タバコスズメガの幼虫の聴覚について調べるため、音を聞かせて反応を観察した。(COURTESY OF BINGHAMTON UNIVERSITY)

人の声に驚くイモムシ、鼓膜がないのになぜ聞けるのか?

2026.05.20

タバコスズメガの幼虫の謎を解明、次世代のマイクに応用できる可能性も

タバコスズメガの幼虫の聴覚について調べるため、音を聞かせて反応を観察した。(COURTESY OF BINGHAMTON UNIVERSITY)

タバコスズメガの幼虫の聴覚について調べるため、音を聞かせて反応を観察した。(COURTESY OF BINGHAMTON UNIVERSITY)


 人間のように「聞く」昆虫は多くない。中にはコオロギやバッタのように、空気中を伝わってくる音を感知する鼓膜状の構造を持つ昆虫もいるが、ほとんどの昆虫にとって「聞く」とは、木の葉や枝、地面などの物体を伝わる機械的な振動を感じ取ることを指す。

 米ニューヨーク州立大学ビンガムトン校の生物学者キャロル・マイルズ氏の研究室では、この1年ほど、よく見られる光景があった。飼育しているタバコスズメガ(Manduca sexta)の幼虫のそばで同僚と話していると、幼虫が毎回、まるで驚いたように飛び上がるのだ。「同僚には『キャロル、ちょっと静かにして。幼虫が怖がっているから』とよく言われました」とマイルズ氏は話す。(参考記事:「【動画】人の声で触角を伸ばすイモムシが見つかる」

 どうしてこんなことが起こるのか、マイルズ氏は興味を持った。翡翠(ひすい)色をしたタバコスズメガの幼虫は、北米から南米にかけての農場や家庭菜園でよく見られる。成虫は口の近くに鼓膜状の構造を持つが、幼虫のときにはそうした構造は全くない。それでも音に反応するのだ。(参考記事:「風向きや風速が変わっても夜にまっすぐ飛べる蛾、どうやって?」

 その理由を探るため、マイルズ氏の研究チームは、体毛を顕微鏡下で切り取る作業や、世界でも有数の静寂な空間(無響室)での実験など、複雑な研究を何年もかけて進めてきた。2025年12月に第6回日米音響学会ジョイントミーティングで発表されたその成果によると、タバコスズメガの幼虫は体表の細かい毛を使って、空気中を伝わって届く音(空気伝搬音)を感知している可能性が示された。

 この研究はまだ査読を経ていないものの、聴覚の進化に新たな知見をもたらすだけでなく、次世代マイクロフォンの開発のヒントになるかもしれないと専門家は指摘する。(参考記事:「【動画】毒ヘビ!と思ったら実はこの生物だった」

 

スズメバチの羽ばたき音にも激しく反応

 タバコスズメガの幼虫が、物体の振動ではなく、空気の振動を感知できるかを確かめるため、マイルズ氏らは大学の無響室で一連の試験を行った。無響室は、高精度の音響研究用に設計された極めて静かな施設だ。あまりにも静かなため、中に入ると自分の心臓の鼓動が聞こえることさえある。

 研究チームは、タバコスズメガの幼虫に、空気中を伝わる音と物体の表面を伝わる振動の両方で低周波と高周波の音を聞かせ、その反応を記録した。データを解析したところ、幼虫は表面の振動よりも空気を伝わる音の方に10〜100倍も強く反応することがわかった。こうした大きな差が昆虫で見られることはまれだ。

 空気中を伝わる音を確かに聞いていることがわかり、研究チームはその仕組みを探ろうとした。幼虫の体表を覆う小さな毛が関わっているのではないかと考え、それを確かめるため、幼虫の胸部と腹部の毛を取り除いて実験を繰り返した。予想通り、毛を失った個体はほとんど音に反応しなかった。

