難聴の若者の生きづらさ

難聴の若者の生きづらさ

みみトモランドの画像

難聴の若者の生きづらさ
公開:2025年3月17日(月)午後5:00
更新:2025年3月17日(月)午後5:00
NHK

ろう者・難聴者の皆さんとともにお届けする情報番組『ろうなん』。今回は若い世代の難聴者の生きづらさを考えます。

年齢の高い世代とは異なる若い世代だからこその悩みによって、孤独やストレスを感じていることが多いのが現状だと言われています。日々どんな思いを抱えているのか、今求められていることは何なのかをゲストとともに考えます。

ゲストは、耳鼻科医で岡山大学病院の聴覚支援センター准教授の片岡祐子(かたおか・ゆうこ)さん。片岡さんは聴覚障害がある若者や子どもたちの声を長年聞き取って聴覚障害者への理解を求めた取り組みを続けています。そして、NPO法人「みみトモ。ランド」代表理事の高野恵利那(たかの・えりな)さんです。高野さんは、ご自身が難聴で、看護師をしながら聴覚障害の方の集いの場を2023年に立ち上げました。


難聴といっても、さまざまな聞こえ方がある


中山アナウンサー:  
「難聴と一口に言ってもさまざまな聞こえ方があります」

片岡さん:  
「まず軽度難聴は、一対一での話はわりと普通に聞こえているような感じです。ただ、小さい声だったり、雑音の中にいたり遠く離れたりすると、かなり聞き取りが悪くなってきます。中等度難聴になると、普通の大きさの声で話をしていても、声は聞こえているけれど何と話しているかが正確に聞き取れなかったりします。高度難聴になると、かなり聞き取りは悪くなります。こうなると、ほとんどの方は補聴器を必要とします。そして重度難聴は、なかなか音も聞き取れない感じです。かなり大きな音でも聞き逃してしまいます。補聴器でも限界があるので、人工内耳というインプラントを使ってコミュニケーションをとる、もしくは手話などの方もいらっしゃいます」

難聴の程度


中山アナウンサー:  
「難聴といっても、全員がろう学校に行くわけではないのですよね?」

片岡さん:  
「だいたい今は高度・重度難聴の子どもでも、地域の学校に行っている子が増えていて、難聴者全体のだいたい6割から7割は通常学校に通っています。学齢期になってくると、1000人中の2〜3人くらいが難聴です。同じ学校に1人か2人いても、同じクラスにはなかなかいないという具合です」

片岡さん

片岡さん

中山アナウンサー:  
「そうなると、日々感じたことを一緒の感覚で共有できる人は、なかなかいない状況ですよね。高野さんの難聴の程度は、どのような感じですか」

高野さん:  
「左が高度難聴、右が中等度難聴です」

高野さん

高野さん

中山アナウンサー:  
「コミュニケーションは音声で聞き取って、ご自身も声で発するということですね」

高野さん:  
「むしろ手話ができないので、いつも口話で音声でのやりとりをしています」

中山アナウンサー:  
「そうすると、聞こえづらいことに気づかれないこともあるんじゃないですか?」

高野さん:  
「そうなんですよ。私は滑舌もたぶんいい方ですし、話していると、難聴であることをどんどん忘れられてしまうんですよ。だから、ちょっと聞き取りづらいなってこともあったりします」

中山アナウンサー:  
「聞き取りづらいときは、『もう一回お願い』と言ってコミュニケーションを取られてきたんですか?」

高野さん:  
「聞き取りづらいけど何とか内容が分かるときは、そのままです。聞き取りにくくて、内容も分からないときは、『もう1回お願いします』という感じです。

自分が周りと違うから、『聞き返しづらいな』とか、『そういう自分を知られたくない、嫌われてしまうんじゃないか?』という思いにつながって、本当にしんどかったですし、自己肯定感はどんどん下がっていきますし、だから、『自分ってこの世にいていいのかな?』みたいなことを考えたこともありました」

中山アナウンサー:  
「そういう気持ちを共有する場がないこともあって、高野さんは同世代の聴覚障害のある人が集うことができる場を作ろうと、2023年からこの取り組みを行っています」


若き難聴者が集まるコミュニティー


就寝前のひととき、高野さんはほぼ毎日、パソコンに向かいます。人や、バナナ、ぬいぐるみなど個性的なキャラクターが画面上に映ります。

パソコンパソコンを操作する


高野さん:  
「これは、メタバースのコミュニティーといって、難聴者同士集まって、悩みとか対策とか共感とか、それだけじゃなくて、おふざけや趣味みたいなところもいろいろ話しているような感じですね」

