは多数の報告があり、高齢の難聴患者では認知症合併率は概ね10-20%とされています。われわれの施設(奈良県立医科大学附属病院)でも同程度です。聴覚障害の有無で認知症発症率を比較した研究報告もあります。浜松医科大学が2023年に発表した5万4000人の高齢者住民を6年間追跡した大規模疫学調査では、聴覚障害なしの高齢者の認知症発症率が10.4%であったのに対し、聴覚障害ありの高齢者の認知症発症率は23.1%で、2倍以上となっています。
認知症を予防するための難聴対策とは、どのような介入方法になりますか。
難聴の原因疾患によっては手術や薬物療法を行うこともありますが、認知症と関係する加齢性難聴に対しての薬物療法や手術療法はなく、補聴器の装着が標準になります。補聴器を使っても聴こえに問題があるような重度・高度の難聴には、近年、手術で人工内耳を埋め込む治療法も開発されていますが、認知症予防の観点で試みられているのは、補聴器使用による難聴改善です。介入方法が非常に明確であることも、認知症予防策として難聴対策を進めるべき理由の一つです。
難聴者の補聴器使用が認知症の進行抑制につながる
難聴患者の補聴器使用が、認知症の発症や進行を予防するというエビデンスはあるのでしょうか。
発症予防(一次予防)については、有望だとは思いますが、まだ決定的なエビデンスはありません。進行抑制(二次予防)については、エビデンスレベルの高いランダム化比較試験(RCT)論文がいくつか出ています。
例えば、米国で実施された高齢者約1000人を対象としたACHIEVE研究では、補聴器使用群と補聴器非使用群を3年間追跡した結果が発表されました。その中で、認知症リスクの高い被験者だけをサブ解析したところ、補聴器使用群は補聴器非使用群と比べて3年後の認知機能低下を48%抑制したことが示されました。補聴器使用が認知症進行抑制につながることは明らかになっています。
難聴と認知症との関連で、印象に残っている症例はあるでしょうか。
私が診た難聴患者さんで、難聴になる前はカラオケを趣味にしていたという方がいました。認知症も合併していました。難聴が進行してからカラオケにも参加しなくなったとのことでしたので、難聴の原因を精査した後、補聴器を勧めて使用を開始してもらいました。すると対人コミュニケーションが改善し、カラオケにも参加するようになり、明るくなったと、ご家族も喜んでいました。
補聴器を使用する前は、認知症特有の無気力なぼんやりした表情をされることが多かったのですが、補聴器を使うようになってからは笑顔を見せることが多くなりました。少なくとも認知症の一部の症状が改善し、QOLの向上につながったことは間違いないと考えています。
記事のポイント!
難聴は、認知症の改善可能な危険因子の中でも特に重要な要素として注目されています。記事では、日本のデータでも難聴の寄与度が高いことや、聴こえにくさが社会的孤立、うつ、脳への負荷などを通じて認知機能低下につながる可能性を解説しています。また、補聴器の使用が認知症リスクの高い人の認知機能低下を抑制した研究結果にも触れ、難聴対策の意義を具体的に伝えています。
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