聴力を失い「完璧な記憶」に常時録音+音声認識AIで挑む、Limitless創業者

聴力を失い「完璧な記憶」に常時録音+音声認識AIで挑む、Limitless創業者

2025.07.27 13:00
Alison Coleman | Contributor

連続起業家のダン・シロカー(Photo By Liz Hafalia/The San Francisco Chronicle via Getty Images)

連続起業家のダン・シロカー(Photo By Liz Hafalia/The San Francisco Chronicle via Getty Images)


あなたは先週の職場の会議の詳細をすべて覚えているだろうか? 仕事から帰宅したときに子どもに何を言ったかを覚えているだろうか? 年齢を重ねるにつれて、記憶力は少しずつ鈍っていく。記憶そのものは残っていても、すぐには思い出せないことが増える。

そして、慌ただしい日常生活の中では、人間の記憶には限界がある。しかし、音声記録+人工知能(AI)を活用した音声認識(文字起こし)によって、そうした状況は間もなく過去のものになるかもしれない。


テクノロジーが「超能力」を与えると気付いた瞬間


連続起業家のダン・シロカーは日常生活のあらゆる細部、つまり会議の内容から家族や友人との細かなやり取りまで、すべての音声を記録・保存するAI対応ペンダント「Limitless Pendant(リミットレス・ペンダント)」によって、「人間の記憶を拡張する方法を見つけた」と述べている。

この「人間拡張ツール」のアイデアは、シロカーが20代のときに耳硬化症という病気で聴力を失い始めたことに端を発している。


「補聴器を使ってみたら、まるで魔法のように感じた。失った感覚が戻ってくるというのは、超能力を得たような気分で、私はそれ以来ずっとテクノロジーによって人間の能力を拡張し、超能力を得る方法を模索してきた」と彼は語る。


起業家として社会と技術をつなぐ中、聴力の喪失が使命を変えた

シロカーは、グーグルのプロダクトマネージャーとしてキャリアをスタートさせたが、2007年に退職し、オバマ陣営に加わった。「オバマがグーグルで行った講演がきっかけだった。彼は、私たちがグーグルでやっていたような科学とデータに基づく手法を政府に持ち込みたいと語った。その話に感銘を受けた」と彼は振り返る。

「それは、あらゆる選挙キャンペーンの中で最初にウェブサイト上でA/Bテストを多用した試みで、バラク・オバマが優れた候補者であることを世界にどう伝えるのが最適かを試行錯誤したものだった。そして、彼は勝利した」。

この経験が、シロカーが最初に立ち上げたウェブサイトのA/Bテストを行う会社のOptimizely(オプティマイズリー)の創業につながった。同社のツールは、政治キャンペーンの手法を製品化したものだった。ちょうどその頃、彼の聴力に問題が生じ始め、最終的には同社を3億ドル(約438億円)で売却。データサイエンスの専門家ブレット・ベイチェックと「Limitless(リミットレス)」を共同創業するとともに、後にLimitless Pendantにつながるものの開発に乗り出すことになった。


「完璧な記憶」というコンセプトに向かう


同社の初期プロジェクトには、Zoom会議を文字起こしする「Scribe(スクライブ)」、コンピューター上のあらゆる操作を記録・理解する「Rewind AI(リワインドAI)」などがあった。「そこから、Zoom会議だけでなく、対面での会話や夕食時の会話といった現実世界での会話について検討を始めた。つまり『完璧な記憶』というコンセプトに目を向けるようになった」とシロカーは語る。「それが、自分が話したことや聞いたことをすべて記録・保存し、それを価値あるものにする『Limitless Pendant』の開発につながった」。


見くびっていたハードウェア開発


ハードウェアの開発は、シロカーが本当に見くびっていたと認めるほどの大きなチャレンジだった。何人かの投資家は、彼を思いとどまらせようとした。「Optimizelyのときは、実体のあるモノや中国の工場との調整なんて考えなくてよかった。ハードウェアを作る人たちは、ソフトウェアを作る人たちとはまったく異なるタイプなのだと、そのときになって初めて実感した」。


仕事から家庭まで支える「ライフコーチ」

Limitless Pendantは、ビジネスや生産性向上といった用途のほかに家庭生活にも応用できる。シロカー自身も、「自分がより良い父親になれるよう、助けてくれている」と明かす。「毎朝アプリからプッシュ通知が届き、前日に自分が言ったことや聞いたこと、そして子どもたちとのやり取りをもとに、『もっとこうすべきだった』という具体例を教えてくれる。こんな『ライフコーチ』的な機能は、1日を通しての出来事を記録できる存在があってこそ実現する」と彼は語る。

