2026.04.23

県立千葉聾学校(千葉市緑区)の野球部は、この春65年の歴史に終止符を打ち、3月20日、閉部式が執り行われた。同野球部創立は昭和35(1960)年。関東聾学校野球大会優勝8回、秋季千葉県高等学校軟式野球大会準優勝2回という好成績を収めている。聾学校の野球は、音の情報に頼らず、データを頭に入れ、仲間との信頼関係で瞬時にプレーを判断する。中高6年間で培う『伝統のチームワーク』が、千葉聾野球部の代名詞だった。
令和7年度の部員は、高校3年6名と中学2年1名。少子化と医療の発展に伴い、聾学校に通う児童・生徒数が減っていることから、今後も部員の増加が見込めず、閉部は顧問らの苦渋の決断だった。現役選手とその保護者に閉部が伝えられたのは、1年前の3月。最終監督となった藤田正樹さんは、「何度も話し合いを重ね、納得していたはずだったのに、涙が止まらなかった」。最後の主将となった大塚雄太さんは、「最後だからこそ自分たちで優勝して終わらせたいと厳しい練習に励んだ」と話す。令和7年度の関東聾大会では、大宮ろう学園との連合チームで3位の成績を残した。

歴代優勝カップ
閉部式が行われた同校体育館には、生徒、職員を含め、OB・OGや保護者、関係者ら150名ほどが集った。歴代の優勝カップや寄せ書き、写真などが並べられた一角では、来場者の思い出話に花が咲いていた。OBの榊原敏博さんは、昭和42年第16回関東聾大会で初優勝を果たしたメンバー。リボンの色があせた当時の優勝カップを手に、記念撮影をしていた。「なつかしく、いろいろなことを思い出しています」。榊原さんにカメラを向けるのは、平成6年卒業の山中正和さん。長男の彪太郎さんは野球部最後のメンバーの一人で、親子して関東聾の優勝経験がある。「本当にさみしい」と悔しさをにじませた。

最後の部員
記事のポイント!
音に頼らず、仲間との信頼関係と積み重ねたデータでプレーを判断する千葉聾学校野球部。その独自のスタイルで数々の実績を残してきたチームが、65年の歴史に幕を下ろしました。少子化という現実に直面しながらも、最後まで勝利を目指して努力を重ねた選手たち。閉部式には多くの関係者が集い、野球を通じて生まれた絆や感謝の思いがあふれました。チームはなくなっても、その経験と精神はこれからもそれぞれの人生の中で生き続けていきます。
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