「幼虫の体を覆う硬い毛が触覚に敏感であることは以前から知られていました。これらの毛が音にも反応するとは分かっていなかったのです」と、ドイツ、ゲッティンゲン大学の細胞神経生物学教授マーティン・ゲプフェルト氏は話す。氏は今回の研究には関わっていない。

「こうした聴覚システムは、おそらく捕食者を避けるために進化したのでしょう」とゲプフェルト氏は説明する。研究チームによれば、タバコスズメガの幼虫は、天敵であるスズメバチの羽ばたきの音を聞き取れるだけでなく、激しく反応するという。翅音を聞くと、幼虫は跳ね上がったり、体を反らせて防御姿勢をとったりして、近づき過ぎる相手に噛みつく構えを見せる。

 

多種多様な「耳」をもつ昆虫たち

 昆虫は少なくとも24回、独立に聴覚を進化させてきたとされる。その結果、人間とはまったく異なる、驚くほど多様な聴覚システムが生まれた。こうした理由から、音を捉える新しいデバイスを設計する際、エンジニアたちは昆虫の体の構造に着目することがよくある。

「現在のマイクロフォンが今のような形(つまり圧力を検知する振動板を使う形)になっているのは、われわれ人間がとても傲慢な生物で、自分たちの耳ばかりに注目し、ほかの生物が持つ多様な耳にはほとんど目を向けてこなかったからです」と語るのは、ニューヨーク州立大学ビンガムトン校の機械工学教授で、今回の研究の最終著者でもあるロナルド・マイルズ氏だ。

 昆虫に着想を得たマイク設計で特許を取得したこともある氏は、タバコスズメガの幼虫が、現在のものよりも小型で安価な「まったく新しい種類のマイク」を生み出すヒントになるかもしれないと語る。

 庭のトマトをむしゃむしゃ食べているタバコスズメガの幼虫が、将来ほんとうに次世代のマイク技術を生み出すヒントになるかどうかはともかく、彼らがどのように音を聞いているのかが明らかになったことは、人間にとって間違いなく有益だ。

「生物の中でも昆虫は、とりわけ多種多様な『耳』を持っています」とゲプフェルト氏は話す。そして、こうした「昆虫の耳」は、人間の耳には到底できないことをやってのけることが多い。

「例えばハチミツガは、他のどんな生物にも聞こえないほどの非常に高い音を聞き取れますし、一部のハエは、物理的には到達し得ないと思えるほどの精度で音の発生源を特定できます」と氏は説明する。「昆虫を通して、自然は私たちに、音を感知する際の物理的な限界は乗り越えられるのだと教えてくれているのです」

ギャラリー:昆虫の死骸で擬態する「ボーン・コレクター」肉食イモムシ 写真5点(写真クリックでギャラリーページへ)

ギャラリー:昆虫の死骸で擬態する「ボーン・コレクター」肉食イモムシ 写真5点(写真クリックでギャラリーページへ)
新たに報告された「ボーン・コレクター」のイモムシは、体の周りに吐糸で携帯巣を作り、クモの巣から拾い集めた昆虫の死骸のパーツで飾り立てている。この個体は少々飾りすぎたかもしれない。甲虫の翅のような大きなパーツは残っているが、一部は落ちてしまっている。パーツが大きすぎると、携帯巣が蜘蛛の巣に引っかかってしまうこともある。(Photograph By Dr. Daniel Rubinoff)

文=Annie Roth/訳=夏村貴子

 

記事のポイント! 

鼓膜を持たないイモムシが、なぜ人の声やスズメバチの羽ばたき音に反応するのか。その謎に迫った研究では、タバコスズメガの幼虫が体表の細かな毛を使って、空気中を伝わる音を感じ取っている可能性が示されました。人間とはまったく異なる「聞こえ」の仕組みを知ることで、聴覚の進化や、次世代マイク開発への応用にもつながる興味深い内容です。

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原文掲載元はこちら 

 https://natgeo.nikkeibp.co.jp/atcl/news/26/052000286/?P=1

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