『ぼくが生きてる、ふたつの世界』呉美保監督 自分とリンクした、出会いがもたらす心の変化【Director’s Interview Vol.432】

『ぼくが生きてる、ふたつの世界』呉美保監督 自分とリンクした、出会いがもたらす心の変化【Director’s Interview Vol.432】

2024.09.13香田史生

呉美保監督

そこのみにて光輝く』(14)『きみはいい⼦』(15)の呉美保監督、9年ぶりの長編作品は、きこえない⺟ときこえる息⼦が織りなす物語。原作は作家・エッセイストの五⼗嵐⼤⽒による⾃伝的エッセイ「ろうの両親から⽣まれたぼくが聴こえる世界と聴こえない世界を⾏き来して考えた30のこと」(幻冬舎刊)。主演を務めたのは吉沢亮。呉美保監督たっての希望だったという。

9年のブランクを感じさせない呉美保監督の確かな手腕は、コーダ*の青年が歩む人生を丁寧に紡いでいく。ろう者とコーダを取り巻く環境を描きつつも、多くの人が共感できる普遍的な母子の物語に仕上がった。普遍的なものを映画として見せてくれた呉美保監督は、いかにして本作を作り上げたのか。話を伺った。

*コーダ(CODA):Children of Deaf Adults/きこえない、またはきこえにくい親を持つ聴者の⼦供


『ぼくが生きてる、ふたつの世界』あらすじ

宮城県の小さな港町、耳のきこえない両親のもとで愛されて育った五十嵐大(吉沢亮)。幼い頃から母(忍⾜亜希⼦)の“通訳”をすることも“ふつう”の楽しい日常だった。しかし次第に、周りから特別視されることに戸惑い、苛立ち、母の明るささえ疎ましくなる。心を持て余したまま20歳になり、逃げるように東京へ旅立つが…。





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回想から時系列へ

Q:ろう者やコーダの方々の境遇が描かれますが、普遍的な母子の話に感じました。最初に原作を読んだ感想はどうでしたか。

呉:原作を読む前は、コーダとして育った環境について書かれた本かと思っていました。ところが読み進めていくと、私自身にも通じる様々な感情を見つけることが出来た。この本を映画にすることで、コーダやろう者の方だけではなく、家族の関係に思いを馳せる多くの人に響く物語が出来るのではないか。ぜひ映画化したいと思いました。


Q:脚本の港岳彦さんとは初めてのタッグかと思いますが、一緒のお仕事はいかがでしたか。

呉:実はこれまで2作品ほど企画をご一緒したことがあったのですが、どちらも実現出来ませんでした。その経験から、港さんのことはすごく誠実で私以上にロマンチストな方だなと思っていました(私も一応ロマンチストですが笑)。また、港さん自身も地元から東京に出てきた方なので、この原作を脚本化していただけたらどんなに素晴らしいものになるかと。今回は3度目の正直でお願いしました。

『ぼくが生きてる、ふたつの世界』©五十嵐大/幻冬舎 ©2024「ぼくが生きてる、ふたつの世界」製作委員会
『ぼくが生きてる、ふたつの世界』©五十嵐大/幻冬舎 ©2024「ぼくが生きてる、ふたつの世界」製作委員会


Q:脚本化にあたり港さんにリクエストしたことはありましたか。

呉:「ここは絶対に使って欲しい」といった話はしましたが、最初は構成含めて港さんのチョイスに委ねました。あがってきた初稿は、現在から過去を回想していくような構成になっていました。原作自体がその構成なので、素直に脚本に起こすとそうなるのかなと思いつつも、映像にするとちょっと説明的になってしまうかなと。ノスタルジックに説明しているような空気感をずっと纏うことになる気がしました。決して、過去を回想するエモーショナルな物語にしたいわけではなかったので、話し合った結果、生まれてから28歳になるまでを時系列でやることにしました。ただ、それを丁寧にやると何時間もかかってしまう。なるべくピンポイントで点描にし、その重ねた点描の隙間みたいなものを、見る人が想像できるような構成になれば良いなと。そうやって話し合いながら書き進めてもらいました。


出会いがもたらす心の変化

Q:家族の物語であるとともに、主人公の大がアイデンティティを獲得していく青春物語でもあります。監督自身の思いなども反映されたのでしょうか。

呉:社会人になって色んな人と出会うことで、幼い頃にウジウジ考えていたことが、可愛いなと達観できるようになりました。大も東京に出て図らずも色んな人に出会っていく中で、自分を客観視できるようになっていく。そこは私自身の経験とリンクしたところでした。

