2026年4月19日のこけら落としでは、名古屋グランパスとアビスパ福岡が対戦。チケットは完売し、2万8,924人が新たな「聖地」の船出を見届けた。

アジア競技大会メイン会場はこうして変わった ――「普通にスポーツを楽しみたい」障害当事者が伝え続けたこと

加藤丈資 Takeshi Kato
2026年8月5日

2026年4月19日のこけら落としでは、名古屋グランパスとアビスパ福岡が対戦。チケットは完売し、2万8,924人が新たな「聖地」の船出を見届けた。

2026年4月19日のこけら落としでは、名古屋グランパスとアビスパ福岡が対戦。チケットは完売し、2万8,924人が新たな「聖地」の船出を見届けた。

 

2026年9月19日、愛知・名古屋アジア競技大会が開幕する。4年に一度開かれるアジア最大のスポーツの祭典で、45の国と地域から最大約1万5000人の選手が参加する見込みだ。開会式と閉会式、陸上競技の舞台となるのが、名古屋市瑞穂区のパロマ瑞穂スタジアムである。

2021年11月旧瑞穂競技場解体から始まり、今年改築を終えたスタジアムは4月に供用を開始し、名古屋グランパスのホームゲームも開催されている。約300席の車いす使用者用観覧席をスタジアム全体に配置し、座った状態でも視界を遮りにくいよう、手すりの高さも工夫された。

だが、こうした設備は、行政や設計者だけで考えられたものではない。設計段階から障害当事者が議論に加わり、自らの経験を伝えてきた。

その一人が、社会福祉法人AJU自立の家の社会啓発・社会貢献事業室長で、「愛知県重度障害者の生活をよくする会」会長の石田長武(いしだおさむ)さんだ。

2026年7月28日、名古屋市内で行ったインタビューで、石田さんは時折笑顔を見せながら、穏やかな口調で質問に答えた。自分の要望だけを押し出すのではなく、行政や設計者にも事情や制約があることを踏まえ、「実現したこと」と「残された課題」を分けて語る。気取ったところはなく、事実を一つずつ確かめるように話す姿が印象に残った。

石田さんは小学校6年生から電動車いすを利用している。長年、電動車いすサッカー(パワーチェアフットボール)を続けてきた競技者であり、一人のスポーツファンでもある。

競技する側と観戦する側。その双方の経験が、今回のスタジアムづくりで伝えた意見の土台になった。

 

基準どおり、から一緒に考える、へ

建て替え前の瑞穂陸上競技場にも、石田さんは名古屋グランパスの試合を見るため何度も足を運んだ。

ただ、車いす利用者の入口や移動経路は一般の観客とは異なっていた。関係者用の入口から入り、専用のエレベーターを使って、決められた観戦場所へ向かう。車いす席の選択肢は少なく、前方の手すりなどで競技が見えにくいこともあったという。

試合を見ることはできる。それでも、友人や家族と同じ入口から入り、好きな場所を選び、一緒に応援するという体験とは違った。

「障害者だから特別扱いしてほしいわけではありません。普通の人と同じようにスポーツを楽しみたいんです」

石田さんが求めていたのは、特別なサービスではない。ほかの観客には初めから用意されている「当たり前」の選択肢だった。

新スタジアムの整備に向けた意見交換は2021年9月に始まった。2023年4月の建設工事開始から約二年前のことだ。意見交換会には名古屋市や建設・設計を担う竹中工務店、車いす利用者をはじめとする障害当事者が参加した。

当初は「法律や各種基準に沿って設計している」という説明が中心だったという。

もちろん、バリアフリー法をはじめとする基準を満たすことは欠かせない。しかし、図面上で条件を満たしていても、実際に使いやすいとは限らない。

車いす席があっても、前の観客が立ち上がれば競技が見えない。安全のための柵や手すりも、座った人の目線では視界を遮る場合がある。一か所に集められた車いす席では、「選手を近くで見たい」「上から全体を見渡したい」といった観戦場所の選択も難しい。

