聴覚障害者の生活は聴者とどう違う? 当事者に聞く住まい探しと暮らし

聴覚障害者の生活は聴者とどう違う? 当事者に聞く住まい探しと暮らし

聴覚障害者の暮らしの実情はあまり知られていない

2016年時点で、日本には聴覚障害と認定された方が約29万人、約50人に1人の割合でいるといわれている。この数は障害者手帳を取得している人の数から算出したものだが、実際には聞こえに困難がありながら障害者手帳をもたずに生活している方も多く、その数も含めるとさらに多くの当事者がいると考えられる。

最近は、テレビドラマやコミックスでも聴覚障害をテーマにした作品が人気を集め、一般的な認知も増えてきている。しかし、聴覚障害者が送る日常生活の実情について、聞こえに支障のない“聴者”にはまだあまり知られていないかもしれない。
今回は、聴覚障害当事者(難聴者)で、聴覚障害者の支援やその研究に携わる志磨村早紀さんに、聴覚障害者の住まいを中心にお話をお聞きした。

※当事者の方々の思いに寄り添うとともに、当事者の方の社会参加を阻むさまざまな障害に真摯に向き合い、解決していくことを目指して、本文では「障害者」という表記を使用している。

聴覚障害はコミュニケーションが難しい障害

――聴覚に障害があることで生じる困難はどういったことなのでしょうか。

聴覚障害はコミュニケーションが難しい障害で、かつ、見た目では困難さがわかりづらいところが課題だと感じています。それに加え、当事者にとっては音がその人の中でどれだけの役割を担っていて、音が聞き取れないことでどれだけの影響を受けているかがわからないのも難しい点です。

例を挙げると、警報音の「ジリリリ」という音。聞こえる人にしてみれば「怖い」「大変だ」と危険をイメージできる音ですが、聴覚障害がある人にはそもそも「ジリリリ」という音を聞いたことがない人もたくさんいますし、音として何か鳴っているということがわかってもそれが警報音だと識別することが難しい人もいます。音と「危ない」などというイメージが結びつきにくい状態なのです。

警報音が鳴っていることを知らない・気づかないと実際に危険が及ぶ可能性があるのはもちろんのこと、気づけないものに想像力を働かせるのも容易ではありません。これは当事者の親や家族であっても、理解は難しいと思います。可視化できるような指針があればいいのですが、聞こえはそもそも人それぞれ違うので、画一的な支援というわけにもいかないのが、また悩ましいところです。

――聴覚障害のある人の支援には、具体的にどんなものがありますか?

自治体が提供する福祉サービスでは、保育園の保護者会や友人の結婚式といった生活の場における手話通訳者の派遣、生活の中にある音をフラッシュライト等に変換する機器(=屋内信号装置)など家の中で使う支援機器の給付、補聴器の購入助成などがあります。

自治体以外の支援機関・団体の支援で多いのは、聴覚障害がある子どもたちを対象としたものです。児童発達支援の枠組みで、就学前のリハビリテーション、就学後では放課後デイサービスや学習支援などがあります。大人向けでは、聴覚障害当事者の就労支援を行う事業所などがあります。

志磨村さんの写真
装用している補聴器や持参いただいた補聴援助システムを活用しながら、一見スムーズにインタビューが進んでいるように感じられたが、「機器があっても完全に聞こえるわけではないですし、『障害がないように見える』というのが一番の悩みのタネで」と志磨村さんは語る

“聞こえない”“聞こえづらい”人の住まいに対する工夫、だけど…

――聴覚障害のある方の住まいに特化した補助や工夫にはどんなことがあるでしょうか。車いすユーザーの方などは、手すりやスロープの設置補助などがありますが。

先ほども触れたように、生活の中の音をフォローするための支援として、音を振動や光(フラッシュライトなど)で伝えてくれる屋内信号装置等の購入や聴導犬の給付などがあります。
ただ、障害等級によって受けられる福祉サービスは異なります。たとえば屋内信号装置の給付は、聴覚障害の中では障害等級が最も重い2級の人のみが原則として対象になります。我が家の場合、私が3級、夫が2級のため、夫が申請し給付された機器を生活の中に取り入れていますが、3級同士のカップルの場合は給付の対象とならないことから、補聴器等を使って何とか音を聞きにいかないといけません。
最近では、スマートフォンやスマートウォッチのアクセシビリティ機能を活用する方もいますね。

――志磨村さんのお宅では、屋内信号装置は全室に置かれていますか?

