補聴器が普及しないのはなぜか?~改善できる危険因子・難聴②

補聴器が普及しないのはなぜか?~改善できる危険因子・難聴②

一人暮らし、フリーランス 認知症“2025問題”に向き合う(16)

前回(『難聴は認知機能の低下を引き起こす?~改善できる危険因子・難聴①』)から、難聴と認知症の関係を見ている。難聴は認知症の大きな危険因子(リスク因子)だが、補聴器を使用することで認知機能の低下を抑制できる可能性があるとわかった。しかし日本では補聴器が普及していないのが現状だと言う。

そこで、今回は補聴器普及の実際を見ながら、普及を妨げている原因について考える。


補聴器普及率は15%

まずは、下記のグラフを見ていただこう。

グラフ「各国の補聴器普及率」
「JapanTrak2022記者発表資料」

これは、国内外の補聴器メーカー11社が加盟する一般社団法人・日本補聴器工業会が発表した調査資料で、補聴器の普及率を欧米先進諸国などと比較したものである。

2022年の調査結果によると、補聴器を必要とすると思われる人たちの中で、実際に補聴器を使用している人の割合「補聴器普及率」は、日本では15%。欧米先進諸外国などと比べて低い数値となっている。

また、補聴器を買った人たちの満足度を調べた結果でも、諸外国が軒並み7~80%程度なのに対して、50%とこちらも低い。

グラフ「各国の補聴器満足度比較」
「JapanTrak2022記者発表資料」

ちなみに同じ調査によると、補聴器購入額のボリュームゾーンは、1つ(片耳)10~30万円。両耳では20~60万円になるわけだが、これだけ高額のものを買って、それでも「満足していない人が半数」というのはどういうことなのだろうか。


正しい知識が伝わっていない

……と、他人ごとのように書いたけれど、ここでカミングアウトしておくと、実は私も高額補聴器を親に勧めて購入に至らせたにもかかわらず、うまく使えていない現状に心を痛めている一人だ。高いお金を使わせたことを申し訳なく思っているのに加え、うまく使えていないことで親が補聴器を嫌いになり、その結果、認知症に進んだらどうしようという不安を抱えている。

 そんなタイミングで、このたび専門家やメーカー団体などを広く取材したのだが、取材した感想を先に言うと、私たちは補聴器についての「正しい知識」をあまりにも持っていない。そして知らないということは自分に大きな不利益をもたらすということを強く思い知らされている。

では、私たちが知らない補聴器の「正しい知識」とは――?

それを知るために、前回に引き続き、慶應大学名誉教授で「オトクリニック東京」院長の小川郁先生に教わりながら、まずは補聴器が普及していない理由から見ていこう。

「オトクリニック東京」院長、小川郁先生の写真
オトクリニック東京」院長、小川郁先生


補聴器が普及しない理由

「日本で補聴器が普及していない理由はいくつかありますが、まずは補聴器に対してのイメージの問題があります(→1)。補聴器を買っても満足できていない人の数が多いことからもわかる通り、『補聴器を使っても聞こえない』『使いづらい』という声は実際多いですし、そうした声が補聴器のイメージを下げている面はあります。

また、難聴自体、自覚するのが難しいこともあげられるでしょう(→2)。

しかし何よりも大きいのは、補聴器が何の規制もなく、どこでも買えるということです(→3)。これは、先に上げた補聴器のイメージの問題にも深くかかわっているのですが、専門家から購入していないことが補聴器の使いづらさにつながり、補聴器のイメージを悪くし、結果的に普及を妨げているという連鎖を生み出しているのです。

関連して、買う側に正しい情報が伝わっていないということもあるでしょう(→4)。また、補聴器が高額であるという費用面の問題もあげられます(→5)」(小川先生、以下同)

【補聴器が普及していない理由】

イメージが良くない
難聴を自覚するのが難しい
何の規制もなく、どこでも買える
正しい情報が伝わっていない
高額である


補聴器はイメージが悪い?

一つずつ見ていこう。

まず、(1)の「補聴器に対してのイメージの問題」とは、小川先生がおっしゃった「使い勝手」の印象の他に、「補聴器は年寄りくさい」「恥ずかしい」というイメージの問題もあるだろう。私が高齢者を親に持つ世代や高齢者自身に行った聞き取り調査では、「補聴器は年寄りくさい(と言って使いたがらない)」「大げさだ」という声が本当に多かった。

私の母の場合で言うと、耳の調子が悪いと言い出したのは去年の夏だったのだけれど、耳鼻咽喉科を受診して補聴器を勧められるに至っても、「補聴器をするほど歳ではない」「聞こえないわけではない」と使用を固辞し続けた。

