2025.05.07
黒坂真由子

学習障害の当事者でありながら現在言語聴覚士として、子どもの言語発達支援に関わる関口裕昭さん。その経験を「読み書きが苦手な子を見守るあなたへ 発達性読み書き障害のぼくが父になるまで」(ポプラ社) にまとめました。高校は進学校へ合格した関口さんですが、小学生の頃は自分の困難に気がついておらず、スラスラと音読をする同級生を見て、「みんなは家で、どれだけ努力しているんだろう?」と思っていたといいます。自身も学習障害の息子を持つ、ライターの黒坂真由子さんによるインタビュー(上)です。
話を聞いた人
関口裕昭さん
(せきぐち・ひろあき)1994年生まれ。発達性読み書き障害の当事者であり、子どもと関わる言語聴覚士。読み書きが苦手な方が生きやすい社会を目指し、啓蒙活動を続けている。育児と仕事の両立に奮闘中のパパでもある。
ひらがなとカタカナは、比較的OK。つらいのは漢字
――ひらがな、カタカナ、漢字の読み書きの苦手について、それぞれ教えてください。
ひらがなとカタカナは、比較的読んだり書いたりすることができます。漢字ですが、これは本当に読むのが苦手で、違うふうに読んだり、全く読めなかったりします。書くのも苦手です。書こうとしても文字の形が思い出せないことがよくあります。
――英語に関してはどうですか?
英語はお手上げ状態です。私は言語聴覚士として働いているため、利用者さんのことを記録したファイルを読まなければなりません。利用者さんの通っている学校や施設が、たまに英語のことがあるのですが、それが読めないんですね。今日も、利用者さんの所属している場所が英語で書かれていたので、全く読めませんでした。付き添われていたお母さんに「ちょっと読み上げてもらっていいですか」とお願いして。そのくらい、英語は苦手です。
――文章だけでなく、単語を理解するのも難しいのですね。
そうですね。英語の場合は単語でも難しいです。日本語であっても全体的に文章を読むのが遅く、読み間違いも多いので、何かを読んだ後は、すごく疲れます。内容が頭に入ってこないこともあります。
ひらがな、カタカナでも読み書きしやすいもの、しにくいものがあります。
――どのような文字ですか?
個人差が大きいですが、私の場合、特定の行や濁音、特に拗音が苦手です。
――拗音は苦手な子は多いですか?
一概には言えませんが、多いようです。
――読み書き障害じゃなくても多いですか?
比較的難しいですからね。ただ、やはり発達性読み書き障害の子は、特に苦手としている子が多い印象があります。1年生の教科書に、まど・みちおさんの「きゃきゅきょのうた」というのがあるのですが、ここでつまずく子は多いと聞いたことがあります。こんな歌です。
きゃらきゃら きょろきょろ きゃきゅきょ
しゃばしゃば しょぼしょぼ しゃしゅしょ
ちゃかちゃか ちょこちょこ ちゃちゅちょ
……
――大人でも読むのが大変そうです。ただ、拗音が読めるかどうかの「ものさし」にはなりそうです。
ぱっと見て読めないのはしんどい
――漢字についてですが、漢字の中に、意味を見いだすことはできますか。例えば「長」という漢字に、「長い」という意味があることはわかりますか。
それはわかります。
――そうすると、文章の中に漢字が入ったほうが読みやすい、ということでしょうか。
僕は読みやすいです。ただ、それを音声にするとなると、また別の難しさがあります。例えば「評価」という文字が文章の中にあるとします。「評価」という字を見れば、その意味を記憶から想起することはできます。視覚的に「評価」という文字を見て、「こういう意味だ」と意味を推測することはできるんです。
ただ、この漢字を声に出して読むとなると、どんな音だったのかわからなくなります。僕の場合は、漢字にフリガナを振ってもらえると読みやすいです。ひらがなだけだと、逆に読みにくいですね。
ところが、発達性読み書き障害と診断を受けた方の中には、「すべての漢字にフリガナがあるとよけいに読みづらい」とおっしゃっている方もいます。
――なるほど。読み書き障害と一口にいっても、漢字が意味を持たなかったり、ルビがないほうがラクだったりと、本当に人それぞれだと感じます。
僕が一番理解しやすいのは、動画の字幕にルビがついている状態です。漢字のテロップだと読めないことがあるので、フリガナありだとうれしいですね。子ども向けのYouTubeだと、ルビ付きテロップもあるのですが、大人の番組だとあまりないので、そこは残念なのですが。
――Wordでのルビ振りも、けっこう楽になりましたね。私のパソコンでは、一気には振れないのですが。
アプリとかだと、一気にルビ振りができたりしますね。ただ、最近不便だなと感じているのは、ルビが振ってあるネットの記事を読むときに、二重に読み上げられることです。僕は読み上げ機能をけっこう使用しているのですが、記事をコピーして貼り付けると、ルビの部分が二重にコピーされてしまうのです。
――確かに、ルビありの文章をコピーして貼り付けると、ルビがその語句の後ろのかっこに入ることがありますね。それを読み上げソフトにかけたら、2回読んでしまうということが起こるのはわかります。そこは技術方面の方に、知っておいてもらいたいですね。
日常の困りごとには、他にどのようなものがありますか?