石田さんたちは、こうした具体的な場面を一つずつ伝えた。議論を重ねるにつれ、会議のあり方も変わっていったという。

「最初は『基準どおりです』という説明が多かった。でも最後の頃には、『ここはどうしましょう』『この案ならどうでしょう』と、一緒に考えてもらえるようになりました」

障害者のために誰かがつくるのではなく、障害当事者と一緒につくる。その変化を、石田さんは評価している。

こうした当事者参加は、名古屋だけの動きではない。東京の国立競技場、いわゆる新国立競技場の整備でも、障害者団体を交えたユニバーサルデザインのワークショップが開かれた。車いす席をスタンドの各層や複数のチケットカテゴリーに設け、同行者とともに観戦できる環境などが検討された。

パロマ瑞穂スタジアムは、その流れを受け継ぎながら、地域で活動する当事者との対話を重ね、具体的な改善へつなげた事例といえる。

同時に、名古屋市は今回のスタジアムだけでなく、アジア・アジアパラ競技大会に向けた競技会場や周辺道路、駅から会場までの経路でも、障害当事者との現地調査や意見交換を進めている。

愛知県、名古屋市、大会組織委員会が策定したアクセシビリティ・ガイドラインは、障害のある人に加え、高齢者や妊産婦、乳幼児を連れた人など、多様な利用者を想定する。ハード面の整備だけでなく、「意識のバリアフリー」も掲げている。名古屋市は少なくとも今回の大会準備において、当事者の声を整備に反映させようと、継続的に取り組んできた自治体だと言えるだろう。

完成したスタジアムでは、車いす席が一部に固められず、複数の場所に配置された。聴覚障害のある人を支援する磁気ループ席や、大きな音や人混みに不安を感じた人が落ち着くためのカームダウンルームなども整備された。

バリアフリーは、スロープや車いす席だけを指すものではない。障害によって異なる困りごとを知り、それぞれの利用者が同じ場所で過ごせる環境を考えることでもある。

 

「建物ができたから終わりではない」

もっとも、石田さんは新しいスタジアムを手放しで称賛しているわけではない。

完成後、名古屋グランパスの試合を観戦した際には、バリアフリートイレに利用者が集中する場面があった。設備の数や配置が適切かどうかは、数万人が実際に訪れて初めて分かる部分もある。

車いす使用者が家族や友人と自然に並んで観戦できるか。用意された席が、整備の趣旨に沿って販売・運用されるか。こうした問題は、建物だけでは解決できない。

ハードを整えた後、それをどのように使い、問題が見つかったときにどう改善するか。運営もまた、アクセシビリティを左右する。

「建物ができたから終わりではありません。実際に使ってみて初めて分かることがあります」

その言葉には、欠点をあげつらう響きはなかった。完成を一つの到達点として認めながら、より使いやすい場所に育てていこうとする呼びかけに聞こえた。

アジア競技大会が10月4日に閉幕した後、10月18日から24日までアジアパラ競技大会が開かれる。

石田さんは、多くの人に会場でパラスポーツを見てほしいと話す。ただし、障害を乗り越える姿だけを物語として消費してほしいわけではない。

「障害者としてではなく、一人のアスリートとして見てほしい」

選手の技術や駆け引き、スピード、勝敗を純粋に楽しむ。その同じ観客席に、障害のある人もない人も、家族も友人も自然に集まる。

石田さんが求めてきた「普通にスポーツを楽しめる場所」とは、そのような光景なのだろう。

当事者の意見を聞き、つくり、実際に使い、また直す。その繰り返しが続いてこそ、「障害者のための施設」ではなく、誰もがともに使えるスタジアムになっていく。

 

記事のポイント!

「特別扱いではなく、普通にスポーツを楽しみたい」という障害当事者の声を設計段階から取り入れ、車いす席の配置や視界を改善したほか、聴覚障害者向けのヒアリングループ席、カームダウンルームなども整備されています。当事者と行政・設計者が対話を重ねながら、誰もが同じ場所でスポーツを楽しめるスタジアムを目指した取り組みが紹介されています。

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原文掲載元はこちら 

 https://www.sportingnews.com/jp/more-sports/news/mizuhostadiumishida/73dfde790eacfdce5503ed27

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