ろう者ではなく、役者として見てほしい。ドラマ『silent』の手話監修が「聞こえないミュージカル俳優」になるまで

ろう者ではなく、役者として見てほしい。ドラマ『silent』の手話監修が「聞こえないミュージカル俳優」になるまで

耳の聞こえないミュージカル俳優として活動する中嶋元美さん。中途失聴の彼女が手話との出会いで「お話好き」になったという過去や、手話監督として携わったドラマ『silent』撮影の裏側、そして演者として社会に届けたいという「フェアな感動」について聞いた。

2025年08月12日 7時30分 JST

アートやエンタメの業界において、多様性や包括性が促進されつつある現代。

身体障害のある当事者が活躍するシーンも少しずつ増えているが、「耳の聞こえないミュージカル俳優」という言葉を聞いて、私たちはどのような姿を思い浮かべるだろうか。

筆者が出会ったのは、東京パラリンピックの開会式やミュージカルの舞台などに立ち、フジテレビ系『silent』などで手話監修を務めた中嶋元美さん。

耳の聞こえない中嶋さんがなぜ音楽に、しかも総合芸術と呼ばれるミュージカルの舞台に挑戦するのか。その軌跡と現在地、そして目指す未来について聞いた。


中途失聴の私が、手話に出会って「お話好き」に

中嶋元美さん。俳優や手話監修の他、アイドルとしても活動している

中嶋元美さん。俳優や手話監修の他、アイドルとしても活動している酒井倖太


─── SNSで中嶋さんの『レット・イット・ゴー〜ありのままで〜(アナと雪の女王)』のパフォーマンスを拝見して衝撃を受けました。手話を使ったパフォーマンスはいつ頃、始められたのでしょうか?

手話に出会ったのは、耳が聞こえなくなった高校生の頃です。生まれつき高い音が聞こえにくかったのですが、みんなもそうだと思っていたので、中学の聴力検査で「病院に行った方がいい」と診察されるまで自分に聴覚障害があるとは知りませんでした(笑)。

当時は「生きにくさ」というのは感じていませんでしたが、今思うとコミュニケーションには他人より苦労していたなと思います。特に女の子と複数人で話をしたりしていると、誰が何を話しているのかわからなくなってしまっていたんです。何度も聞き返すことも互いにストレスになるので、少しずつ諦めて心を閉ざすようになっていたと思います。

その後、高校1年生のときに完全に聴力を失って、母の勧めで手話パフォーマンスの劇団の見学に行ったことが「手話との出会い」です。

3歳からプロを目指してバレエを習っていたので、聴力を失ったことで夢がなくなったことを母は知っていたんです。とはいえ、それまでの私は音声を使ってコミュニケーションをとっていたので、初めは手話に抵抗があり、渋々見学に行きました。でも実際に行ってみると「視覚的に言葉が見える!」と衝撃を受けて、心から感動したのを覚えています。

その後、当時通っていた高校にろう者に配慮した仕組みがなかったこともあり、ろう学校への編入を決めました。ろう学校は幼稚部から専門科の学生までが一緒になっているので、例えば食堂では幼稚園児もいて賑やかです。その中で手話が飛び交っている様子を見て、「楽しそうだな」と思ったことも背中を押してくれました。チャイムの代わりにランプが点滅したり、モニターが授業までの時間を教えてくれたり、学校自体はとてもユニークで新鮮でした。

外国人とのコミュニケーションでは、互いに言語が違うことが前提のため、仲良くなることが多いという

外国人とのコミュニケーションでは、互いに言語が違うことが前提のため、仲良くなることが多いという酒井倖太


言語留学に似ていて、当時はみんなが手話で何を言っているのか全くわかりませんでしたが、友達とお話できるようになりたくて夢中で手話を学んだんです。耳が聞こえないことに関して「かわいそう」とラベリングされることもありますが、私の場合は手話で話すようになってからの方が、お話好きで明るい性格になったように思います。手話との出会いは、新しい、より自由な言語との出会いでした。


ろう者ではなく、役者として見てほしい


─── ミュージカル俳優は、聴力を失う前からの活動ではないんですね。

実は以前からミュージカルが好きだったわけではないんです。今の活動は「気づいたら」という側面も大きいのですが、ろう者と聞こえる人が所属するアメリカのデフ・ウェスト・シアターという劇団が上演したミュージカル作品『春のめざめ』との出会いは、大きなきっかけになりました。主にろう者が芝居や歌を担当して、聞こえる人は「影」に近い役割で聴覚的な芝居や歌を担当する内容でした。

