障害者への合理的配慮の義務化で何が変わるのか 「障害者差別解消法」の改正を怖がる必要はない

障害者への合理的配慮の義務化で何が変わるのか 「障害者差別解消法」の改正を怖がる必要はない

「障害者差別解消法」の改正を怖がる必要はない
垣内 俊哉 : 株式会社ミライロ代表取締役社長
2024/10/30 9:00
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レストランで食事をする車いすの顧客
2024年4月、「障害者差別解消法」の改正により、障害者に対する合理的配慮の提供が民間事業者にも義務づけられました(写真:pearlinheart/PIXTA)


社会的意義があるからこそ、ビジネスとして儲け続けていく必要がある。そうした信念のもと、障害のある当事者からの目線で自社サービスを生み出したり、製品や施設の設計に改良のアドバイスを行うことで、成長を遂げている企業がミライロである。2010年に同社を設立した垣内俊哉氏も、骨が弱く折れやすい病気があり、幼少期から車いすでの生活を続けている。
本記事では、垣内氏の新著であり、ミライロの15年にわたるビジネスを描いた『バリアバリューの経営』より一部抜粋・編集のうえ、2024年4月に改正された「障害者差別解消法」について解説する。


法的義務に変わった障害者対応

突然ですが、次のシチュエーションのどこに問題があるでしょうか。

ランチのピークを過ぎた飲食店に、車いすを使用する女性が訪れた。

「一人ですが、入れますか」

空席が目立つ店内を見渡しながら、彼女は言った。

対して、店員は「申し訳ありませんが、当店は狭いので、車いすのお客様はご遠慮いただいています」と答えた。

確かにそれほど大きな店ではないが、通路は広く、テーブルの間隔も十分に保たれている。

「テーブルのいすを動かせば、問題なく利用できるのに」

そう思いながら、女性は残念そうに店を後にした。

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このような対応はこの10年くらいでずいぶんと減ってきました。でも、残念ながらゼロではありません。悪意があるというより、単に知識や経験が不足している人や企業が多いように感じます。

2024年4月以降、前述の例は法律に違反する可能性があります。「障害者差別解消法」の改正により、障害者に対する合理的配慮の提供が民間事業者にも義務づけられたためです。

障害者差別解消法は、「すべての国民が、障害の有無にかかわらず、相互に人格と個性を尊重し合う共生社会の実現に向け、障害を理由とする差別の解消を推進する」ことを目的として2013年6月に制定されました。

障害者差別解消法の範囲
(出所)垣内俊哉『バリアバリューの経営』p.21

その中で、①差別的取り扱いの禁止と、②合理的配慮の不提供の禁止が掲げられています。ただし、民間事業者については①が法的義務であるのに対し、②は努力義務にとどまっていました。それが2021年5月の改正により、差別的取り扱いと同様に合理的配慮の不提供も法律で禁止され、2024年4月に施行されることになったのです。

障害者から何らかの配慮を求められた場合、事業者は過重な負担がない範囲で、社会的障壁を取り除くことが求められています。それでは、前述のケースではどうでしょうか。車いすユーザーの女性が入店したとき、十分に空席はあったので、たとえば4人がけのテーブルを1人で使ってもらっても、問題はなかったと思われます。スペースに余裕があり、車いすによって他の客や店員の動きが制限されることもなさそうです。

つまり、障害者から席を用意するという配慮を求められた店は、過重な負担なしにそれに応えることができたと考えられます。たとえ店側に悪意がなかったとしても、最悪の場合は店が法的責任を問われる可能性も否定できません。

問題は「過重な負担」の範囲です。これは少し複雑で、以下の要素などを考慮して、具体的な場面や状況に応じ、総合的かつ客観的に判断するとされています。

●事務や事業への影響の程度(事務・事業の目的・内容・機能を損なうか否か)
●実現可能性の程度(物理的・技術的制約、人的・体制上の制約)
●費用・負担の程度
●事務・事業規模
●財政・財務状況


本当は難しくない「合理的配慮」

法改正を機に多くの企業から、新たな投資が必要になるのではとか、トラブルが増えるのではといった相談が、私たちのもとへ寄せられるようになりました。そんなとき、私は「できる・できない」のどちらかで考えるのではなく、建設的に対話することの大切さを伝えています。

相手の話を聞き、こちらの事情も伝え、対応可能な範囲で配慮を提供するのは、それほど難しいことではありません。たとえ相手の要望に100%応えられない場合でも、「できません」と言って対話を打ち切るのではなく、代替案を提示することはできるはずです。

たとえば、豪華な夕食バイキングが売りのホテルに、パニック障害のあるお子さんとその家族が泊まったとしましょう。夕食を楽しみにしていたが、思いのほか宿泊客が多かったことから次第にお子さんが落ち着きを失い、このままだと食事中にパニックを起こしかねない。そう考えた親御さんは、部屋食を用意してもらえないかとホテルに頼みました。

しかし、ホテルの厨房はバイキング食を提供するのに手一杯で、特別な食事を用意する余裕はありません。そこでホテル側は事情を説明したうえで、普段は認めていないバイキング食の部屋への持ち込みを提案することにします。

親御さんはバイキング会場からスマートフォンで料理の動画を送り、お子さんが食べたい料理を皿にとって、ホテルが用意したワゴンで部屋に運ぶ。何度か往復して、最後にデザートで締めくくる頃には、お子さんの気持ちもだいぶ落ち着いて、楽しい旅行にすることができた──こんなケースがあれば、それはまさしく建設的な対話といえます。