これは、インターネット上の仮想空間「メタバース」に作られた、聴覚障害者向けのコミュニティー「みみトモ。ランド」です。パソコンやスマートフォンがあれば誰でも無料で参加でき、コミュニティー内で自分の分身「アバター」を操作してほかの参加者と交流することができます。取材時は10人ほどが参加し、何気ない雑談をしていました。

コミュニティー参加者の多くは、20代から30代の聴覚障害がある若い人たちです。高野さんがこのコミュニティーを立ち上げたのは2023年で、看護師として働く中で、ある悩みを抱えていたことがきっかけでした。

高野さん:  
「周りと同じように成長していけないことにすごく悩んでいました。聞き取りづらい自分を受け入れるのもなかなか難しいし、それによって仕事でも失敗しちゃったりとか。同期のようにうまく仕事ができなくて成長が遅くなって、後輩に追いつかれそうな感じがするのもすごく嫌でした」

小学校から地域の学校に通っていたため、難聴者の友人がいなかった高野さんは、大学生のときも同世代の難聴者が集まる場を探しましたが、見つかりませんでした。

高野さん:  
「同じ世代で将来のことを一緒に悩んだり、『人との関わり』などの課題を話し合ったりする場所は、私がずっと欲しかったものでした。無いのなら自分でコミュニティーを作って、難聴者が自己肯定感が上がって生きやすくなる方法を探してみようと思って。いろいろ模索して、コミュニティーをメタバースで立ち上げたって感じです」

口コミやSNSでの告知によって参加者は全国各地から少しずつ増えていき、現在はほぼ毎日会話が繰り広げられるようになりました。日頃、一人で抱えている思いをここでつぶやくと、共感の輪が一気に広がります。

メタバース空間

くにちゃん:
「飲み会は聞こえづらいよね」

えり(高野さん):
「聞こえなくて諦めてたら『楽しんでる?』って言われてさ」

みかんさん:
「よく言われる」

えり(高野さん):
「気を遣って『はい』って言った」

みかんさん:
「私は楽しくないって言ったら『みんなで盛り上げようぜ』とさらにうるさくなった」

NONAKAさん:
「心壊してまで飲み会行きたくない」

ブッキーさん:
「だから普通学校の友達とは疎遠になる」

えり(高野さん):
「元々あった音がなくなっていくのってすごくむなしい」

みかんさん:
「もうさ、重度難聴になってくると、聴力落ちたか分からないくらい聞こえない」

ちびまるさん:
「やっぱり前まで聞こえてた音が聞こえなくなる恐怖感はわかる。音とか歌とかね」


参加者の一人、20歳のみかんさんは、幼いころから重度難聴で小・中学校は難聴学級に通っていました。難聴学級を卒業したあとは同じ難聴者と出会ったことがあるかと聞いてみると。

みかんさん:  
「関わりはなかったです」

今は専門学校に通うみかんさん、聞こえる友人や家族には自分の悩みは分かってもらえないと感じています。

みかんさん:  
「聞こえづらいと言ってはいるんですけど、みんな忘れちゃうので諦めてますね。しんどいです。親には話したんですけど、聞こえる人だし聞こえないことを経験してないので、話そうとしても分かりあえないから」

そんな中で出会ったのが、「みみトモ。ランド」でした。

みかんさん:  
「自分は発音が悪いので、そういうことを気にしないで話せるのは結構いいなって思いますね。共感してもらえるので。私だけではないんだと感じますね」

仕事上の悩みを相談している人もいます。開設当初から参加している難聴太郎さんです。2024年に障害者雇用で就職しましたが、初対面の人とのコミュニケーションの取り方に悩んでいました。

難聴太郎さん:  
「難聴のことを会社の人、上司だったりとか同僚に受け入れてもらえるかなって不安があったんです。初めて会う人に名刺を渡すことが多いと思うんですけど、そういうときに、難聴なので聞こえづらいことがありますと名刺に書き加えて渡すことで、だいぶ対応が違うとか、そういうことをアドバイスとして聞けたのは良かったなと思ってます」

最近では、対面で集まる「オフ会」に30人以上集うなど、コミュニティーは大きな広がりをみせています。

高野さん:  
「今まで集団でのコミュニケーションが苦手で、『何が楽しいんだろう』ってずっと思っていたんですけど、ここではみんな聞こえづらいから、聞き返すことに抵抗感を全く覚えなかったんですよね。だから、すごく居心地がよくて。初めて集団でわいわいガヤガヤしてるのが楽しいっていうのをちゃんと体験できたなって。シェアハウスのリビングルームみたいなイメージで楽しんでもらえたらと思います」

