聞こえが悪いと歩行速度が下がる? 難聴はフレイルを加速させる重要因子

聞こえが悪いと歩行速度が下がる? 難聴はフレイルを加速させる重要因子

デフリンピック開催記念メディアセミナー「スポーツから難聴を考える」レポート【後編】

2025/7/15 柳本操=ライター

第25回夏季デフリンピック競技大会東京2025に先立ち、日本耳鼻咽喉科頭頸部外科学会主催の「スポーツから難聴を考える」と題したセミナーが5月26日に開催された。年齢とともに聞き返しや聞き間違いが増える「中等度難聴」の人は増えていくが、聞き取りづらさは私たちの「歩行」にも多大な影響を与え、フレイルリスクにもつながっていくことが分かってきた。詳細をお伝えする。

>前編 「自覚してから対処」では遅い! 認知症リスクにもつながる「加齢性難聴」

「スポーツから難聴を考える」と題したセミナーが都内で開催された

デフリンピックの開催を記念して、「スポーツから難聴を考える」と題したセミナーが都内で開催された。


難聴は高齢期のフレイルリスクを加速させる

 第25回夏季デフリンピック競技大会東京2025に先立ち開催されたセミナー「スポーツから難聴を考える」の内容から、前編では私たちの聴力が加齢とともに老化し、70代で4分の1、80代では2分の1の人が、生活に支障が生じるレベルの「中等度難聴」になること、また、難聴を放置することが認知症や身体機能低下のリスクを高めることにつながることについて、講演内容からお伝えした。

 東海大学医学部専門診療学系耳鼻咽喉科・頭頸部外科学領域主任教授の和佐野浩一郎氏は、「難聴と同様、運動不足も認知症リスクを高める要因となります。中年期の運動不足は、高齢期に心身の機能が衰えるフレイルにつながっていきますが、難聴は社会的孤立や収入低下、うつや認知症といったフレイルの幅広い因子に関わり、難聴であること自体が身体的フレイルでもあります」と話す(図1)。

 フレイルとは、加齢とともに心身の活力が低下し、心身の脆弱性が増した状態だが、早く気づき正しく予防することで改善が可能な状態のことを言う。図1にあるように、フレイルには身体的フレイル、社会的フレイル、心理的・認知的フレイルがある。

図1 難聴は、身体・社会・心理や認知面でフレイルを加速させる (データ:和佐野氏発表スライドより)

図1 難聴は、身体・社会・心理や認知面でフレイルを加速させる
(データ:和佐野氏発表スライドより)


足音が聞こえないと歩行のコントロールに影響?

 フレイルを構成する要素のうち、「身体的フレイル」と加齢性難聴の関わりについて研究を進めているのが、東京都健康長寿医療センター研究所専門副部長の桜井良太氏だ。桜井氏は、「高齢者における聞こえと健康長寿」と題して講演を行った。

図1 難聴は、身体・社会・心理や認知面でフレイルを加速させる (データ:和佐野氏発表スライドより)

東京都健康長寿医療センター研究所専門副部長の桜井良太氏が「高齢者における聞こえと健康長寿」について語った。


 「2006年にカナダで、加齢性難聴の人がどのようなことで困っているかをアンケート調査したところ、意思疎通の問題よりもはるかに、移動能力や俊敏性といった身体機能に不安を抱える人が多いという結果が出ました。私たちも調査をした結果、耳の聞こえが悪くなるとともに歩行速度が低下し、歩幅のばらつきが増えていくことが分かりました」(桜井氏)

 歩幅のばらつきとは、歩行のコントロール状態を示すもの。歩くときに歩行のコントロールができていると、右足と左足の歩幅はそろう。しかし、コントロールがうまくいかなくなると、歩幅はそろわず、ばらつきが大きくなるという。

 「聞こえの悪化にともなう歩行状態の悪化について、背後にある要因はまだはっきりとは解明されていませんが、聞こえが悪くなることにより外出がおっくうになり、結果的に身体活動量が減り、歩行機能が低下していくことに加え、環境から耳が受け取っている聴覚情報が不足することも影響しているのでは、と考えています。私たちはこの聴覚情報の不足の影響について研究を進めています」(桜井氏)

