AirPodsが衰えた聴覚を支援 無料「ヒアリング補助」機能のインパクト

AirPodsが衰えた聴覚を支援 無料「ヒアリング補助」機能のインパクト

2024.10.22 08:00
山本 敦 | Official Columnist
ITジャーナリスト・ライター

iPhoneとiPods
iOS 18とAirPods Pro 2のファームウェアのアップデートで「聴覚の健康」をサポートする新機能が追加される


アップルが今年の9月にワイヤレスイヤホンで「聴覚の健康」をサポートする新機能を発表した。中にはAirPods Pro 2を身に着けたユーザーの耳の聞こえを助ける機能も含まれる。

無料のソフトウェアアップデートにより、一般には10月28日の週以降に公開を予定するAirPods Pro 2の新機能を先行体験・取材した。


アップルが臨床研究に基づいて開発した2つの聴覚支援機能


このたびソフトウェアアップデートの対象になるワイヤレスイヤホンはAirPods Pro 2(以下:AirPods Pro)で、追加される主な新機能は「ヒアリングチェック(聴覚検査)」と「ヒアリング補助」の2つ。最新のOSに対応するiPhone、またはiPadにペアリングして、AirPods Pro 2を身に着けた状態で使用可能になる。

ヒアリングチェックは「気導聴覚検査」という、イヤホンを両耳に装着しながらiPhoneを使って約5分間のテストトーンを再生して、認識できる最小音量を調べる検査になる。結果からオージオグラム(聴力検査のデータ)が作成され、難聴の可能性と度合いをiPhoneのヘルスケアアプリに提示する。

ヒアリング補助では、上記のヒアリングチェックから得られたオージオグラムを基にユーザーの聞こえをサポートするカスタムプロファイルを生成する。ユーザーはAirPods Proの使用環境に合わせて会話の強調、または環境音を減らしたりなど微調整が行える。

アップルはこの聴覚の健康をサポートする機能を、ミシガン大学公衆衛生大学院と世界保健機関(WHO)と組んで実施した長期的なバーチャル公的研究調査である「Apple Hearing Study」による大規模な臨床研究に基づいて開発した。

日本導入に際してはAirPods Proのソフトウェアと、iOSなどAppleデバイス側のソフトウェアのペアで構成されるモバイルアプリケーション「Appleのヒアリング補助プログラム」について、薬機法(医薬品医療機器法)に定められた管理医療機器としての承認を取得した。つまりAirPods Proによる聴覚の健康をサポートするソフトウェアは医療機器グレードの信頼性を備えているというわけだ。

薬機法によると、医療機器である補聴器本体は消費税の非課税対象になる。だが、AirPods Proの場合は無料のソフトウェアが管理医療機器として承認された。筆者が取材したところ、アップデートの実施後もアップルによるAirPods Proの販売方法は当面従来と変わらないようだ。

聴覚の健康をサポートする機能は、イヤホンに付属する純正シリコンイヤーチップによるフィッティング調整ができることと、Apple H2チップによる高度な演算処理能力を必要とする。ゆえに2024年10月時点ではAirPods Pro 2以外のAirPodsシリーズは対応していない点に注意したい。

アップルは新しい機能が対象とするユーザーを「軽度から中等度の聴覚障害が認知されている18歳以上の患者」としている。難聴の可能性がない方も試すことはできるが、音が聞こえすぎるような不自然な感覚があると思う。

AirPods Proには付属するシリコンイヤーチップの適正なサイズを調べるための機能がある。イヤーチップが最適にフィットしていることを確かめた後に、新機能の「ヒアリングチェック」を行う
AirPods Proには付属するシリコンイヤーチップの適正なサイズを調べるための機能がある。イヤーチップが最適にフィットしていることを確かめた後に、新機能の「ヒアリングチェック」を行う


無料ソフトウェアアップデートにより提供される聴覚検査機能

今回は特別な取材の機会を得て、AirPods Proに新しく実装されるヒアリングチェックとヒアリング補助をリリース前に実機で試すことができた。

iPhoneにAirPods Proをペアリングして「設定」アプリを開くと、AirPods Proの設定画面の中に新しく「聴覚・聴力」のメニューが追加されている。

