まるで落語家 俳優とともに舞台に立つ、舞台手話通訳者の仕事

まるで落語家 俳優とともに舞台に立つ、舞台手話通訳者の仕事

手話で話す田中結夏さんの写真

この記事の3つのポイント
  1. 舞台に立って作品を手話で届けるのが舞台手話通訳者
  2. 台本翻訳、稽古、本番出演など俳優さながらの仕事ぶり
  3. 公式資格、舞台手話通訳者のいる公演数の少なさなど、まだまだ課題も多い

古くは紀元前にも遡る舞台演劇の世界。「伝統芸能」とも言える演劇の世界は今、急激な技術革新とさまざまな社会情勢を受け、変革の一途をたどっている。「変わる演劇、変わる舞台」をテーマに舞台演劇の最新事情を解き明かす本連載。ろう者(聴覚障害者)と聴者(耳の聞こえる人)のコミュニケーションを支える手話通訳。そんな手話通訳の世界で、俳優たちとともに舞台上で活躍する舞台手話通訳者がいる。2023年5月、文化芸術専門の手話通訳事業を手掛ける「となりのきのこ」を設立した田中結夏(たなか・ゆか)氏だ。


俳優とともに舞台に立ち、役者のせりふや音楽を伝える

「ニュースなどで見かける同時通訳の他にも、俳優たちとともに舞台に上がって物語を伝える『舞台手話通訳者』と呼ばれる人々がいます。舞台手話通訳者は俳優と同じように台本を読んで内容(状況やせりふ)を手話に翻訳し、舞台稽古にも加わって一緒に作品を届けています」(田中氏)

通常の手話通訳との大きな違いは、事前に台本が用意されているという点にある。通常の手話通訳でも台本や資料を事前に渡されることはあるが、基本的には発言者が話したことをその場で通訳して伝えていくのが手話通訳者の仕事である。

一方で舞台手話通訳者は、渡される台本を事前に読み込み翻訳するところから仕事が始まる。そして、公演の本番1カ月ほど前になると稽古の見学を始め、役者やキャラクターごとに表現の癖や傾向をつかんでいく。その後、実際に稽古場で手話をしながら、手話を第1言語とするろう者やCODA(ろう者の両親を持つ聴者)の手話監修者と翻訳内容を調整。手話監修者や演出家や衣装スタッフなどと相談しながら、立ち位置をどうするか、どのような衣装で舞台に上がるか、といった細部の設定を決めていく。

公演の本番では、役者の発言や音楽、効果音、モノローグを伝えていく。その際、大きく分けると舞台の端などに立って動かずに手話通訳するスタイルと、時には舞台の中に入り込んで、俳優の近くなどで通訳をするスタイルがある。後者の場合、俳優と一緒に舞台を駆けめぐりながら内容を伝えることもある。

台本にある全登場人物のせりふや状況などを、約2時間、通しで手話通訳する。そんな舞台手話通訳の仕事は、少し想像するだけでも、体力が要りそうだ。

「マラソンを走っている感じでしょうか(笑)。給水所のように、舞台袖に栄養ドリンクと水を置いておき、舞台が暗転した瞬間に、だーっと舞台袖に走り込み、一気に飲み物を流し込んでまた舞台に戻る。それを何度か繰り返します」と田中氏は過酷な現場をユーモア豊かに語る。


各キャラクターになりきった手話表現をする

「話者を切り替える技術は手話の文法の一つですが、複数の話者を切り替える様子は、さながら落語のようだと感じる方もいらっしゃるかもしれません」と話す田中氏。1人でさまざまなキャラクターを演じ分けるため、姿勢や話し方、目や手の動かし方など、キャラクターに合った手話を研究し、自分の中に取り入れていく。必然的に、台本は書き込みでいっぱいになる。単純にせりふやト書きを手話に落としていくだけではないのだ。

例えば、演劇には役者のせりふと音楽がかぶったり、複数人が同時に話したりするような場面がある。そのすべてを手話通訳するのが難しい場合は、優先順位を付け、話が最も分かりやすくなるように調整する。例えば、賛成派と反対派の人たちが口々に意見を言い合うようなシーンでは、賛成派と反対派の意見をそれぞれ1つにまとめて表現したり、通訳する順序やタイミングを入れ替えたりしながら伝えていく。

台本の翻訳作業の段階で、舞台手話通訳者の技量が問われるのはもちろんのこと、実際の舞台上で表現するときも、場に応じた表現が試される。台本にない、俳優のアドリブにもその場で対応する。「稽古に参加していると、この人はこのタイミングでアドリブを挟みそうだなということを探っていきます」と田中氏はアドリブ対応のコツを話す。

「役者さんたちの情熱や息遣いも表現できなければ、話が伝わっていきません。公演を見てくださっている方々が作品の世界にしっかりと入っていけるようにするためにはどうすればいいか。それをいつも念頭に置いて舞台に臨んでいます」(田中氏)

インタビューに答える田中結夏さんの写真
田中結夏(たなか・ゆか)氏 手話通訳士・舞台手話通訳者・俳優・保育士
1992年生まれ。埼玉県所沢市育ち。埼玉県立芸術総合高等学校舞台芸術科卒業後、青山学院女子短期大学子ども学科卒業。幼稚園教諭二種免許、保育士免許保有。座・高円寺 劇場創造アカデミー演技コース中退。青山学院大学「ワークショップデザイナー育成プログラム」修了後、公益財団法人文京アカデミー主催の「舞台手話通訳養成講座」を修了。NPO法人シアター・アクセシビリティ・ネットワーク 舞台手話通訳チームに所属。2023年5月に文化芸術専門の手話通訳事業を展開する「となりのきのこ」を設立。(写真=鈴木 愛子)


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