私は昭和52年生まれで在日韓国人として育ちました。同世代の中には、在日であることを外では言わないと家族で取り決めている子もいましたが、うちは両親が隠すわけでもなくオープンでした。だから何か抵抗があったわけではないのですが、それでも日本人家族の家に行ったときは、家に飾ってあるものや食べものなど、今まで自分の家だけで成立していたものとは何か違うと気づいていくわけです。そして思春期も相まって、そのことが何かちょっと恥ずかしくなっていく。別に誰が悪いわけでもないので、親や祖父母に対してあからさまな反抗はしませんでしたが、友達に対して堂々とは言わなくなる瞬間がありました。

『ぼくが生きてる、ふたつの世界』©五十嵐大/幻冬舎 ©2024「ぼくが生きてる、ふたつの世界」製作委員会『ぼくが生きてる、ふたつの世界』©五十嵐大/幻冬舎 ©2024「ぼくが生きてる、ふたつの世界」製作委員会

幼い頃は小さな町に住んで日本の学校に通っていたので、在日の友達はあまりいませんでしたが、大学生になると在日の友達も結構できるようになりました。大学では、色んな環境で育った人が全国から一気に集まってきて、共通点は皆映画好きということだけ。そこで出会った人の中には、びっくりするような環境で育っていたり、アーティスティックでぶっ飛んだ両親がいる方もいました。自分が特殊だと思っていたことさえ恥ずかしくなるぐらいの人たちがいっぱいいたんです。

その後東京に出て、在日含めた色んな友達に会ったときに、同じ感情を共有できることがありました。例えば、皆はお正月にお雑煮を食べるけど、自分の家ではトックを食べているということが、小さい頃は恥ずかしくて言えなかったと、そんなことを友達から言われて「あ、分かる!」となった。そんな“あるある話”を友達同士でやるようになったんです。そういった共感性で気持ちがどんどん楽になっていった。そういった心の変化が20代の頃にありました。

劇的な何かが起きなくても、日々生きている中でそういう感情が自分の中で細々と生まれていく。実家に帰ったときに、親が作る韓国料理が美味しいと思えたり、ホッとしたり。自分はさして不幸ではなかったんだと、そういうのは誰しもにある感情なんだと思えました。そんな経験から、普遍的な心の機微みたいなものが描けるのではないかと思ったんです。


吉沢亮に繋げるルック

Q:主演の吉沢亮さんとは以前からお仕事をしたかったそうですが、吉沢さんのどこに惹かれていたのでしょうか。

呉:こんなにカッコイイ顔のつくりをされているのに、そこに胡座をかいた感じがなく、むしろ様々なことに対して変化球で返している感じがありました。お芝居もそうですが、テレビのちょっとしたトーク番組などでも、想像外の返しをされている。その面白さを感じていました。でもお芝居はきっと真面目な人なんだろうなと。本人はそのバランスに気づいているかどうか分かりませんが、カッコつけていない感じがありつつも、芝居としてはすごく硬派なものになっている。彼のお芝居なのか佇まいなのか、その感じを思わず見続けていました。

今回の役は吉沢さんにピッタリだったと思います。自分の殻を破る術もなく、誰かの話に耳を傾けるわけでもなく、すごく頑なだったティーンエイジャーの頃の感じや、東京で出会う人によって、あっさりとその殻を破られ、自分の小さな世界をいい意味で破壊されていくときの表情など、どれも素晴らしかった。吉沢さんならでは細かな感情表現をしてくださったと思います。

『ぼくが生きてる、ふたつの世界』©五十嵐大/幻冬舎 ©2024「ぼくが生きてる、ふたつの世界」製作委員会
『ぼくが生きてる、ふたつの世界』©五十嵐大/幻冬舎 ©2024「ぼくが生きてる、ふたつの世界」製作委員会


Q:大の子供時代を演じた畠山桃吏くんと加藤庵次くんが吉沢亮さんにとても似ていて、大の子供時代そのままでした。どのように出会われたのでしょうか。

呉:たくさんオーディションをして探しました。ドラマなどを見ていて「大人になったら、全然違うやーん!」と思うのがすごく嫌なんです(笑)。今回、点描で人生を描いていくからには、ルックを吉沢亮にちゃんと繋げたいという思いがありました。お芝居はほとんど初めてみたいな子たちでしたが、その分撮影時間をたくさん設けてもらい、一つ一つ丁寧に何テイクもやってもらいました。