「聴力補助」をタップするとヒアリングチェックによる聴力検査のデータ(オージオグラム)を追加するように求められる。聴力補助を初めて利用する場合、「Appleのヒアリングチェックを受ける」メニューを選択して先に進む。

ヒアリングチェックは約5分間。AirPods Proを耳に装着した後、テストトーンが聞こえたらiPhoneの画面をタップする作業を繰り返す。チェックの内容は、耳鼻科や健康診断で受診できる聴力検査をイメージしてほしい。とても小音量のテストトーンを聞き分ける必要があるので、検査は静かな場所で行いたい。

左右の耳のヒアリングチェックは全体で約5分間。小さなテストトーンを聞いてiPhoneの画面をタップしながら判定する。オージオグラムはiOSのヘルスケアアプリに保存される
左右の耳のヒアリングチェックは全体で約5分間。小さなテストトーンを聞いてiPhoneの画面をタップしながら判定する。オージオグラムはiOSのヘルスケアアプリに保存される

ヒアリングチェックの結果(オージオグラム)は、iPhoneのヘルスケアアプリにデータが数値とグラフで記録される。左右の耳ごとに難聴の度合いも判定される。Apple Watchが搭載する心電図アプリの解析データのように、ヒアリングチェックの結果もPDFファイルに書き出せる。医師との相談にも役立てられるだろう。

米国に暮らす筆者の知人に聞いたところ、同国には日本のような国民皆保険制度がないため、医師を訪ねて聴覚検査をするとそれなりの負担になるという。だからこそiPhoneとAirPods Proを使って、自身の耳の聞こえにくさや難聴の傾向をセルフチェックできることが「画期的」なのだと、知人は期待を寄せていた。


自然な聞こえを支援するヒアリング補助


ヒアリングチェックを済ませると、AirPods Proのメニューから「ヒアリング補助」の設定がオンに切り替えられる。ヒアリング補助はAirPods Proのノイズキャンセリング機能と併用ができないので、外部音取り込みの機能を同時にオンにして使う。

ヒアリング補助には音の聞こえ方をより好みに合わせて最適化できるよう、主に「増幅」「バランス」「トーン(声の高さ=ピッチ)」という3種類の詳細な調整メニューがある。

AirPods Proの設定画面から「ヒアリング補助」の微調整を選択。人の声によりフォーカスしたり、声の高さ=ピッチを変えて聞きやすくすることも可能だ
AirPods Proの設定画面から「ヒアリング補助」の微調整を選択。人の声によりフォーカスしたり、声の高さ=ピッチを変えて聞きやすくすることも可能だ

音量を増幅するだけならば、日本国内ではオーディオ機器に分類される「集音器」の中にも同じ使い方ができる商品がある。AirPods Proには目の前で話している人の声だけを拾って、対面での「会話を強調」する機能や、リスニングの快適さを高めるためのトーン設定などより細かな機能が揃っている。声にフォーカスを定めつつ、同時に環境雑音を除去して聞きやすくすることもできた。


今回はiPhoneとAirPods Proの組み合わせで新機能を試したが、設定の微調整はiPadにMac、Apple Watchからも行えるようだ。


音楽再生や紛失防止などAirPodsの良さがそのまま活かせる


アップルによる聴覚の健康をサポートする機能は、医師による処方箋なしでiPhoneとAirPods Proを購入した直後から使える。イヤホン型補聴器の中には音楽や映画の音声を聴くたびに、都度補聴器モードからオーディオモードへの切り替えを求められる製品もある。AirPods Proはエンターテインメントとヒアリング補助、相互にスムーズな切り替えを実現している。

ヒアリング補助をオフにして、「メディアアシスト」の設定項目だけをオンにすることも可能だ。この場合は聴力検査の結果を活かして、エンターテインメントコンテンツの聞きやすさを高める。筆者もApple Musicの音楽再生で試したところ、よりメリハリの効いたサウンドが楽しめた。