このケースでは、ホテル側はワゴンを提供しただけで、人員も追加の費用もかかっていません。こうした合理的配慮ならば、組織全体で大がかりに取り組むことが難しい場合でも、現場の判断で臨機応変に対応できるはずです。だから、必要以上に不安を感じ、身構えないでほしい。それが、改正障害者差別解消法の施行に際し、私が切に願うことです。


先進国で高まる法的リスク

過度に不安を感じる必要はないとお伝えしましたが、正しく備える必要はあります。そのためには、障害者への不適切な対応がどのような事態を招くのかを知るべきでしょう。

そこでまず、2つの事例を紹介します。

●2019年、世界的なアーティストであるビヨンセさんが所有するマネジメント会社、パークウッド・エンターテインメントが、視覚障害者のファンから提訴された。公式サイト「beyonce.com」の多くのコンテンツが画像で構成され、画像の情報を説明する代替テキストも設定されていなかった。読み上げ機能を使っても、必要な情報にアクセスできないことが争点となった。人権問題への関心が高いことでも知られるアーティストだけに、この出来事は世界中で驚きをもって迎えられた。

●2011年、カリフォルニア州バークレーに本拠を置く非営利の法律事務所DRA(Disability Rights Advocates)は、カリフォルニア州にある2カ所の映画館を提訴した。聴覚障害者のための情報保障手段が不十分だというのがその理由で、座席に小さな画面を付けて字幕を表示するシステムを導入するように求めた。

注目すべきは、どちらのケースも社会的な批判にさらされただけでなく、法律に違反しているということで訴えられている点です。その根拠となるのが、世界初の障害者差別禁止法として1990年にアメリカで成立したADA(障害を持つアメリカ人法)です。この法律によって、アメリカ、そして世界の障害者対応を取り巻く状況は大きく転換しました。

ほとんどの先進国において、「beyonce.com」で見受けられたウェブアクセシビリティの課題は、企業にとって深刻なリスクとなります。しかし日本では、まだあまり認知されていません。

また、映画館における聴覚補助システムは、アプリの導入によって広がりましたが、視覚障害者向けの対応は進んでいません。上映するすべての映画に音声ガイドをつけているのは、国内では私の知る限り、東京都北区にあるシネマ・チュプキ・タバタ、ただ1カ所です。

日本でこうした取り組みが進んでいない要因は、前述したように民間企業において、合理的配慮の提供が努力義務にとどまっていたためでしょう。法に触れない以上、優先順位がどうしても低くなってしまうのは仕方のないことかもしれません。

他に要因として考えられるのが、アメリカと日本では訴訟の脅威がまるで違うことです。アメリカの弁護士数は132万人で、弁護士1人当たりの国民数は251人。日本の弁護士1人当たりの国民数はおよそ2850人なので、単純計算すると、日本では1人の弁護士がアメリカの倍近い事案を担当することになってしまいます。

もちろん、そんなことは実際には不可能で、訴訟件数そのものがアメリカに比べて圧倒的に少ないために、問題が顕在化しづらい状況にあると思われます。


障害者対応に企業の大小は関係ない


状況は確実に変わりつつあります。まず、アメリカにおけるADA関連の訴訟件数は、2013年からの8年間で3.2倍に急増しました。

ここで思い出していただきたいのが、2000年以降、企業経営に関するさまざまな制度やルールがアメリカで生まれ、次いで日本でもビジネスに大きな影響を与えてきたことです。コーポレートガバナンスや情報開示をめぐって次々と誕生するルールに頭を悩ませ、対応に追われた経験を持つ方も少なくないはずです。

未上場の中小企業だから関係ない、とも言っていられません。大企業は近年、取引先の人権侵害リスクに神経を尖らせています。また、中小・零細企業の製品もECサイトを介して国境を越えて販売されています。アクセシビリティの問題がてんこ盛りのサイトを、今この瞬間に世界のどこで誰が見ているかがわからないのです。

つまり、未上場であっても、国内のみで事業を展開していても、障害者への差別解消をめぐる世界的な潮流と無縁ではいられないことになります。ここに改正障害者差別解消法の施行が加わり、一気に法的リスクが高まったことは想像に難くありません。


人権問題に対応できない企業は苦しい立場に


すでにその兆しは日本国内でも現れています。2021年には大手スポーツジムが、会員であった車いすユーザーの入店を拒否したうえ、本人の同意なしに除名したとして、裁判で慰謝料の支払いを命じられました。

同じく2021年、聴覚障害者のアトラクション利用を拒否したアミューズメントパークは、公式に謝罪する事態に追い込まれています。

障害者対応を社会貢献の一つとして捉える時代に終止符が打たれました。「誰一人取り残さない」というフレーズがすっかり浸透し、SDGsへの取り組みが官民挙げて強化される中、人権問題に対応できない企業は苦しい立場に追い込まれる可能性があります。サプライチェーン上の労働環境や環境被害に目を光らせる投資家や消費者が、目の前で行われている障害者差別を見逃すとは考えられません。

企業はこれから、法令を遵守するだけではなく、明確にルール化されていないものについても、できる限り社会の要請に応えなければ、持続的な成長を遂げるのは難しいでしょう。

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垣内 俊哉 株式会社ミライロ代表取締役社長


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