はい、ほぼほぼ目につくところに受信機を置いています。…が、最近はあまり使っていません。光るので音が鳴っているのはわかるのですが、音の出どころ(音源)がわからなくて。インターホンが鳴っているのか、子どもが泣いているのか、また誤作動を起こすこともあり、私は補聴器頼みで音の種類を何とか判別して、音源を探るほうが早いと思ってそうしています。

――常に音に集中するのは気を張るでしょうね。しかも、ガスコンロや冷蔵庫などキッチンで鳴る電子機器の音は音質が似通っていて、聞き分けるのが難しそうです。

まさにそうなんです。冷蔵庫自体が光ってくれたら!なんて思います。

志磨村さんのお宅の写真
志磨村さんのお宅では、音を感知して光や振動で知らせる機器を使用しているそうだ
出典:【聴覚障害と子育て】子供の泣き声ってどうやって聞き取るの?【聴覚障害者の日常】【hearing impaired】【sign language】


建物の火災報知器が聞こえず逃げ遅れてしまったことも

――お部屋探しについて、何か大変だった経験はありますか?

5~6年前になりますが、賃貸でお部屋探しをしていた際、希望していた物件の管理会社からNGが出て入居できなかった、ということがありました。不動産会社の担当の方いわく、「火事のときなどの安否確認は電話のみなので……」と。
幸い、私は不動産会社から断られるといった経験は今のところなく、信用できる不動産会社の方と知り合えてその方にLINEでいろいろと相談にのってもらえています。ただ、他の当事者の方の話を聞いていると“聞こえない”を理由に入居を断られることも少なくないようです。

住宅購入に関しては、以前購入を考えていたときに、担当の方とのやりとりに主にメールと音声認識アプリを使ったのですが、そういったツールにすんなり対応できる方とそうでない方の差を感じました。

――入居後で困ったことは?

一番は、マンションの非常ベルに気づかなかったことですね。ある朝、洗濯物を干そうとベランダに出たら、すごい数の消防車が集まっていて。私も夫も普段就寝時には補聴器を外していて気づかなかったのですが、明け方にボヤ騒ぎがあってマンションの非常ベルが鳴っていたと、避難から戻ってきた方に伺って知りました。
室内の火災報知器やインターホンの音はフラッシュライトと連動させることはできても、建物全体に向けた音はカバーできないので、一番難しいと感じましたね。

――モニター付きインターホンだと、館内火災のアラートが出たりもしますね。

それでも、フラッシュライトは特定の音を覚えさせて使うものなので館内アラームに反応しません。「これはただ事じゃないぞ」という音に反応するものがあるといいのですけど…。ですので、結局のところは隣近所の助け合いが必要になってくると思います。

それまでは、隣近所にご挨拶をするとき「ちょっと聞こえにくいのですが、よろしくお願いいたします」と一言を添えるくらいでした。ですがその一件で、マンションの報知器の音が聞こえないことがわかったので、具体的にお願いしたいことを伝えるようになりましたね。

そのほか入居後に困ったのは、入居・退去のガス・電気・水道といったライフラインに関する問合せが、すべて電話が必須だったことです。申し込み等はウェブ上でできても、当日の時間設定や変更などの連絡が電話なので困りました。最近は携帯のショートメールでやり取りしたいとお願いしています。

志磨村さんインタビューの写真

気取らず、和やかなムードで体験やお考えを語っていただいたが、命に関わりかねない重大な出来事のお話もあった

聞こえる側・聞こえない側双方の働きかけで安心できる部屋探し

――不動産会社に向けてお願いしたいことはありますか?

管理会社や大家さんと交渉する際、不動産会社を介してやりとりがなされます。その際、不動産会社が「聞こえないから無理ですよ」と門前払いするのではなく、どんなふうに交渉しようかと一緒に考えてくれる存在であってほしい、私たちと同じ立場にいてほしいなと感じています。そのうえで、連絡手段が完全に電話のみというのではなく、メールやLINEなどテキストでやりとりできる手段を整えてくれると助かります。それと、発話はできても聞こえない・聞こえにくい人は結構いるので、発話の様子だけで聞こえていると判断しないでもらえたらなと思います。

たとえば、難聴の多くは感音難聴といって、単純に聞こえる音が小さくなるだけではなく、音や言葉がひずんで聞こえています。言葉が明瞭に聞き取れないという困難さがあるため、言葉のアウトプットがスムーズにできていることで「聞こえている」と思って話をされても、実は聞き取れていなかった、ということがあるのも知ってもらいたいですね。

――では、これからお部屋探しをする当事者の方に、経験者からの提案やヒントがあればお願いします。

皆さんコミュニケーションの取り方に不安があるのではないでしょうか。ですが、不安は自分で解消しないといけないことなので、どういった手段を取ろうかなど自分なりのコミュニケーション方法を、ある程度決めていくといいかもしれません。なかには当事者であることをあえて言わない方もいますが、言う必要性があるかどうかは、当人がどれくらい困っているかを自覚しているかによって違ってくると思います。

