石井 健 エンタメ
視覚や聴覚に障害がある人たちが映画館で専用アプリや専用メガネを使い、「音声ガイド」や「字幕ガイド」によって映画を楽しむことができる「バリアフリー上映」の取り組みが進んでいる。自身の作品のバリアフリー版に積極的に取り組む映画監督も現れている。
34本中33本が対応
スマホで聴く音声ガイドロゴ
現在、バリアフリー上映は邦画が中心。NPO法人メディア・アクセス・サポートセンター(MASC)によれば、昨年公開された邦画676本中117本が「音声ガイド」および「字幕ガイド」に対応していた。
興行収入10億円超えのヒット作に限れば34本中33本が対応しており、「シネコンにかかる邦画なら、ほぼすべてバリアフリーになった」(MASCの川野浩二事務局長)という。
平成28年に障害者差別解消法が施行され、同じ頃に専用アプリが登場したことも相まって、対応映画が増えた。
メガネで見る字幕ガイドアイコン
映画大手でいち早く取り組んだ東宝は昨年、25作中23作で対応。今年は、28作中25作で対応している(11日現在)。
東宝は新レーベル「TOHO NEXT」がスタートし、配給数も増加傾向だが、「可能な限り提供していく方針。音声ガイド版などの制作着手が映画完成後であるため、公開初日での提供が間に合わないことがあり、制作スピードの向上が課題」としている。
人生動き始めた
東京都の会社員女性(59)は途中から視力を失った。見えにくくなった頃から好きな映画やミュージカルから足が遠のいたが、バリアフリー上映により「止まっていた人生が動き始めた」と笑顔で語る。
同じく途中から視力をなくした東京都の会社員女性(60)は、「単館系作品が好きでしたが、バリアフリー対応されないので大作派に宗旨変えしました。また、洋画の対応が待ち遠しい」と話す。
MASCの川野さんは「映画はバリアフリー化単体の助成金がない。大作以外は取り組みにくい現状でもある」という。
他方、洋画はウォルト・ディズニーやソニー・ピクチャーズが「インサイド・ヘッド2」や「ねこのガーフィールド」でバリアフリー上映に対応。さらなる広がりが期待されている。
監督自ら手掛ける
呉美保監督(左)と山上庄子社長(石井健撮影)
呉美保監督(47)は、9年ぶりの新作映画「ぼくが生きてる、ふたつの世界」(20日公開)で、バリアフリー上映用の音声ガイドや字幕制作も手掛けた。
耳の聞こえない両親の間に生まれた聴者の息子の葛藤や成長を描いた同作。吉沢亮が主演し、母親役の忍足亜希子をはじめ耳の聞こえない俳優らも出演している。
「この映画はすべての人にフェアな上映環境を作って届けたい」。そう考えた呉監督と一緒に字幕制作などに取り組んだのは、バリアフリー版の制作会社パラブラだ。山上庄子社長(41)は、「字幕ガイドも音声ガイドも作品の延長線上にあるべきものなので、呉監督に参加していただけて、とてもうれしかった」と話す。
吉沢亮が主演した呉美保監督の映画「ぼくが生きてる、ふたつの世界」©五十嵐大/幻冬舎 ©2024「ぼくが生きてる、ふたつの世界」製作委員会
手話の場面が多く、目の見えない観客に、その内容を音声でガイドする必要があった。「できるだけ自然な語り口で」と声の演者も呉監督が選んだ。
エンドソングを英語詞の歌にしたのは、字幕を読んで歌詞の意味を知るという同じ環境に聴者と耳の聞こえない人を置きたかったからだが、他方、音声ガイドでは訳詞の朗読を歌に重ねるという別の手法で目が見えない人にも同じ世界観を提供した。
呉監督は「今回の作業を通じ、社会の少数派といわれるさまざまな方々が、もっと楽に生きられるようなお手伝いをしていきたくなりました」と話した。
山上社長は「バリアフリー対応は新規顧客の開拓につながると考え、エンタメだけではなく、より広い業種で積極的に取り組んでほしい」と重要性を強調した。
対応マークで確認
映画のバリアフリー上映とは、耳や目に障害がある人も映画館で映画を楽しめるよう、音声ガイドや専用字幕で対応することをいう。
近年は、専用のスマートフォンアプリ「HELLO! MOVIE」もしくは「UDCast」が使われる。あらかじめ対応映画の音声または字幕ガイドのデータをダウンロードしておくと、映画館で映画と同期し、開映と同時にサービスが始まる。
また、字幕メガネ専用端末を貸し出す映画館もある。日時は限定されるが、専用字幕入りバージョンの上映もある。
その映画がバリアフリー上映に対応しているか否かは、各映画の公式サイトなどに掲載された対応マークで確認できる。
(石井健)
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