ぱっと見た時に、何か読めないというのはけっこうしんどいものです。駅名や看板、メニューもそうですね。字幕映画は、見られません。注意書きなども、さっと見せられて「じゃあこれで」と言われても、なんて書いてあったのか、どうすればいいのかがわかりません。結局、キョロキョロと周りを見て、それに合わせて行動します。一般的なスピードで読めないと、困ることはけっこうあります。
――待ち合わせの場所やお店が、英語やましてや造語だったりすると、見つけるのが難しいみたいですね。そういったことを親や周りの人が知っておくことも、大事だと思います。
いつ、発達性読み書き障害に気づいたのか?
――発達性読み書き障害は、学習障害の中でも特に読み書きに苦手があるというものですが、関口さんがご自身の苦手に気づかれたのは、いつ頃ですか?
「障害」という名前ではとらえていなかったのですが、自分自身は小学1年生からかなり自覚がありました。音読がなかなかできなかったので、「みんなは何回音読しているんだろう?」「みんなは家で、どれだけ努力しているんだろう?」と純粋に思っていた時期がありました。
――みんなも自分と同じくらい大変だと思っていた、ということですよね。
はい。本当に思っていたんです。「家で何回練習したら、君たちはこんなにスラスラ音読ができるようになるんだ!」って。僕よりもペーパーテストの点数が振るわない子たちも、スラスラ音読していたので。
――「みんなえらいな」「もっと自分も頑張んなきゃ」と思っていた、ということですよね。
小学生の頃は、僕は努力不足だと本当に思っていました。ペーパーテストの点数を伸ばすには、繰り返し勉強しないとダメだと思っていたので、すごく勉強していました。教材を買ったり、公文に行ったり……。しかし、点数は取れても、音読に関しては根本的にデコーディングの問題があるため、どうしてもうまくできませんでした。
――デコーディングというのは、文字を音に変換することですよね。
そうです。「あ」という形を見て「あ」という音を頭に思い浮かべること。発達性読み書き障害の方は、このプロセスで音の想起に間違えや遅延が起こる。そのため音読がしんどいんです。当時はそんなことも分からず、ずっともがいていました。
――音読を教科書の丸暗記で乗り切ったとお聞きしましたが、このような方法をとる学習障害の子は多いのでしょうか?
多いかはわかりませんが、同じことをしていたという話は何人かから聞きました。音読ができないのを隠すには暗記だ、と思うらしくて。僕は当初、暗記しているという自覚はなかったんですね。読み込めば読み込むほど、実際には暗記してしまう。だからみんなもそうしているんだと思っていました。
僕が特にまじめだということではなく、学校に行きたいとか、学校で頑張りたいと思っている子は、そんなふうに工夫している子が多いと思います。僕も学校で頑張りたかったので。でも実際には、頑張りすぎて途中でつぶれてしまったのですが。
(中は5月14日配信予定です)
記事を書いた人

黒坂真由子
編集者・ライター
(くろさか・まゆこ)中央大学を卒業後、出版社勤務をへて、フリーランスに。主に教育や子育ての記事を執筆。絵本作家せなけいこ氏の編集担当も務める。日経ビジネス電子版で「もっと教えて!『発達障害のリアル』」を連載。著書に「発達障害大全」(日経BP)などがある。
リンク先は朝日新聞EduAというサイトの記事になります。