悔し涙も熱闘も……“デフリンピック”の舞台裏 シングルマザーの35歳「娘のおかげ」、陸上選手「愛娘と表彰台に」『every.特集』

悔し涙も熱闘も……“デフリンピック”の舞台裏 シングルマザーの35歳「娘のおかげ」、陸上選手「愛娘と表彰台に」『every.特集』

2025年12月19日 11:25

ニュース画像「悔し涙も熱闘も……“デフリンピック”の舞台裏 シングルマザーの35歳「娘のおかげ」、陸上選手「愛娘と表彰台に」『every.特集』」

聞こえない・聞こえにくい人のためのオリンピックであるデフリンピックが、日本で初開催されました。日本人選手は過去最多のメダルを獲得するという大活躍。約28万人が来場するなど大盛況でしたが、その舞台裏では選手たちの多くのドラマがありました。


■手話がベースのサインエールで応援

国歌も手話で

79の国と地域から約2800人の選手が参加した、東京2025デフリンピック。「デフ」とは、英語で聞こえないという意味です。4年に一度の、聞こえない・聞こえにくい選手によるスポーツの祭典です。12日間にわたって熱闘が繰り広げられました。

会場では、国歌も手話で。応援も手話をベースに作られた、サインエールで行われました。来場者数は約28万人。入場制限した会場も出るなど、大盛況でした。


■応援で「これまでにない不思議な力」

デフ水泳茨選手


陸上日本代表の山田真樹選手
「たくさんの人が客席からサインエールで応援してくれる。これまでにない不思議な力がわいてきました」

応援を受けて日本人選手が大活躍。水泳日本代表の茨隆太郎選手は、金3個・銀3個・銅1個の7個のメダルを獲得。

バドミントン女子ダブルスでは、矢ケ部姉妹(真衣選手と紋可選手)が金メダルを手にしました。日本勢は、過去最多の51個のメダルを獲得しました。


■6歳の娘が気がかりなシングルマザー

デフ卓球でエースの亀澤理穂選手

取材していたのは、デフ卓球でエースの亀澤理穂選手。これまで8つのメダルを獲得していますが、金メダルには届いていません。今年35歳で、引退が迫っています。

一人娘を育てるシングルマザーで、合宿や遠征などで家を留守にすることも多く、たびたび実家に預ける娘が気がかりです。

亀澤選手
「今まで娘が我慢してくれたおかげでこんなに強くなったよとか、娘のおかげだよって伝えたいなと思います。金メダルをとりたいです」


■会場で娘が応援…母の目には涙が

観客席には娘の結莉さん(6)の姿がありました。

そして、いよいよ本番。会場では現場の音が見て分かるように表示されます。

女子団体の決勝に進んだ亀澤選手。観客席には娘の結莉さん(6)の姿がありました。「ママがんばれー」と声を枯らします。

決勝リーグ1試合目は、ポーランドに3対0で勝利。そして、中国との決戦。勝てば悲願の金メダルでしたが、結果はストレート負け。結莉さんは「金メダルがとれないのは悔しかった」と言いました。

銀メダルはとったものの、亀澤選手の目には涙が浮かんでいました。

亀澤選手
「自分が目標にしていたのは金メダルだったので、忘れ物をとりにいけなかったのは悔しい」

でも家に帰ると、結莉さんが「ぎんメダルおめでとう」と、花を渡して健闘を称えてくれました。


■メダルを期待され…「金」がいい理由

陸上の山田真樹選手

デフリンピックでは、地図とコンパスを使ってゴールを目指す「オリエンテーリング」という競技もあります。

陸上では連日、日本人選手のメダルラッシュ。ハンマー投げでは、日本人選手が表彰台を独占しました。競技場のアナウンスは手話と字幕で表示され、スタートはランプによって伝えられました。

メダルが期待された1人が、陸上の山田真樹選手です。今回どうしても、金メダルをとりたいと思っていたそうです。今年7月、娘のまゆちゃんが誕生したのです。

山田選手
「デフリンピックで金メダルが目標。それだけではなく、メダルをかけた娘と表彰台に立ちたい」

■妻と娘に見守られ…結果は?