“自分が確実にコミュニケーションを取れる手段は何か”をわかっていてほしいですし、それを伝えることは、お部屋探しに限らず、重要なことだと思います。
あとは、信頼できる不動産会社とのいい出会いがあるといいですね、と言うと他力本願みたいですが(笑)。

――つまり、双方の歩み寄りですね。

本当にそうです。“聴者側が配慮する”“当事者側が準備する”のどちらかでなく、双方の働きかけで互いに安心できると思います。

志磨村さんインタビューの写真
聴者に対しても当事者に対してもフラットな視点でお話をする様子が印象的だった。部屋探しにおいて、不動産会社と聴覚障害当事者の双方の在り方についてうかがう

その人に合ったコミュニケーションを気軽にできる世の中になってほしい

――最後になりますが、今後聴覚障害のある方をめぐる社会のあり方がどう変わっていったらいいか、展望はありますか?

昨今は、電話リレーサービスやモバイル端末のアクセシビリティ機能など、聴覚障害をフォローする手段が進化してきています。ですが、聴覚障害のある方を取り巻く問題は、ハード面を解決するだけで変わることではなく、ソフト面…つまり、人と人とのコミュニケーションに対する意識の違いに難しさがあると感じています。私自身の意見ですが、聴覚障害のある人にはいろいろな聞こえの方がいて、コミュニケーション手段も人によって異なることを社会に知ってもらいたいです。

そのためには、当事者に対しても教育が必要だと思っています。当事者本人が“音が聞こえないことでどれだけの影響を受けるか”に気づいていて、人に説明できるほどでいないと、今の社会で生活していくには時にしんどいこともあります。

自分の聞こえに向き合い、自分の聞こえを周りにどう伝え、知ってもらうかでコミュニケーションのずれを少なくできると考えます。目の前の人がどういう聞こえなのか、どう聴覚を使って、どういったコミュニケーションを取りたいのか、カテゴリに縛られずに、“その人がどういう人なのか”を見てもらいたいですね。

志磨村さんの写真
当事者が自身を理解し、周囲とのよりよいコミュニケーションについて研究する、志磨村さん。現在聴覚障害のあるの子どもたちに向けた「ろう・難聴の児童/生徒のためのサポートツール」の制作に参加しているという

「いろんな考えの人がいる中で、『当事者はこうだ』と話すのは難しくて」とも語っていた志磨村さん。そのひとことにも、当事者の聴覚障害に対する意識の多様さや、一律に見ることへの危うさを改めて知ることができた。
属性ではなく“その人らしさ”に目を向けることは、“FRIENDLY DOORサービスが必要なくなる世の中に”というACTION FOR ALLの活動の起源に通じるとも感じる。コミュニケーションの根本には、相手を理解・交流したいと思う気持ちが欠かせない。バイアスや先入観でその気持ちをゆがめないようにしたい。

※本記事の内容は、LIFULL HOME'S ACTION FOR ALL note 2023年7月5日掲載当時のものです。

お話を聞いた方

志磨村 早紀(しまむら・さき)
幼少期に難聴と診断され、その後徐々に聴力が低下した進行性難聴の当事者。大学卒業後、言語聴覚士養成校で言語聴覚士養成過程を修了した後に国家資格である言語聴覚士免許を取得。出身大学にて障害のある学生の支援コーディネーターとして就職後、現職である都内国立大学研究センターへ転職。学術専門職員として勤務する傍ら、武蔵野大学修士課程にて研究に取り組み、また聴覚障害を中心とした障害や生きづらさを抱える人の支援に関わる活動も行っている。

▼志磨村さんTwitter https://twitter.com/S_Sakiiiiin
▼YouTube『仲良い仲井家』
https://www.youtube.com/channel/UCq9H-0L0k0WcEUv_JyyJqhg
▼志磨村さんが参画するNPO法人Silent Voiceのプロジェクト「ろう・難聴の児童/生徒のためのサポートツール」
https://copper-geology-e7a.notion.site/71418d9c25fd450fa5b26b4c75c633e3

LIFUL HOME'S のロゴ
【LIFULL HOME'S ACTION FOR ALL】は、「FRIENDLY DOOR/フレンドリードア」や「えらんでエール」のプロジェクトを通じて、国籍や年齢、性別など、個々のバックグラウンドにかかわらず、誰もが自分らしく「したい暮らし」に出会える世界の実現を目指して取り組んでいます。

公開日:2024年 04月27日 11時00分

リンク先はLIFULL HOME’S PRESSというサイトの記事になります。
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