2023年2月、京都大病院(京都市)で左耳の人工内耳手術を受けた。2週間たって、初めて人工内耳を通じた音を聞いた。「(鉄琴の一つである)グロッケンがしゃべっているような金属音でした」
その後、定期的に同病院に通院し、言語聴覚士のもと、音を言葉として聞き取るためのリハビリや、内耳に埋め込んだ電極に伝わる電気信号の大きさの調整などを続けている。
夫の声、猫の鳴き声、包丁で食材を刻む音や湯が沸く音――。次第に、様々な音が何かを区別できるようになってきた。たわいのないおしゃべりが楽しめるようになると、夫が「やっと独り暮らしが終わった」とうれしそうに語った。
以前は掃除機、ドライヤーのスイッチの切り忘れに気づかず、夫に度々注意された。「その程度なら笑って済ませられるけれど、火災報知機の警報音も聞こえない状態だったと思うとちょっと怖くなりました」
手術から1年が過ぎ、音を言葉として聞き分ける力は正常な人の6割程度になった。食事の時の 咀嚼そしゃく 音も気にならなくなった。「脳が不快な音を排除できるようになったそうです」
人工内耳で聞こえを取り戻し、人生の旅立ちにかなえたい願いができた。「五感のうち聴覚は最期まで残ると聞きました。大切な人の呼びかけが聞こえたら、手を握り返したい」(文・東礼奈、写真・川崎公太)
◇
エッセイスト 麻生圭子あそうけいこ さん(66)
リンク先はYomiDr.というサイトの記事になります。