紛失したAirPods ProをiPhoneの「探す」アプリから遠隔探索できる機能。ほかのワイヤレスタイプのヒアリング補助デバイスに対するメリットになる
紛失したAirPods ProをiPhoneの「探す」アプリから遠隔探索できる機能。ほかのワイヤレスタイプのヒアリング補助デバイスに対するメリットになる

終日に渡ってヒアリング補助を必要とするユーザーは、AirPods Proが1回の充電から連続して使える再生時間が最大6時間であることが心もとなく感じるかもしれない。充電ケースには5分間の充電で約1時間の再生時間ができるまで急速にチャージする機能もある。今後、より多くの電力を消費する音楽のストリーミング再生をオフにして、補聴器としてさらに長い時間使えるモードが追加されても良さそうだ。

筆者の高齢の家族は、以前に高額なワイヤレスタイプの補聴器を紛失してしまったことがある。AirPods Proには、万一の紛失時にiPhoneを使って「探す」機能があるので、ヒアリング補助のための機器を必要とするユーザーと、その家族も安心だ。ただ、ワイヤレス補聴器の中にはAirPods Proよりもコンパクトで軽い製品もある。アップルは今後、ヒアリング補助のためのデバイスとしてAirPods Proを使うユーザーからも多くのフィードバックを得て、様々な改善を図っていくことになるだろう。


「普通のイヤホン」が補聴器を使う煩雑さや抵抗感を和らげてくれる


補聴器として使えるワイヤレスイヤホンはそれほど目新しいものではない。筆者が以前に取材した国内メーカーの製品は、初めて補聴器を使う方も安心して選べるよう、製品に付属するオプションとして技能資格取得者によるオンラインサポートが提供できることを強みに打ち出している。一般的な補聴器の場合は最初のフィッティング以後、2〜3カ月くらいの調整を続けてユーザーの耳になじませる。そのためオンラインでのフィッティングサービスや、使用に関するガイダンスが大きな意味を持つのだと、当時筆者は取材の際に説明を受けた。ほかにも高価格帯で提供される補聴器の中には、ユーザーの耳に合わせた聞こえを調整するための有人サポートが付属する製品も少なくない。

対するアップルのAirPods Proによる聴覚の健康をサポートする機能の大きなメリットは、3万円台のワイヤレスイヤホンで難聴の悩みを抱えるユーザーが気軽に試せるところにあると筆者は考える。ヒアリングチェックにより、自身の耳の聞こえ方に「気づき」を与えることにも大きな意味がある。本格的に機能の認知が拡大した時に、アップルがヒアリング補助を必要とするユーザーにどのようなサポートを提供できるのか注目したい。

「普通のイヤホン」を使う感覚で気軽に聞こえを改善できるところも、AirPods Proの新機能の魅力
「普通のイヤホン」を使う感覚で気軽に聞こえを改善できるところも、AirPods Proの新機能の魅力

AirPods Proは見た目に普通のワイヤレスイヤホンだ。補聴器を着けているように見えないことから、使用時の抵抗感が和らぐメリットもある。アップルが聴覚の健康をサポートする機能のソフトウェアについて管理医療機器の認証を取得したことはユーザーの安心にも結びつく。しかしながら当然のことだが、スマートデバイスとその画期的な機能に依存することは禁物だ。耳の聞こえ方に不調を実感したり、またはヒアリングチェックの結果が軽中等度の難聴レベルとして判定された際には専門医の診断を受けるべきだ。

厚生労働省によると、現在は年齢などにかかわらず日本国民全体の中で約10%にあたる1430万人が難聴を抱えながら生活しているという。イヤホンを装着した相手と対面して会話することに、まだ多くの人々が慣れていないと思う。AirPods Proの新機能が脚光を浴びることにより、ワイヤレスイヤホンが聞こえをサポートするスマートデバイスであることの認知も広がることを期待したい。


連載:デジタル・トレンド・ハンズオン
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編集=安井克至


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