2人の話を聞く中山アナ話を聞く


中山アナウンサー:  
「片岡さんは、高野さんの始めた取り組みはどんなふうにご覧になっていますか?」

片岡さん:  
「すごく大切な視点がたくさん含まれているなと思うんです。聴覚障害者は音声ではないコミュニケーション、この場合はチャットですよね、それでコミュニケーションをとるのは非常にニーズに合っているんです。相談事も、ちょっと聞きたいときに話しあえる、アイディアを出しあえる場になっているのは非常に心強いことですね」

中山アナウンサー:  
「高野さんはどうですか? 皆さんから話も聞かれてると思うんですが、若い世代の悩みの特徴は、どんなところにあると思いますか?」

高野さん:  
「やっぱり難聴者の場合は特にコミュニケーションの仕方を学ぶ機会が、聞こえる人よりも少ないんですよね。そうすると、そもそもどうやってコミュニケーションをとればいいのかから始まってしまって、そこが生きづらさにつながっているなと思っています。私の場合は、小学校時代は友達が1人もいなくて、やばいと思って変えなきゃと思って頑張ったけど、自分だけ置いていかれている感じがしていました。でも、みんなは楽しそうに話しているけれど、なんでそうなっているかが分からない。そもそもみんながどんな話題を話しているのかな?という感じでした。中学1年生のときにいじめにあって、毎日学校に行くのが苦痛でしかたなかったんです。今振り返ると、あのときの自分のコミュニケーションのエラーもあったなと冷静に分析できるんですけど、そのときはもうただ、つらい、行きたくない、という気持ちでした」

片岡さん:  
「本当に多くの子が疎外感を持っていたり。中には、うつ状態、不登校になる子もいて。特に小学校高学年、中学、高校と苦しい時間はかなり長くなることもあります」

片岡さんと高野さん


中山アナウンサー:  
「より若い、早い段階でのサポートがすごく大切になってきそうですね?」

片岡さん:  
「本当に。小中学生のとき、若いときからのサポートが非常に大事です。自己肯定感を上げていくためには、まず周りが理解して適切な支援をすることがベースに必要なんですよね。そのあたりは個人差もすごくあるので。軽度難聴だったり中等度難聴だと、気づいてほしくない、触れてほしくない時期もあるので、そこは話し合いながら」

高野さん:  
「当事者同士でさえ、お互いの微妙な心理の違いや微妙な聞こえ方の違いは把握しきれないんですよ。だから、しっかり個別性に合わせたケアをするために、ちゃんと聞き取りをした方が本人にとって大切な支援に結びつくんじゃないかと考えます」


難聴者が働くアパレルショップの工夫


中山アナウンサー:  
「学生生活を終えたあとに、みなさんが直面するのが働くときの職場の課題です。あるアパレルショップで、聴覚障害の方が働きやすいように試行錯誤を行っているところがあります」

山形市内の商業施設です。宇野智也(うの・ともや)さんは、両耳が高度難聴で、補聴器をつけて生活し、週5日大手アパレルショップで働いています。2024年12月、自分の希望が叶い経理の仕事から、接客担当に変わりました。

宇野さん:  
「大変だけどやっぱり楽しい。ご来店いただいたお客様が、服をいっぱい買い込んで、楽しく満足した顔で帰っていただくことがうれしい。楽しいです」

宇野さん

宇野さん

2歳のころに難聴が判明し、ろう学校で学んだあと、短大に進学した宇野さんですが、当時難聴者へのサポートは十分ではなかったと言います。

宇野さん:  
「自分の中ではぎりぎりついていったって感じです。広い講義室でマイクを使う。いつもいちばん前の席に座って、どうにかマイクの音を聞き取って、自分なりに工夫をしていた2年間でした」

短大卒業後、現在の会社に障害者雇用で就職しました。店長の宮川峻平(みやかわ・しゅんぺい)さんは宇野さんと15年来の付き合いです。

宮川さん:  
「耳が聞こえない状態は本人にしか分からない部分なので、そこを想像するのが難しいかなってことを、長い年月で気付けた部分もありしました」

日頃から、ちょっとしたやりとりは手話で行います。

宮川さん

宮川さん

この会社では、聴覚障害のある社員の発案で手話講座を実施していたので、簡単な手話ができる社員が多いのが特徴です。さらに、宇野さんが働きやすいようにと会社が準備したのは、レジ前の注意書きと小さなマイクとタブレットです。マイクは、文字起こしアプリが入ったタブレットにつながっていて、お客さんの声を文字で確認することができます。

宇野さんが働きやすいようにと会社が準備したのは、レジ前の注意書きと小さなマイクとタブレットです。


宇野さん:  
「マスクをしてると、どうしてもくぐもったような感じになるのでよけいに聞き取りづらい。お客様の支払いが、現金のほかにクレジットで何回払いだとか、ペイペイでお願いしますってときなど。意外とペイペイって単語だけでも助かるんですね」

