
「50~60歳頃に失聴する可能性がある」と告げられた。「何十年も先のこと」と冷静に受け止め、ショックは受けなかった。
その後、少しずつ生活に支障が出てきた。ピアノの音が高音から1 鍵けん ずつ順に聞こえなくなった。目覚まし時計の電子音に気づかない。タクシーの運転手に話しかけられても、何を言われたのかが分からない。
譜面が読める作詞家としてレコーディングには極力立ち会った。歌いやすく、響きがよくなるように、その場で歌詞を変えることもあった。得意な作業で、歌詞を書くこと以上に楽しい時間だったのに、 憂鬱ゆううつ に思うことが増えた。「音程がずれている」と感じても自信を持って指摘できない。大好きな仕事を楽しめず、音楽を苦痛とすら感じるようになった。
30歳を過ぎた頃、エッセイストに転身した。
テレビやラジオのコメンテーターの仕事は、話している人の唇の動きや話の流れから内容をつかめていたのに、徐々にうまく切り返せない場面が増えた。生放送は40歳代半ばまで、収録番組は50歳代までで区切りをつけた。講演会は質疑応答を受けないことにした。
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