「ギュイー!」携帯の緊急地震速報を作った「癒やしの巨匠」が考える、社会と音の関係

「ギュイー!」携帯の緊急地震速報を作った「癒やしの巨匠」が考える、社会と音の関係

昼間でも夜中でも聞くと、「ハッ」とする音がある。

ギュイー! ギュイー! ギュイー! 

いつもは思いのままに操り、体の一部にさえなっているような携帯電話が突如、見知らぬ存在となり、怒り出したかのように鳴動する。

携帯に届く緊急地震速報のブザー音だ。

2011年の東日本大震災と結びついて覚えている人もいるかもしれない。

その音には、「癒やしの巨匠」の緻密(ちみつ)な計算と配慮が施されていた。

「聞いたことのない音に」

音デザイナーで環境音楽家の小久保隆さん(67)のもとに、NTTドコモから速報音制作の依頼が来たのは2007年のことだ。

小久保さんはまず、「聞いたことのあるメロディーでは注意喚起にならない。

聞いたことのない音、音符に記せない、非音楽的な音にする」と決めた。国内の警報音の情報を集め、分析。

役立ったのは、空襲警報や火災を知らせるサイレンなど、歴史的に危険を人々に知らせるために使われてきた音だった。

「ウウウウウー、と低音から高音へと変わる空襲警報のような音をスウィープ音と呼びます。音符にできない、連続的な音です。低音から高音に変わるものと高音から低音に変わるものがありますが、低音から高音の方が緊張感をもたらします」

バッグの中に携帯が入っていたとしても、低音から高音へと移り変わることで、どこかでブザー音が聞こえる、との考えもあったという。

3回繰り返すのにも理由がある。

「トイレに入っていて、ノックが1回聞こえる。『ん? 物が当たったかな』と思ったりしませんか。2回だと『誰か待ってるな』。でも、3回だと『何だろう? 急ぎか、変だな』となる。アテンションが高まるんです」

携帯電話の小さなスピーカーの限界や非常時に電力を余分に消費しない、など様々な要素を考慮し、人の耳に明瞭に聞こえる3キロヘルツ周辺の音を意識して作ったという。

「覚醒し、身構える状況になって」

そうして、「うとうとしていても、瞬時に覚醒し、身構える状況になってもらいたい」という小久保さんの思いが、「ギュイー!」を生み出した。

小久保さんは、電子マネー「iD」の決済音も作った。

「タラントロン」と心地良い響きを聞いた人も多いだろう。

こちらは緊急地震速報とは対照的に、優雅さを醸し出す、クラシカルな音楽的サウンドを目指したという。

「ちゃんと決済が今できましたよ、と知らせるだけなら、実は『ピンポン』でも良いんです。でも、それでは音のデザイナーの仕事としては十分ではない。その音によって、良い買い物ができた。さらには、これからの自分の生活に喜びや楽しさを感じてもらいたい。そういう幸福感まで伝えたいと考えました」

小久保さんは、早くからシンセサイザーを使った楽曲を作り、坂本龍一さん(故人)らとも仕事をしてきた。

人間の頭の形をした人形の耳にマイクを装着し、立体的な録音を可能にする「サイバー君」を独自に開発。

世界各地で録音した環境音を取り入れた楽曲でも知られ、「癒やしの巨匠」「環境音楽の巨匠」とも呼ばれる。

癒やしと警報音は正反対のように思えるが、根本は同じという。

「音をデザインするのに重要なのは、社会と人の間にある音が、どうあるべきかを考えること」と小久保さん。

癒やしの音楽を作っているのは、今、人々が社会の中でストレスをためていて、癒やしが必要だと考えるから。

地震が来る前、何を警戒し、次に何をすべきかを考えてもらう音を作るのも、その点では変わらないという。

六本木ヒルズアリーナなどで流れる環境音楽も手がけてきた小久保さんは「日本の街の音は無秩序になっている」と言う。

商店やビルのテナントは客を呼び込むため競うように音楽や情報を流す。

列車や駅でもアナウンスが繰り返される。

「音をどんどん足す方向に走って、無秩序に歯止めがかからなくなっている」。

そうした街の無秩序から逃れるため、イヤホンやヘッドホンをつけてパーソナルな空間を作り、居心地の良い音を聞いていたいという人が増えているとみる。


街の音集め
誰もが音を投稿できるサイトには、110カ国・地域の6000以上の音が掲載されている。
世界中の「音」にアクセス 雨音、交差点の雑踏にお祈りまで 時代と生活を記録


街にハーモニーをもたらす音作り


「ある意味で仕方のない流れですが、人々が街の音にますます無関心になってしまうのは悲しい。喧噪(けんそう)ではなくハーモニーをもたらすような街づくりを、音を含めて考えていくべきだと思います」

小久保さんは、都内のあるオフィスビルの中で流すBGMを作ったことがある。

「リアルタイム環境音システム」というその仕組みは、温度計や雨量計、風量計と連動し、BGMを奏でる楽器が気温によって変わったり、雨脚の強さによって流す雨音の音量が変わったり。

さらに、四季や朝昼晩という時間の変化も反映し、鳥や虫の声まで流すという凝った仕様だったという。

「人間は自然環境から遮断されるとストレスがたまります。でも、快適な温度、湿度のオフィスビルを造ると、どうしても自然から離れる。オフィスにいても、せめて音だけは自然とのつながりを失わないように、というコンセプトで作ったのです」と振り返る。

現在、小久保さんは山梨県北杜市の自然豊かな場所に構えたログハウスで創作活動を続けている。

耳の不自由な人に届けるための工夫も

東日本大震災などを経て、浸透した携帯の緊急地震速報。

ただ、耳が不自由な人たちにどう情報を届けるかは、まだ課題として残っている。

NTTドコモは2017年、それまで文字だけだった緊急地震速報の受信画面に、たわむビルの様子を示すイラストを表示するようにした。

聴覚障害者らに一目で危険性を分かってもらうようにする狙いだ。



消防庁は、携帯電話や防災行政無線、登録によるメール配信など、手段を多重化することで情報伝達に漏れがないよう対策を進めている。

さらに、防災行政無線と連動して屋外で点灯するライト、文字表示つきの戸別受信機の設置などにも財政支援があるという。


中川竜児
朝日新聞GLOBE編集部員
愛媛県出身。2000年に朝日新聞社入社。鳥取や京都、大阪などで勤務し、金沢総局次長を経て21年12月からGLOBE編集部員。趣味はサッカー(フットサル)で、勤務地ごとに色んなチームに加わりました。マラドーナが永遠のアイドルです。

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