 桜井氏は、健康な若者がイヤーマフをつけ、音を遮断すると、歩く速度が5%低下することを確認した(図2)。

図2 聞こえの悪化は歩行速度と歩行コントロール力に影響

図2 聞こえの悪化は歩行速度と歩行コントロール力に影響

16人の健康な成人男女(平均年齢26.2歳)が耳に穴の開いた、あるいは開いていないイヤーマフを装着して歩いた。穴の開いていないイヤーマフで音を遮断した群は、遮断していない群と比較して歩行速度が5%低下した。


 さらに、聴覚に加えて視野を制限する、という条件を加えることで、歩行コントロールに対する影響を確認した。

 「その結果、聴覚情報と視野の両者を制限すると歩幅がばらつき、足元が見える、見えないにかかわらず、聴覚情報を制限すると障害物をまたぎ越すときの足の上がり方(クリアランス)がばらつき、結果的に転倒リスクが増えることを確認しました(図3)」(桜井氏)

図3 聴覚情報と視覚情報遮断が障害物回避に及ぼす影響

図3 聴覚情報と視覚情報遮断が障害物回避に及ぼす影響

聴覚の遮断に加えて視覚情報にも制限を加えたところ、聴覚を遮断することによって障害物を回避するための歩幅も、足をまたぐ動作もばらつきが生じた。右図のクリアランスとは障害物を超えるときの足上げの高さのこと。(以後(データ:Behav Brain Res. 2023 Oct 18:455:114671.)


 なお、歩行のみならず、スポーツ競技においても聴覚情報が遮られると、パフォーマンスが低下することが明らかになっている。

 エリートボート選手で耳からの情報を制限すると、ボートを正確にストロークできず、ばらつきが2倍以上多くなった、という研究結果を桜井氏は紹介した。「テニスや卓球においても、聴覚情報を遮断すると反応速度が遅れてうまくリターンができなくなるという報告があります。デフアスリートがいかにすごいことをしているか、ということが分かります」(桜井氏)


転倒リスクは難聴と足腰の衰えが重なって高くなる

 高齢者の難聴と転倒に関する疫学調査も行われている。13の研究(2万5961人を対象)をメタ解析した米国の研究では、加齢性難聴によって転倒リスクは2.39倍増えることも報告されている(*1)。

 桜井氏も、難聴そのものが高齢者の転倒にどの程度影響を与えるかを確かめるために、高齢者786人を8年間の長期にわたって追跡した。

 調査では、難聴があることと足腰の衰え(歩行速度の低下)が転倒に与える影響を調べたところ、「難聴と足腰の衰えが重なることで、複数回の転倒と、転倒による骨折のいずれのリスクも大幅に上がり、足腰の衰えが転倒発生につながるリスクを難聴が相乗的に高めていることが分かりました(図4)」(桜井氏)

図4 加齢性難聴が転倒や転倒による骨折リスクを高くする

図4 加齢性難聴が転倒や転倒による骨折リスクを高くする地域在住の高齢者786人を8年間追跡。難聴と足腰の衰えが重なることで、複数回の転倒と、転倒による骨折のいずれのリスクも大幅に上がった。(データ:Geroscience. 2025 Apr;47(2):2235-2244.)
*1 Laryngoscope. 2016 Nov;126(11):2587-2596. https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/27010669/



補聴器をつけると転倒リスクも転倒への恐怖心も減る

 低下した聴覚を補う対策として、補聴器をつける、という方法がある。桜井氏は、10人の補聴器外来患者が補聴器を装用することによって、1年後に、歩く足運びが速くなり、転ぶのが怖いと感じる割合も減少することを確認している(図5)。「加齢性難聴は転倒リスクを高めますが、補聴器装用によって身体機能の低下を予防、改善することが可能といえます」と桜井氏は述べた。


図5 補聴器装用で足運びが速く、転倒恐怖心も減少

図5 補聴器装用で足運びが速く、転倒恐怖心も減少

補聴器外来患者10人の補聴器装着後の運動面の改善効果を調べた。補聴器装着直後と比較して、1年後には、通常歩行時の1歩時間が減少、転ぶのが怖いと感じる割合も減少した。(データ:Audiol Neurootol. 2025 Feb 28:1-7.)


