EXILEのダンスに心が動かされたと語る難聴ゆうきさん(写真/廣瀬靖士)

耳が聴こえなくても、心に音は重なる––––21歳でEXILEに憧れ上京…難聴ダンサーが明かす「身体から音が見える」感覚

2026.08.30

生まれつき聴覚に障がいを持ちながら、21歳でEXILEに憧れてダンスの世界に飛び込んだ難聴ゆうきさん(31)。バックダンサーとしてCMや有名アーティストのMV出演を果たし、SNSではダンス動画が総再生数2740万回を突破している。

だが邁進する活動の裏には、高校時代の苦い記憶や、難聴であることを告白するかどうかの葛藤があった。「音とは何か」からのボイストレーニングに挑んだ理由とあわせて、その半生に迫る。(前後編の前編)

木原みぎわ
難聴ゆうき


耳が聴こえないダンサー

秋田の山あいで生まれ育った難聴ゆうきさんは、生まれつき難聴がある。「幼いころは多少聴こえていたみたい」だというが、補聴器は必須だ。補聴器を外すと音はほとんど届かないという。周囲にダンスや音楽好きが多い環境でもなく、身近にあったのはテレビだけだった幼少期。

「音楽番組でEXILEが踊っているのを見て、衝撃を受けたのがダンスに興味を持ったきっかけです」

誰に言うでもなくひとり、ダンスの練習を始めた。とはいえ、音が満足に聴こえてはいないため、ビートが身体を動かしたわけではなく、「とにかくかっこいい動きに憧れて、真似をしてみた」と彼は語った。

EXILEのダンスに心が動かされたと語る難聴ゆうきさん(写真/廣瀬靖士)

EXILEのダンスに心が動かされたと語る難聴ゆうきさん(写真/廣瀬靖士)


子どものころからとにかく身体を動かすのが好きで、野球や長距離走などさまざまなスポーツに打ち込む活発な少年だったが、ダンスはあくまで趣味の延長。「ダンサーになりたい」という夢を抱くほどではなかったそうだ。

難聴を抱えながらも、高校も含めて「“普通の”学生生活を送った」と話すゆうきさん。高校は工業高校へ入学し、野球部で汗を流す毎日。特別扱いされることもほとんどなかった。

「補聴器は濡れると使えなくなってしまうので、雨の日には濡れないように耳にカバーをしたり、聴こえにくいというのもあって席を前の方にしてもらうぐらいで、特別すごい不便をしたという訳でもなかったです」

高校卒業後は地元の工業系の会社に就職。だが、仕事を終えて帰宅し、ひとりの時間にふと「これから自分の人生はどうなるんだろう」と考えるようになった。人生は一度きり。ならば好きなことをやろう——そう思って、21歳で上京を決意する。

 

隠していた難聴

一人っ子で、障がいがある。かつ東京に知り合いがいるわけではない。両親は当然のように難色を示した。だが、難聴という障がいはゆうきさんの夢の足かせになることはなく、結局は両親も背中を押してくれたと笑顔で振り返る。

上京してからは、昼間は工場で仕事をしながら、夜はダンスレッスンに励む。オーディションにも複数回挑戦したが、周囲のレベルの高さに圧倒され、なかなか結果に結びつかなかったという。

「何もかもが甘かった。悔しいというよりも“自分が情けない”という気持ちが強かった。でも、それが逆に良い刺激にもなったので、“自分はまだ頑張れる、まだやれる”と思えました」

転機が訪れたのは2018年。バックダンサーとして参加した現場で1人のダンサーと知り合う。

「通っているレッスンの先生が同じという共通点があってすぐに意気投合しました。その彼女がCMやアーティストのMVの仕事を紹介してくれて、ダンサーとしての活動の幅を広げてくれた。彼女がいなかったら、僕はまだ表舞台には立ててなかった。そう思えるくらい本当に感謝でいっぱいですね」

当時のゆうきさんは、難聴であることを、あえて明かしていなかった。

「1人のダンサーとして実力で認められたいという気持ちが強かったんだと思います。特別扱いされたり、変に気を遣われるんじゃないかと思って」

周囲から、「なまってるよね?」「イントネーションおかしくない?」「どこのハーフ?」「滑舌悪すぎ」——そんな言葉を浴びるたびに、一生懸命話しているつもりなのに伝わらないもどかしさに傷つき、会話そのものが億劫になった時期もあったという。