人生が垣間見える演技

Q:母親の明子を演じた忍足亜希子さんは温かい雰囲気がとても良かったです。20代から50代まで年月を経る感じも素晴らしかったですね。

呉:ろう者の役はろう者の俳優にお願いすると決めていました。忍足さんが20代の頃に出演された『アイ・ラヴ・ユー』(99)という作品を拝見したのですが、50代になった忍足さんのお芝居も見てみたかった。それで一度面談させていただきました。劇中、小学生の息子に対して「私は手話がないとあなたと話せないの」という、ろう者としての思いを我が子に伝えるシーンがあるのですが、それを面談のときにやってもらいました。『アイ・ラヴ・ユー』のときの瑞々しさとはまた違う、彼女の生きてきた人生が垣間見れる、すごくふくよかなお芝居を見せていただきました。実際、忍足さんにもお子さんがいますし、本当に優しさに包まれていて嘘っぽくない。ぜひ明子役をお願いしたいと、オファーさせていただきました。

映画の最後の方で、忍足さんがフィーチャーされるシーンがあるのですが、彼女は存在感があり立っているだけでもフォトジェニック。そこに加えて、カメラ目線でしっかりと手話をするシーンが撮れました。手話は目と目を合わせてやる会話なのだと今回改めて知ることができたのですが、その意味でも、息子を見る母親の目を力強く演じてくださいました。忍足さんは、優しさと力強さ、そしてすごく華がある。吉沢さんとの母子という姿もちゃんとフィットしています。すごく映画的なキャスティングをさせてもらえました。

『ぼくが生きてる、ふたつの世界』©五十嵐大/幻冬舎 ©2024「ぼくが生きてる、ふたつの世界」製作委員会
『ぼくが生きてる、ふたつの世界』©五十嵐大/幻冬舎 ©2024「ぼくが生きてる、ふたつの世界」製作委員会


Q:9年間のブランクを経て長編映画作りに戻ってこられましたが、手応えはいかがでしたか。

呉:手応えはまだ分かりませんが、こうして試写が始まり映画の公開に向けて宣伝活動をしていくと、映画を1本完成させられた喜びが実感として伴ってきます。公開して色んな方から様々な意見を聞いて、改めてもっともっと実感できていくのかなと思います。


Q:すでに次の作品が動いていると聞きました。これまで監督してきたように復帰できそうですか。

呉:やっぱり撮影は大変なんです。撮影期間は家のことが出来なくなるので、家族みんなで協力しながらやっていくしかない。それゆえ、自分が本当にやりたいと思うものをちゃんとチョイスして、向き合っていきたいと思います。


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監督:呉美保

監督:呉美保

1977年3月14日、三重県出身。スクリプターとして映画製作者の経歴をスタートさせ、初の長編脚本『酒井家のしあわせ』がサンダンス・NHK 国際映像作家賞を受賞し、2006 年同作で映画監督デビューを果たす。『オカンの嫁入り』(10)で新藤兼人賞金賞を受賞。『そこのみにて光輝く』(14)で、モントリオール世界映画祭ワールドコンペティション部門最優秀監督賞を受賞し、併せて米国アカデミー賞国際長編映画賞日本代表に選出される。続く『きみはいい子』(15)はモスクワ国際映画祭にて最優秀アジア映画賞を受賞。『私たちの声』(23)にて 8 年ぶりに脚本も担当した短編『私の一週間』を監督。本作は9年ぶりの長編作品となる。

取材・文:香田史生

CINEMOREの編集部員兼ライター。映画のめざめは『グーニーズ』と『インディ・ジョーンズ 魔宮の伝説』。最近のお気に入りは、黒澤明や小津安二郎など4Kデジタルリマスターのクラシック作品。

撮影:青木一成




『ぼくが生きてる、ふたつの世界』
9月20日(金)より新宿ピカデリー、シネスイッチ銀座ほかにて全国順次公開
配給:ギャガ
©五十嵐大/幻冬舎 ©2024「ぼくが生きてる、ふたつの世界」製作委員会


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