その他にも、例えばフランスでは『ノートルダムの鐘』をろう者の役者が聞こえる役者と一緒に演じたことがあり、そうした事例を知ったときに「ミュージカルって素敵だな」と思ったことを覚えています。昔から舞台に立つことや歌も好きだったことに加えて、日本でろう者のミュージカルというのは聞いたことがなかったので「じゃあやってみよう!」と踏み切りました。

とは言え、特に芸能・エンタメ系の世界は「聞こえる人の世界」なので、ろう者がそこに入るのには多くの壁があり、正直「悔しい!」と歯を食いしばってばかりです(笑)。

中嶋元美さん

酒井倖太


オーディションでは多くの人から「すごくいい」「いろんな人に見てほしい」と言っていただけるのですが、ほとんどの場合は「前例がないから届け方や応援の仕方がわからない」と断られてしまいます。変わったチャレンジをしている自覚はあるので、「落ちるだろうな」と分かっているのですが、いろいろなオーディションに「誰かの目に留まるかも」と根気強く応募しています。

先週、初開催したソロコンサートは、そうした努力が実を結んだ結果の1つだと思います。機会を下さった西岡舞さんのように、海外でエンタメに触れた経験がある方は、特に私のパフォーマンスにフェアに感動してくれることが多いです。


─── フェアに感動、ですか。

はい。私の活動への感動には「耳が聞こえないのにすごい」という感動と「単純にパフォーマンスとしてすごい」という感動の2種類があると感じています。

どちらも褒めるつもりでかけてくれた言葉だと理解はしているのですが、前者の「耳が聞こえないのにすごい」は、同じエンタメの世界で表現しているのに、演者ではなく「ろう者」として評価されているような気がして、私はあまり好きではないんです。

ソロコンサート『THE VOICE IN MY HANDS』での1枚。中嶋さんのソロ演目に加え、バックにシンガーがついた曲(左から2番目が西岡舞さん)や、スクリーンに歌詞を映し出してお客さんと歌う演出も。テンポはステージ下でスタンバイしている通訳(兼マネージャー)がカウント、ドラムの振動、遠隔操作で振動を伝えるオンテナなどを使い分けている

ソロコンサート『THE VOICE IN MY HANDS』での1枚。中嶋さんのソロ演目に加え、バックにシンガーがついた曲(左から2番目が西岡舞さん)や、スクリーンに歌詞を映し出してお客さんと歌う演出も。テンポはステージ下でスタンバイしている通訳(兼マネージャー)がカウント、ドラムの振動、遠隔操作で振動を伝えるオンテナなどを使い分けている

特に日本は福祉的な「思いやり」という概念が時々一人歩きして、それによって「かわいそう」「助けてあげなきゃ」というフィルターがかかりやすいように感じます。私は本当に「ただ聞こえないだけ」で、手話をはじめとしたいろいろな表現方法を持っているので、役者として「困っている」わけではないんです。

なので、舞さんのように「手話がすごい」「表現がすごい」とフェアな評価をくださる方の存在には、本当に感謝しています。舞さんはアメリカの俳優としてブロードウェイ作品のミュージカルに出演していた方でもあるので、先ほどお話ししたデフ・ウェスト・シアターの『春のめざめ』のような、ろう者を含む演出に慣れていることも一因かもしれません。

前例がないというだけで、実際にある程度のフィールドが整って、多くの人に「当たり前」の存在となれれば、「かわいそう」というフィルターは自然と薄くなっていくのかもしれません。

ミュージカル 『春・・・新しい季節へ』で演じる中嶋さん

ミュージカル 『春・・・新しい季節へ』で演じる中嶋さん中嶋元美


─── 『春のめざめ』といえば、今年の春には、同演目を題材にした 『春・・・新しい季節へ』にも出演されていますね。

シンガーや演出家として活躍する信太美奈さんが「やってみよう」と声をかけてくださり、出演が叶いました。何度も「届け方がわからない」と断られているので、リスクを背負ってでも一緒に挑戦させてくれた信太さんとの出会いは「少しずつだけど前に進めている」という実感をくれました。

実際にお客さんからは「すごく良かった」「そんなに芝居ができると思わなかった」と言われたりもして(笑)、とても嬉しかったです。


『silent』の登場人物の手話、作中での変化に気づいた?

中嶋元美さん

酒井倖太


─── フジテレビ系『silent』をはじめ、手話監修としても活躍されています。役者でもある中嶋さんは、手話において実際の生活と芝居の間に違いがあると感じますか?

