公開日:2025/07/18 06:00 更新日:2025/07/18 06:00
天野篤氏(C)日刊ゲンダイ
高齢になると、音が聞こえにくくなる「難聴」を生じる人が多くなります。いわゆる「耳が遠い」と言われる状態で、「老人性難聴」とも呼ばれます。とりわけ高音域の聞こえが悪くなる特徴があり、会話の聞き取りに支障を来すケースも少なくありません。
このような難聴=聞こえにくさは、心臓にもマイナスに働き、健康寿命を縮める要因になります。会話が聞き取れないことは大きなストレスになりますし、テレビの音声や電話の呼び出し音といった生活音が聞こえにくいことによる日常生活での不便さ、車や自転車の音、人混みでの音の判別がしにくいため外出に不安を感じ、生活の質が低下してしまいます。さらに、コミュニケーションがとりづらくなって孤独や社会的孤立が深まります。
こうした聞こえにくさや孤独によって感じるストレスは、アドレナリンやコルチゾールといったホルモンの大量分泌を促し、心拍数を増加させたり血圧を上昇させるなどして、心臓病のリスクをアップさせるのです。
難聴と心臓病が密接に関わっているという報告もあります。富山大学の研究では、狭心症や心筋梗塞といった心臓血管疾患の既往のある高齢者は、難聴のリスクが約2倍に増加すると報告されています。
狭心症や心筋梗塞などの動脈硬化性の心臓病があると、全身の血流が悪化します。当然、内耳や脳の血流も悪くなるため、音の感知能力や認識能力が低下して難聴が起こると推察されているのです。
また、糖尿病、高血圧、高コレステロールといった生活習慣病は、老人性難聴を悪化させるリスク因子で、大規模な疫学調査でも糖尿病があると老人性難聴を悪化させることが判明しています。これらの生活習慣病は、動脈硬化を促進させるため、冠動脈心疾患の代表的なリスク因子でもあります。つまり、難聴と心臓病はリスク因子が重なっているのです。
ほかにも、難聴は全身の慢性炎症と関係しているという見方があり、慢性炎症があるとインターロイキン-6(IL-6)やTNF-αといった炎症性サイトカインが過剰に放出され、動脈硬化が進んで心臓病のリスクをアップさせることが知られています。
こうした報告やデータから考えても、年を重ねて難聴や聞こえにくさを感じたら、早い段階で対処して“聞こえる機能”を維持することが大切です。それが心臓を守って健康寿命を延ばすことにつながります。
■進化する 補聴器を有効活用したい
ただ、老人性難聴は根本的な治療法がありません。重度難聴の場合に検討される人工内耳手術は一般的ではありませんし、難聴を改善したり聞こえをよくする薬も見当たりません。当帰芍薬散という漢方薬には、体内の血液や水分の循環を改善してむくみをとる働きがあって結果的に難聴の改善に良いという声があり、これを主成分にしたサプリメントも販売されています。ただ、医学的に確かなエビデンスはなく、万人に効果があるとはいえません。
むくみをとるという点では、西洋薬にも利尿剤がありますが、利尿剤には難聴を進行させるという副作用が報告されているので、逆効果になる可能性があります。やはり、難聴を改善させる薬はないのが現状なのです。
となると、外部デバイスの「補聴器」を使うのが最も確実で有効な難聴の改善策といえます。
近年、補聴器はどんどん進化を遂げています。1990年代に登場したデジタル補聴器を皮切りに、現在はAIを搭載し、声をより聞こえやすくしたり、人の声と雑音を分離する機能、周囲の音環境を分析して特定の方向から来る音だけを拾う機能など、多岐にわたる機能を持つタイプが登場しています。充電性能もアップして長時間でも問題なく使用できるようになり、耳かけ型や耳穴型など見た目を重視したデザインの機種も増えています。
ただ、友人の耳鼻科医に聞いたところ、「 補聴器は調整が重要」と話してくれました。補聴器を装着すればすぐに聞こえが良くなるというのは大きな誤解で、ある程度の時間をかけて微妙に調整しながら慣らしていくことが必要だといいます。
いきなり目標とするレベルの音量にすると、入ってくる音に脳が慣れていないためうるさくて不快に感じたり、耳鳴りが増幅するような感覚になり、嫌がってやめてしまう人もいるとのことでした。しかし、補聴器を正しく有効に活用するためにはそこからが重要で、少しずつ音量を上げて調整しながら慣らしていくことで、聞きたい音がきちんと聞こえるようになるそうです。調整期間の目安は3カ月ほどかかるといいます。
進化している補聴器を最大限に有効活用して“聞こえる機能”を改善させるには、そうした調整をきちんと行ってくれる専門医とうまく付き合いながら取り組むことが大切なのです。
次回も健康寿命と補聴器の活用についての話題を続けます。
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