2025/06/07 12:10
栗原守
2025年11月に開催される東京デフリンピックに向け、聴覚障害のある人(デフ)たちへ注目が集まりつつある。デフの世界を理解するために、聴覚障害者のコンサート鑑賞に関する専門家・コンサート手話通訳の長谷川恵美理さん(48)を訪ねた。耳の聞こえない人が、音楽コンサートを楽しむとはどういうことなのか。コンサート向けの手話通訳の需要が高まっていることの背景などについても語ってもらった。(栗原守)
両親から手話を覚える
――聴覚障害者向けのコンサート手話通訳を始めたのはいつごろからですか。

コンサート手話通訳の会社を設立した長谷川さん
2013年からです。私の家庭環境は、両親がろう者で、幼少の頃から手話で親と会話をしていたので、母語は手話です。私は聴者ですので、成長するに従って聴者の世界で生きていくすべを学んでいくのですが、家庭内では手話を使っていました。
成長の過程で、日本社会の体制やろう者の文化にたくさんの葛藤を感じてきました。でも手話や母の生きる世界が大好きでしたので、地域の登録通訳としても活動しました。しかし手話通訳で生計を立てられるような社会ではなかったので、一時手話の世界から離れ、一般企業で働き、子育
13年に子供と一緒に東京ドームにコンサートへ出かけた時、聴覚に障害のある方のグループが来場していて楽しそうにしていたのを見ました。でも当然、曲の合間の歌手のあいさつなどは分からないようでした。この光景に触れ、私はコンサート手話通訳を志すようになりました。
――どのような活動ですか。
平日は会社勤務をしていたので、土日などにSNSなどでつながった聴覚に障害のある方から依頼を受けて、コンサートに同行し、ボランティアで手話通訳をするようになりました。歌詞を手話通訳したり、歌手の語りかけを通訳したり、会場が声を合わせて歓声を上げるタイミングを通訳したりと、ニーズに合わせて色々対応しました。アイドルや歌謡曲と様々です。10年間で150件のコンサートで通訳をしました。
聴覚障害者が自然に音楽を楽しめるように
――聴覚障害者が音楽を楽しむというのはどういう感覚でしょうか。
今は聴覚に障害のある若い方も社会にどんどん出て行くようになり、職場などでそれなりにストレスを感じることもあるのだと思います。そうした中で趣味をもつわけです。コンサート鑑賞は趣味の選択肢の一つとしてあります。
でも聴覚に障害のある方が音楽を楽しむって、社会としてイメージがまだないですよね。少なくとも私が活動を始めた当時はありませんでした。そこで私は彼らが自然に音楽を楽しめる環境を作りたいと思い、活動を始めました。たとえば体で振動を感じるとか、ステージの照明の華やかさとか、ダンスのようなパフォーマンスとか、聴覚以外の感覚を使って全身で楽しもうとしています。
――手応えはいかがでしたか。
コンサート手話通訳の必要性は高まる一方だと思っています。活動をしているうちに、コンサートの主催者側と話をする機会も増え、分かってきたのですが、主催者も『中間支援』の役割として私を必要としてくれました。
コンサートでは、聴覚に障害のある方が来場したときに、スタッフがあたふたしてしまうことがあるようです。もちろん、何も対応しないという選択肢はありません。主催側にも合理的配慮が求められます。聴覚に障害のある方も楽しめるような公演を目指して、色々と工夫をしていこうとしています。その一つに手話通訳があります。私が多少なりとも提案をさせていただく機会も次第に増えていきました。
ボランティアから事業会社へ
――歌詞の理解など事前準備が大変だと思いますが、ボランティアで続きますか。

コンサートの演奏中に手話通訳をする長谷川さん(写真提供:K.K.=工藤秀平、木村マサヒデ)
私は勤務先を退職し、24年4月に事業者として始めることにしました。25年に入り、株式会社にしました。アーティストの芸能事務所などと顧問契約を結び、聴覚に障害のある方が楽しめる公演作りの提案をしていくという役割に転じました。
自治体から提案を求められることもあります。10年にわたるボランティア活動で積み上げた経験と人脈が支えになっています。
――デフリンピック開催が近くなっているので、聴覚障害者に注目が集まりつつあります。
私は聴者と聴覚に障害のある方が歩み寄って、より自然に誰もがエンタメを楽しめるような社会になることを願っています。事業者側もデフリンピックという機運に押されて、合理的な配慮をしようと動き出しています。しかし、デフリンピックが終わってしまった後も持続する配慮が必要です。
そこで事業者には、今できる最善の範囲で対応することを提案しています。無理しすぎると、機運がしぼんだら関心が無くなってしまうかもしれません。こうした提案をすることが、聴覚に障害のある方の事情が分かる私の役割だと思っています。
――聴覚障害者のすべてのニーズに主催者が対応できるわけではない。
聴者と聴覚に障害のある方のそれぞれに文化があります。聴覚に障害のある方側にも長く辛い思いをしてきた人もいて、彼らの事情も理解しています。でも主張ばかりでは、持続的ではありません。
そこで双方の間に立ち、主催者には感謝の気持ちを持ちながら臨んでいます。「対応をしてくれてありがたいです。次はこんなこともできますか」というような、対話する姿勢が大事だと思っています。
プロフィル
長谷川恵美理(はせがわ・えみり)さん
1976年にろう者の両親に間に生まれる。母語は手話、本人は聴者。母親が音楽好きで、時折手を引かれて音楽鑑賞に出かけた経験があるという。2025年にコンサート手話通訳の株式会社「CSLI」を設立。芸能事務所等と顧問契約を結び、各地のコンサートやイベントで手話通訳を展開している。東京都在住。
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