音読やひとりごとも有効! 声を出して認知症を回避する~改善可能な危険因子・難聴⑥

音読やひとりごとも有効! 声を出して認知症を回避する~改善可能な危険因子・難聴⑥

連載第15回から、難聴と認知症の関係について見ている。

 前回は、補聴器に対する自治体の公的支援(助成)の現状をご紹介した。

⇒前回記事はこちら『補聴器は高過ぎる!? 動き始めた〝公的助成〟の現在地 全国から注目される「港区モデル」とは?~改善可能な危険因子・難聴⑤』。

 補聴器に対する助成では、自治体ごとに金額や条件に大きな違いがあるだけでなく、そもそも助成を行っていない自治体も多くあることがわかった。

 とはいえ、公的資源には限りがある。

 その中で、どこにどれだけのお金をかけるか、自分でできることはなんなのか。私たちは知って、考えて、決めていかねばならないだろう。

 そこで、今回は改めて、私たちにとって「聞こえ」とはどういうものなのか、そして自分でできる行動にはどんなものがあるのかについて考える。

本を読む男性とそのよこで笑顔で飲み物を飲む女性の写真
(west/gettyimages)


「聞こえ」が脳に与える影響

 今回も、慶應大学名誉教授で「オトクリニック東京」院長の小川郁先生にお伺いしながら、まずは聞こえと認知機能の関係から見ていこう。

「 聞こえは、認知機能に大きな影響を与えていると言えます。 耳に入った情報が脳に届くまでには7本の神経を乗り継いでいます。聞こえというのはそれだけ複雑で、乗り継いでいく途中には、大脳辺縁系というところと様々な交通をしています」(小川先生、以下同)

「オトクリニック東京」院長、小川郁先生の写真
「オトクリニック東京」院長、小川郁先生

 連載第15回で書いた情報を再掲すると、「聴覚刺激が減ることで脳内に何かしらの変化が起こることが考えられる」という。実際、加齢性難聴の患者さんに脳の萎縮が見られることがあるのだとか。また、米国で行われたコホート研究(→注)の結果から、「難聴によって認知機能が低下し、軽度から中等度の難聴を放置すると、7歳歳上の人の認知機能と同じになることがわかりました」とのことだった。

 聞こえは認知機能をキープする上で、それほど重要なものだったのだ。

 今回の取材で私はほぼ生まれて初めて耳や聞こえについて考えたのだが、耳という器官が24時間営業であることに改めて気づかされた。しかも連載第15回で教わった通り、「聞こえはコミュニケーションの大事なツールというだけでなく、感情や思考の入り口」でもある。ということは、私たちは自覚していないけれども、耳は24時間体制でいろんな情報を感知し(もしくは、感知しようとして)、伝えて(くれようとして)いるということだ。


「聞こえ」は思考にも影響する

 よって、難聴になった場合には、積極的に取ろうとするコミュニケーションの現場で困るだけでなく、ふいにもたらされるはずの「情報の波」も遮断されることになる。すると、その結果、思考や感情さえも薄らいでいく可能性だってあるかもしれない。

 私自身の例で考えると、私の仕事は書くことが中心なので、普段から一人でいることは多いし、考えごとをする時に耳を使っているつもりは(自分には)ない。

 しかしよくよく思い返してみれば、雨や風などの「自然の音」や「町のざわめき」や「車のクラクション」、「誰かのつぶやき」や「他愛ないおしゃべりの声」や、「町に流れる音楽」や「ラジオの音」などが私の脳に届いていて、「嬉しい」「楽しい」「心地いい」「不快だ」などの感情を呼び起こし、私の思考に変化や彩りを与えてくれているような気はする。それらから生まれた感情や思いが、なんらかのひらめきを生んだこともあるだろう。

 自覚していない音だって、きっと耳や脳は感知していて、私の思いや考えに少なからぬ影響を与えているはずなのだ。…そう考えると、「聞こえ」とは、わたしという人間の「ありよう」にさえも影響を与えているのかもしれないし、もっというと、「聞こえ」とは私たちと社会をつなぐ「へその緒」のような存在のものではないかとさえ思えてくる。


「聞こえ」が孤独を妨げる

 もう少し、続けよう。

 私は、以前とても静かな住宅街に住んでいたことがあるのだが、平素からととても静かだったその辺は大型連休ともなると、周囲の家がこぞって雨戸を閉めて出かけるせいか、単に静かと言う以上に「シーン」という音が聞こえてきそうなほどの静寂に包まれた。

 そしてそうなると、普段と同じように部屋にいても、なんだか落ち着かなくなってきて、私はそわそわと部屋を飛び出しては、駅前に移動したものだった。すると駅に近づいていくにつれて、ざわめきや喧騒が戻ってきて、私は「ああ、一人ではないんだ」と思えてホッとしたことをよく覚えている。

 聞こえというのは、もしかしたら、聞こえている時には気づきづらいかもしれないが、「音を伝えること」で私たちに、一人でいても「一人でない」と感じさせてくれているものなのかもしれないし、もっと言うと、音のない世界は私たちが想像する以上に、「一人であるということ」を突きつけてくるのかもしれない。イメージとしては、自分一人だけが世界から「切り離されたか」のような、つながりのない、「不安定な状態」に さらされ続けているというか。