注意力や記憶に課題を抱える人にとっても、本来の才能を引き出す手助けとなる可能性がある。


設計段階からのセキュリティ確保

AIの導入において最大の懸念の1つとなっているのがプライバシーだ。シロカーによれば、Limitless Pendantは設計段階からセキュリティを重視している。「このデバイスの認証と暗号化は、アップルのアクセサリーキットを用いることで厳格なセキュリティ基準に沿って開発しており、データが盗まれることはない。たとえペンダントを紛失しても、音声データは暗号化しているため、第三者がデータにアクセスすることはできない。HIPAA(医療保険の携行性と責任に関する法律)にも準拠しており、米国では医療記録と同等の保護が受けられる」と彼は説明する(脚注:Limitless PendantはiOS用アプリのみ公開済み。Android用アプリは2025年第3四半期にリリース予定)。

またLimitlessは、ユーザーに対して、家族や友人、会社の同僚など第三者のプライバシー保護の重要性を説明しており、音声を無断で録音せずに、明示的に同意を得るよう呼びかけている


投資家とユーザーの反応

2023年10月の発売以来、Limitless Pendantは法律・規制をクリアできたすべての国で購入可能になっており、すでに1万人以上が着用している。また、注文済みのユーザー数はそれをはるかに上回る数に上る。米国各地に拠点を置く18人のリモート体制で運営されている同社は、今後2年以内に100万台の販売を達成する見通しという。

Limitlessは、これまでサム・アルトマン、ファーストラウンド・キャピタル、最近ではNEAといった著名投資家から3300万ドル(約48億円)を調達している。アーリーステージに特化したベンチャーキャピタル、Precursor Venturesの創業者兼マネージングパートナーを務めるチャールズ・ハドソンも、Limitlessの投資家で熱心なユーザーでもある。

シロカーから「完璧な記憶」というアイデアを初めて聞いたとき、ハドソンは興味を持ったが、すぐにはその真価を理解できなかったという。だがRewind AIが登場したときに、そのビジョンが明確になったという。

「週に70~80回ある会議の記録を高い精度で残してくれる会議アシスタントは、誰が何を言ったか、私が何を約束したかを追跡する上で非常に役立つ。Limitlessに投資したとき、会議アシスタント的なツールは他にもあったが、プライベートと仕事のあらゆる面で『完璧な記憶』を実現するというビジョンを持っているものはなかった」とハドソンは述べている。

「ダン(シロカー)は、それを完璧な記憶と呼んでいるが、私にとっては『完璧なプレゼンス』だ。ペンダントを着けていれば、メモを取る必要も、書き残す必要もない。ペンダントがすべてを記録してくれるからだ」。


写真だけでは残せない、子どもとの思い出を記録できるデジタル日記

起業家のジョシュ・レーマンは、AIを活用してソフトウェア開発を加速させるMartian Engineeringの創業者で、2人の子どもの父親でもある。彼は当初、Limitless Pendantを仕事用のつもりで購入したが、家庭生活、特に子どもとのやり取りで最も大きな効果を実感した。

「初めてLimitless Pendantを着けたのはイースターの週末だった。仕事はしておらず、子どもたちと公園に行ったり、一緒に塗り絵をしたりして過ごした。翌日、Limitlessから通知が届き、その日の出来事を要約してくれた。そこには、子どもに対してもっと辛抱強く対応すべきだった瞬間などが含まれていた」。

「その時に気付いた。このペンダントは、簡単に忘れてしまうような小さくて意味のある瞬間を記録してくれる。写真だけでは残せない思い出だ。まるでデジタル日記だった。今では毎日のルーティンの一部になっている。特に朝と夜、子どもたちと過ごす時間に欠かせない」。


人間の脳だけに頼る「記憶」の変革

人間の能力拡張の展望について、シロカーは大規模言語モデル(LLM)がより賢くなり、やがて意識や主観的な経験を持つだろうと考えている。「記憶」というものについて、人間の脳だけに頼ることはなくなるかもしれない。

「私は確信している。孫の世代が、今の私たちの暮らしを振り返ったとき、『1週間が経てば起きたことの90%を忘れていたなんて、信じられない』とショックを受けるはずだ」と彼は語った。

forbes.com 原文


リンク先はForbes JAPANというサイトの記事になります。


 

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