2025/11/21 15:10
栗原守
世界中で多くの言語が話されているように、手話にも多様な種類がある。開催中の「デフリンピック東京大会」(読売新聞社協賛)でも、様々な手話が飛び交う。埼玉県立特別支援学校大宮ろう学園の幼稚部で働きながら、手話同士の通訳を行う「ろう通訳」の技術を身につけ、ろう者により分かりやすい形で情報を伝えている戸田康之さん(48)に話を聞いた。(栗原守)
ろう通訳 一般的な手話通訳では、聴者が話す内容を聞き取って手話に置き換え、手話話者に伝えるが、通訳が聴者であることから「聴者通訳発想の手話」になってしまい、手話話者には分かりにくいとも言われている。そこで、聴者の手話をろう者の手話に置き換える「ろう通訳」が必要とされ、NHKでは東京オリンピック(閉会式)、パラリンピック(開閉会式)中継で採用するなど、活用が広がっている
聴者通訳の限界
――テレビなどで放送される首相会見や気象庁の防災情報で、手話通訳が同時放送されていますが、これは聴覚障害者の理解に役立っていますか。
戸田 あの通訳では内容は十分に伝わってない人もいます。やはり「ろう通訳」が必要です。
――ろう通訳に取り組むきっかけは?
戸田 ろう学校に勤務していると、校内行事などで、校長先生がこどもたちに講話をする機会があります。手話に理解のある校長の場合、自ら一生懸命手話を学び覚えて、声と手話で話しかけてくれます。でも、それが伝わらないわけです。私が見ても分からない。聴者の手話には限界があります。ろう者の手話になりきれず、意味が伝わらないことが多いためです。

ろう通訳の必要性への理解を訴える戸田さん
そこで、聴者の手話をろう者の手話におきかえる「ろう通訳」が必要なのだと、考えるようになりました。
東京五輪の5年前だったと思いますが、こうした問題意識から、職員会議で「ろう通訳」の導入を提案してみましたが、壁は高かったです。「校長先生が苦労して手話を覚えてくれているのに、それを通訳するのは失礼だ」という意見が強く、その時は提案を引き下げるしかありませんでした。
一方で、ろう通訳は、日本語と日本手話の双方を理解し、翻訳する必要があります。それなりに知見や技術が必要です。私は当事者ですが、自己流で「ろう通訳」が務まるわけではありませんので、専門機関で研修を積みました。
その結果、NHKから東京五輪、パラリンピックの中継でろう通訳の依頼が、その専門機関にあり、私が番組のろう通訳に起用されたということです。
パラ中継で広がった必要性の認識
――聴者の手話通訳は聴覚障害者に伝わっていないというのは意外でした。
戸田 東京パラリンピックの中継で、「ろう通訳」が世の中に必要だという認識が広がったのであれば、大変うれしいことです。学校でろう通訳に否定的だった同僚も、テレビ中継をみて必要性を理解し、納得してくれたという出来事もありました。
とはいえ現在でも、通訳した内容がろう者には理解できない「聴者の手話」は随所で見られます。イベントなどでは、聴者の主催者挨拶などで覚えたての手話が披露されますが、分からないことはよくあります。
国際手話はサイン…試行錯誤しながら伝える
――デフリンピックでは、選手や関係者は「国際手話」を使うようです。
戸田 私も国際手話の基本を学びました。しかし国際手話は、言語ではありません。「サイン」の一種であり、文法などはありません。国際的に使うサインです。それも大別して4種類あります。「欧州型」「アフリカ型」「南米型」「アジア型」です。数字の表現もそれぞれで異なります。これらは各地域の手話をベースに、サインとして作り替えたためで、言語のような文法体系がありません。単語のつなぎあわせで、「身ぶり」に近いものです。当事者のイベント「世界ろう者会議」では、国際手話だけでの深い議論は無理です。
――では、デフリンピックでは国際手話はどう使われるのでしょうか。
戸田 四つの国際手話が交ざった、試行錯誤しつつの意思疎通です。このことはあまり理解されていません。
認知広がる日本手話の存在
――聴覚障害者の社会環境は変化していると思いますか。
戸田 大きな変化は、最近ようやく「日本手話」と「日本語対応手話」があるということの理解が進んだことです。30年前に「ろう文化宣言」という文章が発表され、私は高校生でしたが、当時は日本手話への理解はなかったと思います。

テレビで手話ニュースキャスターも務める戸田さん
私は埼玉県朝霞市に住んでいますが、朝霞市では「日本手話言語条例」が制定されました。条例名に「日本手話」が明記されたのは、国内では初めてだと思います。これは、ろう文化宣言の成果でもあり、大きな変化です。
また、私が勤めるろう学校には、聴者の教員とろう者の教員がいて、こどもたちには聴覚障害があります。最近、校長が教員に向け「ろう者の教員や生徒の前で、声を出して話すのはやめましょう。それはろう者に失礼なことです」と言ってくれました。このような発言はとても珍しく、時代が変わってきたのだと思います。
とだ・やすゆき 兵庫県生まれ。幼少時に失聴。大宮ろう学園で約20人が在籍する幼稚部の教員。NHKの手話ニュースのキャスターを18年間務めている。東京パラリンピックでのろう通訳者としての活躍が有名。デフリンピック東京大会でもNHK手話通訳として活躍している
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