公開日:2025/07/25 06:00 更新日:2025/07/25 06:00

天野篤氏(C)日刊ゲンダイ
「難聴」=「聞こえにくさ」は、心臓にとってマイナスに働き、健康寿命を縮める要因になると前回お話ししました。会話が聞き取れないことは大きなストレスになりますし、コミュニケーションがとりづらくなって孤独や社会的孤立が深まり、結果として心臓病リスクのアップにつながるのです。
心臓を守るためには、難聴を改善させる対策が大切で、現時点では補聴器を使うのが最も確実で有効な方法といえます。では、聞こえにくさがどの程度の段階で補聴器の使用を検討すればいいのでしょうか。難聴の程度などによっても異なりますが、日本聴覚医学会難聴対策委員会では、補聴器を装着する基準として40dB以上の難聴としています。これは、普通の大きさの声で会話する際に聞き間違いをしたり、聞き取りが困難だと自覚するレベルです。会話の最中に聞き返すことが増えたり、後ろから呼びかけられても気づかなかったり、テレビの音が大きいと指摘されることがある人も該当します。
ちなみに、上皇陛下は2012年に心臓手術を受けられた数年後から、補聴器の使用を始めたそうです。上皇后陛下も同じく補聴器を装用されています。被災地を訪問された際など、相手の言葉を聞き漏らしたり、何度も聞き返すことがないように導入を決められたといいます。
また、患者さんのお話を聞くと、ある程度の高齢になっても会社の重要な会議に出席しなければいけない人などは、内容を聞き逃したり、何度も聞き返すことが難しいため、早めに補聴器を導入するケースが少なくないそうです。
このように立場や職業など生活環境の違いによってもどのタイミングで補聴器を使い始めるかは変わってきますが、一般的には、聞こえにくさによって音を聞き逃してしまうことが、自分自身の行動を狭めたり、ストレスを増やしていないかどうかを点検して、思い当たる場合は補聴器の使用を検討する--。そんなアプローチが正解といえるでしょう。
■日本では普及率が極めて低い
私が普段から診ている患者さんからも、「最近、耳が遠くなった」「聞こえづらくなって困っている」といったように聴力の低下について相談されるケースがあります。繰り返しになりますが、難聴=聞こえの悪さは心臓にとって大きなリスクになりますから、そんなときは、私の知人で上皇陛下の主治医を務めたこともある耳鼻咽喉科の専門医を紹介して診てもらっています。そこから補聴器を使い始めた患者さんからは、「紹介してもらってよかった」と喜ばれています。やはり、日常でコミュニケーションをとる際に重要な要素である言葉を聞くという機能を、なるべく違和感がないように維持することはストレスの増幅を避けるためにも重要なのです。
しかし、日本ではまだまだ補聴器の普及率が低いことが課題になっています。日本補聴器工業会の調査によると、日本における補聴器の普及率は15%で、55%のデンマーク、53%のイギリス、46%のフランス、44%のスイスといった欧米諸国と比べてかなり低い数値です。1台あたり平均15万円程度という高額な価格設定や、日常生活の不便さやストレスよりも「恥ずかしい」「面倒くさい」といったイメージが先行しているといえるでしょう。また、精密機器のために装着してすぐに快適な聴力が得られるという期待感が高く、ある程度の調整期間が必要な現状が日常の装用を妨げることにつながっているといいます。私が診療する高血圧患者さんでも疾患による適正血圧は個人差があって、内服調整に際して長いと半年くらいを要することもあるので、敏感な感覚器の調整にはしっくりと構えることも重要かと考えています。
購入費や機器の進歩を遅滞なく使用可能とするために今後は、国のさらなる助成をはじめ、補聴器メーカーや販売店が一定期間は定額料金で補聴器を利用できるサブスクのような仕組みを導入するといった、より手軽に使える環境整備が必要ではないかと考えます。
補聴器を使用する側、主に高齢者も、耳へのデバイス装着をもっと普通の行為として認める意識を持つことも大切です。今は電車の中を見回すと、若者を中心にイヤホンやヘッドホンを装着していない人の方が少ないといってもいいほどです。そんなイヤホンやヘッドホンに違和感のない世代が高齢になったとき、補聴器の使用もそれほど不自然ではなくなり、補聴器もさらに進化して、聞こえが悪くなったら補聴器を使うという流れが当たり前になる環境がつくられるかもしれません。
ただその前に、高齢世代でも、視力が落ちたらメガネをかけるように、聴力が衰えたら補聴器を使うという意識が普及すれば、健康寿命を延ばすことにつながるでしょう。
それと同時に、聴力を悪化させないような暮らしを心掛けることも大切です。近年、イヤホンやヘッドホンで大きな音を長時間聞き続けることで起こるヘッドホン難聴が問題視されているように、日常生活の中でも大きな音量にさらされる空間で長時間過ごさないように意識しましょう。たとえば、ゲーム機の音量が高いいわゆる遊技場のような環境に長居しないようにするとか、外的な不必要な音を避けることを心掛け、心臓病や認知症のリスクを上げ、生活習慣病の悪化につながる耳の金属疲労を予防するのです。
そのうえで、年をとって聞こえが悪くなってきたらひとりで悩まず、補聴器の使用も含めて専門医に相談する。こうしたアプローチが健康寿命の延長につながります。
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