短大卒業後、この会社で働き続けられている宇野さんですが、その陰には働きやすい職場の環境づくりを担ってきた加藤弘子(かとう・ひろこ)さんがいます。この会社の社員で手話通訳士でもある加藤さんは、障害のある社員がスムーズに働けるように2015年から支援しています。入社当時、加藤さんは障害のある社員一人一人から、どのようなサポートが必要なのか、聞き取りを行いました。

加藤さん:  
「一人一人に聞いてみると、私は文字情報の方がいいとか、簡単な手話だったらしゃべりながらつけてもらうと分かるとか、その人その人で要求が違ったので、じゃあその人に合わせたやり方はどうしようかと」

加藤さん

加藤さん

聞こえの程度がさまざまな社員に対応するため、会議では資料を画面に映したり紙の資料を使うなど、視覚で分かる工夫を実践。話し声を聞き取りやすい音に変換してくれるマイクやスピーカーも活用しています。さらに社内の壁に指文字を掲示するなど、社員全員に障害に関する理解を深めてもらいました。

加藤さん:  
「聞こえないとはどういうことかを知ってもらいたくて、手話講座の中でスタッフ全員に耳栓をしてもらって、聞こえない聞こえづらい体験をしてもらいました。同じ口の動きでも売り上げなのか売掛なのか、1時なのか7時なのか2時なのか、読み取りづらいことを分かってもらうために、クイズ形式で説明をしたこともあります。それから、要約筆記通訳の方をお呼びして、ノートテイクの勉強をしたこともありました」

加藤さんを中心に、社内全体でさまざまな工夫に取り組み、難聴の社員が接客を任されるまでになったのです。この店では、宇野さんのほかにも難聴者が働いています。2018年に入社した我彦美沙希(わびこ・みさき)さんは、会社の配慮に安心感を抱き、店頭に立つようになりました。

我彦さん

我彦さん

我彦さん:  
「接客の仕事にもともと興味はあったんですが、聴覚障害があるので難しいんじゃないかと思ってたんです。でもここは障害に対する配慮がすごく手厚くて、安心して働けるので挑戦してみようと思いました」

この日、宇野さんたちが加藤さんと話し合い、新たなツールを導入することになりました。それは、ポイントカードの有無や駐車券の利用を確認する「指さしボード」です。各質問に対し、「はい」「いいえ」の回答を指して答えてもらうものです。誰もが仕事をしやすい環境の整備をすること、それは仕事の大きなやりがいにつながっています。

宇野さん:  
「充実していて楽しいです。学ぶことが新しいことばかりで覚えるのが大変だけど、逆にそれが楽しい」

2人の話を聞く中山アナ


中山アナ:  
「ご覧になっていかがでしたか?」

高野さん:  
「一人の人が何年も継続して、当事者と関わっているところがいちばんいいなと思いました。それをしかも、しっかりちゃんと現場に落とし込んでいただいていること。当事者としてもちゃんと相談しやすくなりますし、『この会社は言ったらちゃんと分かってくれるんだ』という安心感が働きやすさにつながるんじゃないかと感じます」

片岡さん:  
「自分がやりたいと思っていたことを生かせる場所にいられることが、当事者の満足度をぐっと上げているんじゃないかと思いました」

片岡さん


中山アナウンサー:  
「高野さんは看護師として活躍されていますけども、職場ではどんな工夫をされていますか?」

高野さん:  
「自分から発信することがいちばん大切かと思います。発信するのは1回かぎりじゃなくて、継続的にです。例えばカンファレンスでは、ナースステーションのいすって車輪がついていてシューって移動しやすいんです。なので、集団でのコミュニケーションが聞き取りづらいときは、その都度話している人のところに移動しています。私が移動していけば、みんなも『今の会話、聞き取りにくかったんだ…』と気付いてくれます。難聴は見えない障害だから、見えるようにすることを私はいちばん意識してやっていますね」

高野さん


中山アナウンサー:  
「片岡さんはどうでしょう。社会はどのように一歩を踏み出していったらいいんでしょうか?」

片岡さん:  
「障害がある・ないにかかわらず、それぞれ得意なこと苦手なことがあるわけですよね。その中で何が苦手でどんな支援が必要なのかと、何が得意でこういう強みがあるんだってことを、もっとみんなで言い合えて、社会の中で障害者が活躍できる。そういう人を活用することで、社会の好循環がおきればいいなって思います」

※この記事はハートネットTV「#ろうなん3月号 難聴の若者の生きづらさ」(初回放送日:2025年3月5日)を基に作成しました。


リンク先はNHKというサイトの記事になります。

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