先の「JapanTrak2022調査報告」では、「難聴に気づいてから補聴器を購入するまでに、平均2~3年を要している」という。

こうしたイメージの問題は、世代的な固定観念もあると思うのですぐに覆すのは難しいかもしれないが、実際の補聴器を見ると、今どきはかなり軽快なスタイルなものが増えているので、「知ること」で、多少はイメージが変えられるかもしれない。

耳あな型補聴器と耳かけ型補聴器の写真

さまざまな耳かけ型補聴器の写真
最近の補聴器の主なタイプ「耳あな型」(上写真・左)と「耳かけ型」。小さくて目立ちにくい(画像引用元「日本補聴器工業会ホームページ」)。hochouki.com

「テレビなどで頻回に目にする有名な高齢者で補聴器を装用している方がほとんどいないため、なかなか身近な存在になっていないことも原因かもしれません」


欧米で普及している理由

しかし一方で「補聴器のイメージは日本だけが悪いのか?」という視点で掘り下げていくと、また違う事実と解決策が見えてくると小川先生は指摘する。

「欧米も同じような条件下にあるのに、普及が進んでいるわけです。では、日本と何が違うのかと見ていくと、販売形態と費用の2つが大きく違うという事実に行きつきます」
 つまり、先の(3)「が何の規制もなくどこでも買える」点と、(5)「補聴器が高額である」という点だ。

「欧米では、補聴器は国家資格を持つ専門家が扱うものなのに、日本では特に決まりがありません。そのため、様々な販売形態で売られているのが現状で、結果的に補聴器を買っても満足できない人たちを生み出しています。

もう一つの費用に関しては、補聴器普及が進んでいる各国は公的機関による助成金があり、個人の負担額はかなり少なく抑えられています」

つまり補聴器のイメージが悪いのは、元々良いイメージを持っていない人に、それを覆す良い印象を与えられていないことも関係しているのではないかという話だ。

円グラフ「各国の公的助成受給内容の比較」
「JapanTrak2022記者発表資料」。なお公的助成に関しては、別回で言及する

しかし、「使えば、本当に聞こえが良くなるとわかっていたら?」「値段も高くなかったら?」――普及を妨げる原因が減り、それまでのイメージさえも覆されるのではなかろうか(なお、私自身は補聴器に悪いイメージはないし、ワイヤレスイヤホンに慣れた昨今の若者たちはさらに抵抗感が少ないと思う。将来的にはワイヤレスイヤホンと一体型の補聴器もできるかもしれないし!)。

実際、「JapanTrak2022」によれば、専門家を介して購入している人たちの満足度は64%と高く、「もっと早くから購入していれば良かった」という声も多い。つまり、専門家を介するか否かで、補聴器の満足度は大きく左右されるのだ。


販売に資格がいらない

ということで、続いて(3)にあげた販売形態の問題を見ていこう。

一般の私たちは余り考えることのない話だが、補聴器は管理医療機器である。しかし、販売に関してなんらかの規制があるわけではないらしい。

「補聴器は管理医療機器ですが、管理医療機器としての適合性が担保されない状態で売られているのが現状です。管理医療機器としての適合性というのは、その人の難聴に合った補聴器であるかどうかということ、さらに補聴器を適切に使うための調整とトレーニングがきちんと行われているかどうかということです。日本では、こうした管理医療機器としての視点がないがしろにされていて、いわば売りっぱなし、売られっぱなしの状態になっているのです」

私もこの度初めて知ったのだが、補聴器を使いこなすためには、適切な補聴器を選ぶのはもちろん、その後、数度にわたっての調整や一定期間のトレーニングが必要になるらしい。
なぜかというと、補聴器とはそもそもが、「つければ」「すぐに」「聞こえを良くしてくれる」ようなものではないからだというのだ!

棒グラフ「あなたの補聴器はどこで購入されましたか?」
「JapanTrak2022記者発表資料」

補聴器を所有している人たちの購入ルートを調べてみると、メガネ店や家電量販店、さらに通販やインターネットなどを通じて購入する人たちがおよそ4割程度いるとわかる。途中で「あきらめた人たち」を加えると、もっと多いかもしれない。

そしてどうして専門家を介さずに補聴器を買ってしまうかというと、補聴器に調整やトレーニングが必要とは思ってもいないからだろう。もちろん、もう一つの大きな問題、金額も関係するとは思うものの、いくら安くても「使えない」ものを買おうとする人は余りいないと思うので。

しかし、ではなぜ聞こえを良くするのに、「適切な補聴器を選び」、「適切に調整し」、「トレーニングすること」が必須なのか。

「それは、言葉は耳ではなく、脳で聞いているからです。補聴器を使って聞こえを良くするためには、脳のトレーニングを行う必要があるのです」

……脳のトレーニング! 

いったいどういうことなのか? 次回、詳しく掘り下げる。(続く)


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