聴力検査も補聴器も縁遠い…なぜ?

 ここまでお伝えしたとおり、加齢性難聴は早期で発見し、悪化しないうちに補聴器などで聞こえの改善のための対策を始めることが大切だ。そういった対策によって認知症リスクを下げ、フレイル予防にも効果的である、といえる。しかし、早期発見のための検査も、改善のための補聴器も、日本ではあまり広がっていない。

 「問題点は、40歳から74歳までを対象に行われる特定健診を含め、加齢性難聴が増える年代であるリタイア後の高齢者の健診に、聴覚に関する項目が含まれていないことです。一部の自治体に限り、フレイル対策として聞こえのチェックが導入されつつありますが、聴力検査を受けている人は非常に少ないのが現状です」と和佐野氏は指摘する。

 また、日本では、難聴を自覚しても「医師に相談する」という人の割合が欧米などと比較しても非常に少なく、難聴を自覚しているにもかかわらず補聴器を装用する人の率も少ない。難聴自覚者の医師相談率は欧米では6~8割程度となっているのに対し、日本では4割程度にとどまっている。また、難聴自覚者の中での補聴器装用率も欧米では着実に上昇傾向にあり2022年は4~5割程度になっているが、日本では15%程度で横ばいが続いており、その差は開くばかりになっている。

 「日本は、アジア太平洋地域の中でも、聴覚改善への行動が遅れがちです。その背景に、難聴は加齢によるものだから、とあきらめる人が多いことも明らかになっています」(和佐野氏)

 本セミナー内容でも強調されていたように、「聞こえが悪くなるのは年のせい」と放置することで難聴が進行し、認知症リスクが高くなり、さらには歩行機能も低下し、心身の衰えが進行してしまうということを正しく知ることが重要だ。

 そして、聞こえに不安がある場合は早めに耳鼻科に相談し、聴力検査を受けて、自らの現状を確認しよう。必要な場合は、医師のアドバイスを受け、早期から正しく調整を受けた補聴器を装用することで、健康寿命を縮めるリスクを確実に下げていくことができそうだ。

(図版制作:増田真一)


桜井良太(さくらい りょうた)氏
地方独立行政法人 東京都健康長寿医療センター研究所 専門副部長

桜井良太(さくらい りょうた)氏首都大学東京(現東京都立大学)人間健康科学研究科修了後、早稲田大学スポーツ科学学術院・日本学術振興会特別研究員、カナダ・ウエスタンオンタリオ大学研究員を経て2017年より現職。2015年アメリカ老年医学会優秀若手研究者賞、2019年日本老年医学会優秀若手研究者賞などを受賞。


和佐野浩一郎(わさの こういちろう)氏
東海大学医学部専門診療学系 耳鼻咽喉科・頭頸部外科学領域 主任教授、東海大学医学部付属病院 感覚器疾患センター長

和佐野浩一郎(わさの こういちろう)氏2003年、慶應義塾大学医学部卒業後、同大学医学部耳鼻咽喉科入局。関連病院にて研修後、2010年4月、慶應義塾大学医学部耳鼻咽喉科助教。2012年4月、静岡赤十字病院耳鼻咽喉科 副部長、その後部長。2016年米国ノースウェスタン大学耳鼻咽喉科聴覚研究室へ留学。2018年独立行政法人国立病院機構東京医療センター 臨床研究センター 聴覚平衡覚研究部 聴覚障害研究室 室長。2022年4月 東海大学医学部耳鼻咽喉科・頭頸部外科 准教授、2025年4月より現職。


リンク先は日経グッデイというサイトの記事になります。


 

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