石井正則:JCHO東京新宿メディカルセンター耳鼻咽喉科診療部長
ライフ・社会 ニュース3面鏡
2024.9.12 11:45
加齢とともに聞こえが悪くなる「加齢性難聴」。石井正則医師によると、「男性は早い人では30代後半から始まる」「早い年代から発症する人にはある特徴がある」と言います。ジャーナリストの笹井恵里子さんが聞きました。(JCHO東京新宿メディカルセンター耳鼻咽喉科診療部長 石井正則、構成/ジャーナリスト 笹井恵里子)
男性は若くして難聴になりやすい
早い人では30代後半から始まる
ビジネスパーソンの皆さんは、「難聴」というと高齢者がなるもので、自分には関係ないと思っていないでしょうか。
難聴の原因はさまざまにありますが、最も多いのは加齢とともに聞こえが悪くなる「加齢性難聴」です。女性より男性の方が約10年早く発症し、男性は早い人では30代後半から始まり、平均は40代前半~50代、女性は40代後半~50代後半ごろになると加齢性難聴が起きてきます。
意外に感じるかもしれませんが、働き盛りの世代から聴力低下に悩み始めるのです。
JCHO東京新宿メディカルセンター耳鼻咽喉科診療部長・石井正則医師。
そして難聴は、耳が聞こえにくくなって生活が不自由になるだけではありません。認知症の最大リスク要因であると考えられています。
耳の健康な人に比べて軽度難聴なら2倍、中等度難聴では3倍、高度難聴になると5倍以上に認知症発症のリスクが高まります。それだけ耳の聞こえ方がコミュニケーションに影響し、脳の刺激にも関わってくるといえるでしょう。
今日は55歳の男性が「耳鳴りが続いている」と、当院を受診しました。聞けば2年前の夏から耳鳴りが起きるようになって、最初は「何か鳴っているな」という程度だったそうです。それが今年に入ってから、就寝時もジーッとうるさく響くようになり、睡眠もままならないのだとか。
実は耳鳴りの90%は難聴が原因。中高年の人にとって耳鳴りがしたら「加齢性難聴のサイン」ともいえるのです。
耳鳴りに苦しむ男性は
やっぱり加齢性難聴だった
このような患者さんがきたら、耳鼻科ではまず一般に「純音聴力検査」を行い、聞こえの程度と、聞こえの悪さがどの部位の異常によるかを大まかに判断します。
難聴の程度(聴力レベル)はdB(デシベル)という単位で表し、聴力レベルに応じて「軽度」「中等度」「高度」「重度」の4つのカテゴリに分類します。
▼難聴の程度(聴力レベル)
・正常――25デシベル未満
・軽度難聴――25~39デシベル(騒音がある中での会話の聞き間違いや、聞き取りにくさを感じる)
・中等度難聴――40~69デシベル(普通の大きさの会話での聞き間違いや、聞き取りにくさを感じる)
・高度難聴――70~89デシベル(非常に大きい声か、補聴器を使用しないと会話が聞こえない)
・重度難聴――90デシベル以上(補聴器でも聞こえないことがある)
目安として、小雨の音(40デシベル程度)が聞こえない場合は軽度~中等度難聴、日常会話(60デシベル程度)が聞こえない場合は中等度難聴、ピアノの音(80デシベル程度)が聞こえない場合は高度難聴、車のクラクション(110デシベル程度)が聞こえない場合は重度難聴になります。
また職場の健康診断や人間ドックなどで行われる聴力検査は「選別聴力検査」といって1000ヘルツ(低音)と4000ヘルツ(高音)の2つの周波数の音を一定の大きさで聞こえるかどうかを確認しています。つまり、難聴かどうかは、音の強さ(音量)と高さ(音域)で判断するのです。
検査の結果、その55歳の男性は「典型的な加齢性難聴」で、それも「中等度難聴」と診断しました。私は彼に検査結果を伝え、このように話したのです。
「残念ながら失った聴力を元に戻すことはできません。でもこれ以上難聴を悪化させない方法が近年分かってきました」
男性は身を乗り出して、私の話を聞きました。
加齢とともに難聴が起こるのは
耳の中の「毛」が薄くなるから
加齢性難聴を悪化させない方法の前に、なぜ加齢とともに難聴が起こるのかを説明しましょう。
一言でいうなら、頭髪と同じように「耳の毛」が加齢で薄くなるからです。耳の毛といっても、男性が気にする耳毛ではありませんよ(笑)。
耳は大きく3つのパートからできています。耳の入り口から耳の穴を通って鼓膜までを「外耳」、鼓膜の奥の空間を「中耳」、さらにその奥を「内耳」といいます。
耳の構造 拡大画像表示
内耳には聴覚の本体といえる「蝸牛」という器官があります。その名の通り、蝸牛はカタツムリのような巻き貝状の形をしており、中に木琴の鍵盤のような構造をした「基底板」があって、その鍵盤のような板の上に何万もの有毛細胞が並んでいます。
耳から入った音(振動)は、外耳、中耳を通って内耳の蝸牛に届き、基底板を振動させ、その上の有毛細胞の毛も揺れます。有毛細胞はその振動を脳が感知しやすい電気信号に変えて、それが蝸牛から出ている聴覚神経を介して脳に伝えられます。
