2026年3月15日07:00
UHB 北海道文化放送
みなさんはこの言葉を目にしたことがあるでしょうか?
「C、O、D、A」
「Children Of Deaf Adults」
頭文字をとって、「コーダ」と読みます。
両親のどちらか一方、または2人とも耳が聞こえない親を持つ健常者の子どもの呼び名です。
自分を含めた周囲の多くが聞こえて話せる社会で小さいころから「橋渡し役」を務めてきた子どもたちは、私たちの知らない苦悩を抱えていました。

手話の授業を行っている伊藤善幸さん
札幌の専門学校で行われている授業の様子。
この授業中、教室にはほとんど音がなく、生徒たちがノートをとるわずかな音が続きます。
手話の授業です。
「これで最後です。よろしくお願いします」(伊藤善幸さん)
教壇に立っているのは伊藤善幸さん(58)
北海道ろうあ連盟の職員です。
若い世代への手話の普及促進の一環で、授業を担当しています。

鈴木知事の定例会見でも通訳を務める伊藤さん
手話通訳士の資格を持つ伊藤さんは、鈴木知事の定例会見でも通訳を務めています。
耳が聞こえない聴覚に障害があるろう者と社会をつなぐ「橋渡し役」を担っています。
耳も聞こえて、話すこともできる、いわゆる「健常者」の伊藤さんが、手話を学んだ理由は…
やむを得ない事情からでした。

母親の利恵子さんは耳の聞こえないろう者
伊藤さんは毎日、電車で1時間30分かけて通勤しています。
この日、仕事を終えて自宅に帰ったのは、午後7時30分過ぎ。
「ただいまー」(伊藤さん)
自宅で出迎えてくれたのは母親の利恵子さん(80)
利恵子さんは耳の聞こえないろう者です。
父親も耳が聞こえません。

利恵子さんと会話する伊藤さん
伊藤さんはろう者の両親の子ども、「CODA」です。
日常には、常に手話がありました。
「タブレットで話したのよ」(利恵子さん)
「あなた話が長いんだから」(伊藤さん)
子どものころから手話が身近な環境でしたが、ろう者である親を通して、社会の無理解を実感してきました。

子どもながらにショックな出来事だったと話す伊藤さん
小学校低学年のころ、役場から届いた文書を利恵子さんが理解できず、職員に説明を求めると…
「『ぼく、ぼく、ぼく、お母さんは聞こえないだけじゃなくて、知的な障害が起きてるの?』って言われたことあったんですよ。で、もうその時すごいショックで、『え?』って。なんか、差別とか偏見っていうのはすごく感じて」(伊藤さん)
子どもながらに、ショックな出来事でした。
日本手話を使うろう者が、文字の読み書きを困難に感じることがあることが、十分に理解されていなかったのです。
一般の子どもは感じることのない理解不足や偏見にさらされながら、小さいころから、いや応なしに手話と関わってきた伊藤さん。

ある出来事がきっかけで手話・ろうの世界から離れた伊藤さん
その感情が限界に達した出来事がありました。
利恵子さんが普段はファックスでやり取りをしている相手に電話をかけてほしいと頼まれました。
「ファックスしたらいいって言ったら『いやいや、あんたに頼んだ方が』と。こういう手話を使ってますね(意味は)楽とかって、楽って言われたんで、『楽のために俺は手話通訳してるわけじゃないし』っていうことで、こう、うっぷん溜まってたのがバンって爆発して…」(伊藤さん)
「楽をしたいから」
この一言で我慢しながら続けてきた気持ちが切れてしまったのです。
手話や、ろうの世界から一旦、離れることになりました。

現在伊藤さんは北海道ろうあ連盟に所属
このあと20年に渡って、手話や、ろうとの関わりを避けてきた伊藤さんですが、実家に訪れるろう者との交流がきっかけで、考えが変わり始めました。
「私は親のために手話通訳をやってるわけじゃなくて、私を小さい時から可愛がってくれた、亡くなった聞こえない人たちとか、今いる聞こえない人たちのおかげで、その人たちのために手話通訳をやろうって思ってる。親孝行のために手話通訳やろうと思ってたら、多分やらない」(伊藤さん)
『橋渡し役』に復帰した伊藤さんは、北海道ろうあ連盟に所属し、以前にも増して、ろう者との関わりを深めてきました。
自分たちには何ができるのか、日々、仲間たちと意見を出し合っています。

母親との会話も自然に
以前は必要最低限だった母親との会話も、自然に交わされます。
そんな伊藤さん親子の姿が周囲にも良い影響を与え始めているようです。
伊藤さんのめい、麻菜美さんと怜奈さんも、ろう者との関わりを深めています。

伊藤さんのめい・麻菜美さんと怜奈さん
駅で電車のトラブルに遭った時、立ち尽くす2人に声をかけたと言います。
「『あれ、ろうじゃないか』『どう?どう?』『どうする?』と。様子を見て、やっぱり気づいてないから声をかけて、電車止まったから、どこまで行くんですかと聞いて。一緒に連れていって様子をみて』(麻菜美さん)
「ずっと前に座って、ニコニコして」(怜奈さん)
「(電車)来ないのに」(麻菜美さん)
麻菜美さんは2024年、手話通訳者試験に合格し、怜奈さんも12月の試験に向けて勉強中です。
2人も伊藤さんのようにろう者をサポートしたいと話しています。

壁を超え共生する社会の実現に向けて、伊藤さんは活動を続ける
苦悩しながらろう者との関りを再開した伊藤さん。
共に生きていく社会を実現するために必要なのは、関わりを持ち続けることだと言います。
「母親とか父親の場合は手話が(第一)言語なので、手話言語というものを、聞こえる人たちみんなに知ってもらうことが、1番聞こえない人の生活を理解できることなのかなと思いますね。聞こえない人たちの文化を知るということが、1番近道なのかなと思います」(伊藤さん)
「見えない壁」を越えて共に生きていくための第一歩は、交流の手段を知ること。
伊藤さんはその実現に向けて、きょうも活動を続けています。
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