会話がしにくいとなった時、塞ぎ込んでいったと語る難聴ゆうきさん(写真/廣瀬靖士)

会話がしにくいとなった時、塞ぎ込んでいったと語る難聴ゆうきさん(写真/廣瀬靖士)


そんなとき、さらなる試練が立ち塞がる。それは聴力の低下だった。

「聴き返すことが多くなってきたと思って、これ以上隠し続けることは難しいなと。何より、聴き返すたびに相手に負担をかけてしまっている気がして、申し訳ない気持ちだったんです。なので、6年前に自分の聴力のことを打ち明けました」

公表後、ダンス仲間からは「まったく気づかなかった」「聴こえないなんて信じられない」といった驚きの声がある一方、「そうなんだ」とあまり反応がなかったということも。

「自分が臆病になっていただけかもしれません。思っていたよりも反応がなくて、少し拍子抜けしたというか、『あれ? そんなに気にすることでもなかった?』と思いました」

 

「背中を押すことができたら嬉しい」

自身の難聴を公表し始めたころ、SNSでの動画投稿も始めた。

「ダンサーとしての認知度も上げたいと考えたんです。……当初は、何をやっていいのかわからなくて迷走していましたね(笑)。

でも、コメントで『自分の弱いところをきちんと言えてかっこいい』と言われた時は、“難聴”と打ち明けてよかったなと。どこか重く感じていた心が一瞬で軽くなって、安心したのを覚えてます」

耳が聴こえないにもかかわらず、なぜあれほど音楽に合わせて踊れるのか——。ダンス動画を見た多くの人が抱く疑問に、彼はこう答える。

「動きはすべて『目で見て真似する』ことから始まるんです。音を聴いて身体を動かすのではなく、まず振り付けの形を目で覚え、あとから『ここでこの動きをするんだな』と、(自分の中での)音を重ねていく」

自分だけのダンスの覚え方を伝える難聴ゆうきさん(写真/廣瀬靖士)

自分だけのダンスの覚え方を伝える難聴ゆうきさん(写真/廣瀬靖士)


スタジオでの練習では、床に置いたスピーカーの振動を頼りにすることもあるが、基本はあくまで視覚が軸になる。こうした感覚は、“聴こえるダンサー”との決定的な違いだろう。

音に合わせて強弱を変える健聴者のダンサーに対し、ゆうきさんはダンス全体の流れとテンポ、わずかに感じる振動を頼り強弱をつける。

「僕の感覚では“自分の身体から音を出している”感じ。『身体から音が見えるみたい』って言われたこともあって、自分自身が楽器になったような……そんな感覚です」

そう楽しげに話すゆうきさん。自分には聴こえない音を、自分の身体を使って奏でる。そんなゆうきさんの発信は画面を越えて多くの人に感動を与えるも、中には、心ない言葉が届くこともある。

《話し方やばw、耳聴こえないならそんなことしないで家で大人しくしてて》

そんな言葉を目にしても「あんまり気にしない。コメントをもらえたこと自体がありがたい」と、話した。

「世の中にはいろんな考えを持ついろんな方がいますし、様々な意見を持つこともその方の自由なので、今の段階ではそこまで気持ちが落ち込むことはないです。もしそういった言葉が増えたとしても、自分の周りに感謝しながら自分の目標に向かって挑戦し続けていきたいと思っています。

耳の聴こえない人だけじゃなく、何かに立ち止まっていたり、悩んでいたり、そんな人に自分のダンスが届いて、背中を押すことができたら嬉しい。誰かの勇気になれたことの方が僕にとって価値のあることだから」

 

記事のポイント! 

補聴器を外すと音がほとんど届かない難聴ゆうきさんが、振り付けを目で覚え、振動やテンポを手がかりに、「身体から音が見える」と表現される独自のダンスを築いた過程と、難聴を公表するまでの葛藤を率直に語っています。

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原文掲載元はこちら

 https://shueisha.online/articles/-/258513?disp=paging&page=1

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