妻の鮎美さんと、娘のまゆちゃんも応援

迎えた大会当日の男子400m決勝。妻の鮎美さんと、娘のまゆちゃんも応援します。

レース中盤、ぐんぐんスピードをあげて力強い走りを見せると、最後はトップ争いへ。見事1位でゴールしました。

山田選手は表彰台で「よっしゃー!」と雄叫びを上げ、ガッツポーズをしました。愛娘に捧げる金メダル。夢が叶いました。


■「恩師に続く存在になれるように」

陸上競技場での最終種目、4×400mリレーに出場したのは足立祥史選手(28)

陸上競技場での最終種目、4×400mリレーに出場したのは足立祥史選手(28)です。普段は地元の島根県で、聴覚障害がある子どもたちが通う松江ろう学校の教師をしています。ユーモアのある授業で大人気です。

アスリートと教師の二足のわらじ。教師になった理由を聞くと、足立選手は「僕が小さい時にお会いした先生が理想の存在」と教えてくれました。

足立選手が2歳のころからサポートしてきた、松江ろう学校元校長の福島朗博さん。福島さんも、難聴で教員生活を送ってきました。

福島さん
「聞こえないことはどうしても劣ってしまうように見えるけど、聞こえないことは劣っていることではないよ。そういう学習もした」

福島さんとの出会いで教師になった足立選手。デフリンピックで子どもたちに伝えたいことは何でしょうか?

足立選手
「(福島さんに)続く存在になれるように。聞こえない子どもたちに『大丈夫だよ』って言える存在。こういう大人にもなれるよ」


■「悔しさを力に」…教え子へのエール

レース後、足立選手に声を掛ける福島さん

迎えたデフリンピックでは個人種目に出場するも、メダルにはあと一歩届かず。残るはリレーのみになりました。

そんな中、急遽、恩師の福島さんが応援に駆けつけてくれました。

福島さん
「早く見たいなと思って」

準決勝で、福島さんも必死に応援します。足立さんは恩師の前で力強い走りを見せ、見事決勝に進出しました。

福島さん
「彼が走っているのは、初めてみました。かっこよかったね。いい走りしてました」

レース後、足立選手の元へ。「世界の難しさを感じました」と言う足立選手に、福島さんは「その悔しさを力に変えてね」と励ましました。

恩師からのエールに勇気をもらった足立選手。


■先頭が転倒も…動揺せず見事に優勝

山田選手

迎えた決勝。第一走者の足立選手は中盤、好位置につけると、全力でラストスパートへ。そして2位でバトンを繋ぎました。

仲間が2位をキープし、先頭を追う展開へ。アンカーの山田選手へバトンを渡した直後、先頭のケニアが転倒しました。ハプニングにも動揺することなく、山田選手がそのまま1位でフィニッシュ。優勝を果たしました。

見事、表彰台の一番高い場所に立ちました。胸に輝くのは金メダルです。


■勤務先の学校で金メダルを披露

大会を終えて足立選手が勤務先の学校に戻ると、子どもたちが出迎えてくれました。

大会を終えて足立選手が勤務先の学校に戻ると、子どもたちが出迎えてくれました。

足立選手
「メダルをとることができました。まだ東京デフリンピックは終わっていません。みなさんにこれを触ってもらうまでが、デフリンピックです」

金メダルに触れて笑顔の子どもたち。

足立選手
「障がい理解をどのように広めたらいいのかなとか、これからもその責任と向き合いながら、陸上の道を頑張りたい」

聞こえない世界で、世界と戦った日本代表。その挑戦は、次の舞台へと続いていきます。

(2025年12月16日『news every.』より)


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