手話そのものに違いはないのですが、手話の経験がない役者さんに手話を教える際にはいつも、役作りのためにも、顔合わせのときに通訳なしでコミュニケーションをとる経験をしてもらっています。

筆談や身振りなどを通じて、まずはろう者が日頃、どのようなコミュニケーションをとっているのかを考えてもらうんです。さらに私の経験や日常を共有して、役者さん自身に「どんな風に芝居に落とし込んでいこう」と考えてもらう時間も1時間ほど取って、その後で初めて台詞移しをしていきます。

中嶋元美さん

酒井倖太

日本の手話には大きく分けて2つの種類があります。生まれたときから耳が聞こえない人が主に使う「日本手話」は、いわばその人にとっての“第一言語”のような存在です。一方、難聴や中途失聴の人が多く使うのが、日本語の語順や文法に沿って表現する「日本語対応手話」です。実際にはこの2つの間にさまざまな段階や使い方があり、私自身は日本手話に近い表現を使う中間的な位置にいると思います。

ドラマでも、役によって使用する手話が異なります。『silent』では、私は中途失聴の役の監修をさせていただいて、生まれつきろう者の役の監修には生まれつきろう者の方がついていました。

また『silent』は、私が監修した中途失聴の役(佐倉想)が、生まれつきろう者の役(桃野奈々)から手話を教わる内容だったので、台詞を日本手話に寄せて翻訳しました。また、役者さんが指を上手に動かせなかったり、手の癖があったりという場合もあるので、それに合わせて表現方法を変えて提案することもありますね。

手話の経験がない方には1つの「同じ手話」に見えるかもしれませんが、奈々の癖やよく使う表現を想の手話に取り入れるなど、細かな工夫が施してあるんです。


ろう者と聞こえる人は、もっと楽しくつながれる


─── 様々な表現方法を持っている中嶋さんは、今後どのような活動を予定しているのでしょうか?

挑戦したいことは本当にたくさんありますが、一番は引き続き「ミュージカルの舞台に立ちたい」ですね。

そのためには、もっと技を磨いて経験を積む必要があるので、日本よりも多くのチャンスや選択肢がある国に留学をして、そこで学んだことを日本に持って帰ってきて、より説得力のあるものを見せられるようになりたいというビジョンもあります。

現場では手話通訳の力を借りるなど、聞こえる人以上に経済的な負担がかかることも多いので簡単なチャレンジではありません。しかし、私の活動を通じてミュージカルをはじめとした舞台芸術の裾野を広げたいですし、何よりろう者の子どもたちに「ろう者でもこんなことができるんだ!」と知ってほしいんです。

耳が聞こえる人にも、私がやっていることに限らず、いろいろな形の芸術に興味を持って触れてほしいです。そして作品に感動したときには「障害があるのにすごい」ではなく、1人のアーティストとして応援していただけたら幸いです。

中嶋元美さん

酒井倖太


あとは、ろう者と出会ったときに、多くの聞こえる人が「話してみよう」と思える社会づくりに貢献したいです。

私に話しかけた直後に「あ、聞こえないんですね」と会話を諦めてしまう人もいて、それは寂しいなと感じます。他にも「近くで大きく話せば聞こえる」や「ゆっくり話せば口の動きから言葉を読み取れる」と誤解している人も意外と多いので、正しい認知が広がってくれたら嬉しいですね。私のように音量を変えても全く聞こえない人もいますし、口の動きを読み取るスキルにも個人差がありますし、精度にも限界があります。何より急に顔を寄せて大きな口を開けて話されるとびっくりするので(笑)。

ろう者というフィルターを取り去って、聞こえる人同士のコミュニケーションと同じようにみてもらえれば、互いの違いや共通点が見えてきます。その先にある「普通のコミュニケーション」にたどり着くために、社会とずっと戦っている感覚が、私にはあります。

その人の性格もあるので、あくまでも私の気持ちになりますが、お互いのことを想像しあったり、聞きあったりという小さな歩みよりさえすれば、聞こえる人とろう者は、きっと多くの人が思っているよりも楽しくつながり合うことができます。

中嶋元美さん

酒井倖太


・・・ 

取材を通じて、1つ1つのエピソードを大切そうに、かつ天真爛漫に話す中嶋さんの姿が印象的だった。

「友達とお話できるようになりたくて覚えた」という手話は今、その先で見つけた表現方法を通じて、社会に話しかける鮮やかな手段にもなっているのだと感じる。

多くの人を魅了してきた中嶋さんの表現と「言葉」は、これからもより多くの人に届いていきそうだ。

写真:酒井倖太

取材協力:中嶋元美


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