つまり有毛細胞は音を感知するセンサーの役割を果たしているのですが、加齢や、大音量を聞くなどの物理的ダメージによって抜け落ちてしまうのです。
すると、音の情報をうまく脳に送ることができなくなり、難聴が引き起こされてしまいます。蝸牛の有毛細胞は一度脱落すると二度と生えてきません。脱毛した細胞を生やすことができる“育毛剤”は存在しないのです。ですから加齢性難聴は一度起こると進行する一方になってしまいます。
若くして加齢性難聴になる人は
生活習慣病を患っていることが多い
加齢に伴う現象ですから、誰にでも起こり得る可能性があります。しかし年をとっても加齢性難聴が起きる人と起きない人がいますよね。その違いは何でしょうか。
実は加齢性難聴になる人たちは「生活習慣病」を患っていることが多いのです。大規模な国内外の研究によって、加齢性難聴を早い年代から発症して進行する人は、動脈硬化のある人や、高血圧症や脂質異常症、糖尿病などの生活習慣病にかかっていることが分かりました。
また見た目の特徴として、“おなかでっぷり”は危ない。内臓脂肪が蓄積されている可能性が高く、動脈硬化を進めて高血糖などになるリスク(=メタボ)が上がり、難聴を引き起こすリスクも高まります。
国内では、国立国際医療研究センターによる大規模な研究報告があり、肥満が聴力低下のリスク上昇と関連していること、また肥満に加えて血糖・血圧・中性脂肪、LDL(悪玉)コレステロールの上昇といった代謝異常があると聴力低下のリスクはさらに高まることが明らかになっています。
肥満や生活習慣病で
難聴になるメカニズム
なぜこのような人がなりやすいか。それは内耳の聞こえの神経の周りには細い動脈が多くあるのですが、肥満や生活習慣病のある方は動脈硬化によって血流量が減少し、内耳に栄養や酸素が届きにくくなってしまうからです。するとエネルギーを多く使う、高い方の聴力から低下していきます。また肥満に伴う慢性炎症で、聴覚細胞も損傷してしまいます。
冒頭の55歳の男性も、まさにおなかでっぷりで、血圧やコレステロール値が高いというメタボでした。ですから加齢性難聴のこれ以上の進行を食い止めるには、肥満を改善し、生活習慣病をきちんと治療することが大切だと話しました。
日常生活ではウオーキングやジョギング、水泳、サイクリング、ヨガなどの有酸素運動を行い、バランスの良い食事を心がけるといいでしょう。食事では糖分の代謝と神経に大切なマグネシウムやカルシウム、ビタミンD、亜鉛、そのほか抗疲労物質であるイミダゾールペプチド(鶏肉、マグロ、サケに豊富)、脳機能を守る乳製品、青魚を意識して積極的に摂取してください。
聴力のセルフチェック
電子体温計の音が聞き取れるか
さて、ここまで読んで、自分の「聴力」が心配になった方のために、加齢性難聴のセルフチェックの方法をお伝えしましょう。
あなたは「脇の下に挟んだ電子体温計のピピッと鳴る音」が聞き取れるでしょうか。
人間が聞き取ることのできる音の高さを「音域」といい、20ヘルツ~2万ヘルツといわれています。一般に耳の老化は高音域から始まるので、1万7000ヘルツ以上は20代から聞こえない人が出てきます。そして60代になると音域は、10代の頃の半分以下に当たる1万ヘルツ未満しか聞こえなくなる人が少なくありません。
電子体温計のピピッと鳴る音はおよそ8000ヘルツ。これが聞こえないと、聴力がかなり落ちているということ。すでに加齢性難聴が起こっている可能性が高いです。その半分の4000ヘルツが聞こえないくらい聴力が低下すれば、秋なら鈴虫の鳴き声が聞こえません。
自分の指をこすり合わせてみて
カサカサという音が聞き取れるか
加齢性難聴の進行度を知るものとしては「指こすり試験」があります。乾いた親指と、人さし指と中指の先を軽くこすり合わせると、カサカサという音がします。この音がだいたい2000ヘルツ。腕をピンと伸ばした状態で指をこすり、カサカサという音が聞き取れればOK。
ですが腕を伸ばした位置では聞こえないという方は、すでに加齢性難聴が進行して、会話にも支障が出始めているはずです。
▼「指こすり試験」で聴力をセルフチェック
1)鏡の前で、左右どちらかの耳の横に片腕をピンと伸ばし、耳元から50~60センチメートル離れた位置で指をこする
2)腕をピンと伸ばして聞こえない場合は、少しずつ腕を縮めていき、聞き取れる位置を確認する。もう一方の耳も同じように行う
実は中等度難聴と診断した55歳の男性の方は、この指こすり試験も聞こえませんでした。もし指をかなり近づけないと聞こえないようでしたら難聴が相当進んでいます。早めに耳鼻科を受診した方がいいでしょう。
さて、生活習慣病と肥満に加えて、加齢性難聴をはじめ耳の不調を訴える人の大半に共通していることがもう一つあるのです。次回ご説明します。
>>第2回『顔に“異常なサイン”が出ている人は要注意!放置すると「加速度的に病気が悪化」日本人ほど危険な理由とは?』は2024年9月13日(金)公開です。
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