posted 2026/06/03 17:00

女性ライダーとして初の快挙を成し遂げた高杉
text by
遠藤智
Satoshi Endo
photograph by
Satoshi Endo
5月31日、大分県のオートポリスインターナショナルレーシングコースで開催された全日本ロードJ-GP3(250cc)クラスで、高杉奈緒子が初優勝を達成。全日本ロードレースのトップカテゴリーにおいて、女性ライダー初のウィナーとなった。
決勝レースの開始は午前10時過ぎ。気温は23度。青空が広がる絶好のコンディションの中、21台がスタートを切った。
先行したのは世界選手権のMoto3クラスでも活躍し、現在は全日本ロードJ-GP3クラスの“絶対王者”として君臨する尾野弘樹だった。
尾野はここ数年、圧倒的な強さを発揮し、2021年から25年まで5連覇を達成。今年も開幕戦・菅生を制し、この第2戦オートポリスでもポール・トゥ・ウインを飾っていた。
その尾野を最後まで追撃した高杉は、わずか0.170秒差でゴール。当初は2位となり、今季初表彰台を獲得したが、その後、尾野のマシンに車両規則違反(フロントフェンダーの仕様違反)が判明。決勝終了から数時間後、高杉の繰り上がり優勝が決まった。

レース直後の表彰式では2位として登壇した高杉 ©Satoshi Endo
20年以上かかった初勝利
ピットではすでに撤収作業が始まっていた。優勝決定を知らされた高杉は満面の笑みでこう語った。
「長くやってきて、もう20年以上になります。やっと優勝することができました。本当にうれしいです。応援してくれている人たちが、長年待っていてくれました。ありがとうございます」
そして、こう続けた。
「正直、私は耳が聞こえないじゃないですか。聞こえなくても、ここまでできるということを証明できたのが本当にうれしいです。耳が聞こえないのは生まれつきで、もうまったく聞こえないんです。両耳とも聞こえないので、エンジン音も聞こえません」
耳が聞こえない中で、彼女はどうやってバイクを操っているのか。そんな質問に高杉はこう答えた。
「それはもう体感だけです。本当に音のない世界。だからレースも、音のない世界で一人で走っている感じなんです」
音という情報がないため、スタート時のクラッチミートやシフト操作ではエンジンの振動が重要な情報源となる。さらにメーターパネルには、ある回転域に達するとシグナルが点灯する工夫を施してあり、「あ、光った」と思った瞬間にシフトアップしているという。
加えてハンドルやステップから伝わる路面の振動、そしてヘルメットのバイザー越しに見える景色と、チームから出されるサインボード。それだけが彼女の情報源だ。自分の視界の外にいるライバルの存在はまったくわからないため、抜かれる瞬間が「一番驚く」のだという。
そんな高杉の速さの秘訣は、コーナーリングスピードと立ち上がりの巧さ。ブレーキングの弱さを補ってバイクのパフォーマンスをしっかり引き出し、オートポリスのようなハイスピードサーキットでは存分に力を発揮する。
取材中、高杉はまっすぐ僕を見つめながら会話を続けた。耳が聞こえないため、口の動きを読み取ってコミュニケーションを取っているのだ。
2歳のときに高熱によって聴力を失った。まだ物心がつく前であり、「生まれたときから」という本人の言葉も頷ける。
現在は補聴器を使用している。補聴器をつけている時は、「音に対してかすかに反応できる。会話のきっかけくらいにはなる」という。しかし、マシンに跨る際には補聴器を外すため、完全な無音の世界となる。

KTMの特性を活かして勝利した高杉 ©Satoshi Endo
記事のポイント!
全日本ロードJ-GP3で、難聴のライダー・高杉奈緒子さんが女性初の優勝を果たした記事です。エンジン音が聞こえない中、振動や視覚情報、サインボードを頼りに走る工夫や、20年以上にわたって挑戦を続けてきた歩みが紹介されています。聞こえないことを理由にあきらめず、自分の感覚を磨きながら道を切り開いてきた姿が印象的です。
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