 そのため、音のない世界に身を置いているということは「常に孤独にさらされている状態」であるというだけでなく、つながりのない「不安定さ」が「つきつけられ続けている」ような状態であるのかもしれない。自覚できるかはともかくとして。


検査の現状

 では、聞こえづらくなった時に補聴器を使用すると、脳はどんな影響を受けるのだろうか。

「補聴器を使用してしっかりと聴覚リハビリテーションを行うと、騒音下におけることばの聞き取りが良くなるというだけでなく、短期記憶や注意力が改善されることがわかっています。ですので、補聴器を正しく使うことは、認知機能を保ったり、認知機能をトレーニングすることにつながります」(小川先生)

 とはいえ、聞こえづらさは自分では、なかなか自覚できづらい。

 連載第19回で書いた「港区モデル」のように、聴力検査を行う機会をどこかが提供できればいいのだろうが、これまたできづらいのが現状だろう。

 令和2年度の厚生労働省・老人保健健康増進等事業として実施された「自治体における難聴⾼齢者の社会参加等に向けた適切な補聴器利用とその効果に関する研究」(PwCコンサルティング合同会社)によると、令和2年度に「聴力検査」を行った自治体は調査回答を得られた940自治体のうち0.4%、「地域の通いの場」等での実施は2.2%だったという。

引用元:『自治体における難聴高齢者の社会参加等に向けた適切な補聴器利用とその効果に関する研究』

「聞こえの確保は要介護状態となる大きなリスクである認知症を予防することから、適切な聴力検診と、聴力の低下が認められた高齢者に対しての補聴器の購入費助成を実施することは健康寿命の延伸のためには実施すべきだと思います。しかし、財政状況や検診を含めた医療提供体制の問題があるので、すべての自治体で実施するのはなかなか難しい面があるとも思います」とは、港区で健診事業を担当しているみなと保健所健康推進課。

 では、公的機関などで聴力検査を受けられない場合、私たちはどんなことをどれくらいの頻度で行えばいいのだろうか。


セルフチェックの方法

「聴力は30代から低下し始めますが、30代〜50代で聞こえに不自由を感じる場合は、職場などでも気づきやすいので、特に意識して何かを行わなくてもいいでしょう。アクションを始めてほしいのは60代以降です。60歳になったら、聴力を把握するために、年に一度は耳鼻咽喉科を受診して、聴力検査を行いましょう」(小川先生、以下同)

 小川先生には、「聞こえのセルフチェックリスト」を作っていただいたので、ぜひ活用していただきたい。

小川先生作成の「聞こえのセルフチェックリスト」資料作成・提供:「オトクリニック東京」の画像
小川先生作成の「聞こえのセルフチェックリスト」資料作成・提供:「オトクリニック東京」


音読の薦め

 さらに、聞こえと脳のトレーニングとして、小川先生が薦めているのが音読だ。

「声に出して読み上げることが、脳のトレーニングになります。音読のスピードは、早ければ早いほど脳は活発に働きます」

「脳トレ」で知られる東北大学・川島隆太先生の研究によると、考え事をしている時や計算をしている時の脳は余り働いていない一方、計算問題を早く解いている時や、音読している時には、活発に働いていたという。

 この話を聞いて思い出したのが、私が岩手出身の友人から聞いた、一人暮らしをしている高齢女性のことである。

 今年96歳になるその女性は、10年以上一人暮らしをしているのだが、友人によるといつも元気で、楽しそうにしているという。そこで、どんな暮らし方をしているのかと聞くと、「一人暮らしだけど、出かけた先では新しく友達を作ろうと心がけていて、毎日日記を書いていて、家ではテレビの問いかけに対して答えて"会話”しているんだって」

 “会話”とはどういうことかというと、例えば天気予報を見ている時に、キャスターが、「明日は暑くなるようです」と言うと、「そうですか、暑くなるんですか。何度くらいになるんでしょうねえ」と画面に向かって聞き返すなどして、テレビと話をしているというのだ。

「どんな場面でも、ひんぱんに声を出すのはとても大事です。音を耳から聞くことで、脳が活性化されますし、喉も鍛えられて、一石二鳥です」と、小川先生。

 小川先生によると、声を出す方法は、音読や会話だけでなく、ひとりごとでもカラオケでも、好きな方法で構わないという。

 一人暮らしでも、声を出す。

 声を出すことで、耳が使われる。

 耳が使われることで、脳が活性化して、認知機能がキープされる。

  どこでどんな暮らし方をしていても、人はいろんな方法を見つけることができるのだなあと力強く思えた。

(続く)

注1)コホート研究とは、「特定の要因」を持つ集団と持たない集団を一定期間追跡し、研究対象となる疾病の発生率を比較することで、要因と疾病発生の関連を調べる研究のこと。


編集部おすすめの関連記事

補聴器は高過ぎる!? 動き始めた〝公的助成〟の現在地 全国から注目される「港区モデル」とは?~改善可能な危険因子・難聴⑤

補聴器にも使い方のトレーニングが必須!注目の「宇都宮方式聴覚リハビリテーション」とは?~改善できる危険因子・難聴④

音を聞いているのは、耳でなく脳だった!~改善できる危険因子・難聴③

補聴器が普及しないのはなぜか?~改善できる危険因子・難聴②

難聴は認知機能の低下を引き起こす?~改善できる危険因子・難聴①


リンク先はWedge ONLINEというサイトの記事になります。
Back to blog

Leave a comment