2025/06/22 17:49
栗原守
2025年11月に開催される東京デフリンピック(読売新聞社協賛)に向け、聴覚障害のある人たち(デフ)へ注目が集まりつつある。ただ、外見からは判別できない「聞こえない人」との交流が乏しく、理解のない人も多い。そこでデフの世界への理解を深めるためにも、デフの「きょうだい」とともに成長し、理解しあいながら過ごしてきた人たちの話から、ヒントを探る。聴覚障害のある弟がいる、藤木和子さん(42)と、聴覚障害のある兄と妹がいる、さとうゆきのさん(39)に話を聞いた。(以下敬称略、栗原守)
「聞こえるから」と言われて育つ
――ご自身は聴者ですが、聴覚障害者の兄弟姉妹がいることで、どんなことを感じながら生活をしてきたのでしょうか。
藤木 幼少の頃から、人と会話をするたびに「あなたは聞こえる」ということを言われて育ってきました。聞こえない弟とは遊んだり、ケンカをしたり対等の関係だったので、周囲から「お姉ちゃんは聞こえるから」「弟は聞こえないのだから」と言われることに違和感がありました。しかし同時に、弟が学校などで苦労する様子を見て、自分が聞こえることを申し訳なくも感じていました。

SODAについて語る藤木さん
さとう 私には聞こえない兄と妹がいます。小学校に上がるくらいのときになって、「世界には、聞こえるきょうだいがいる人もいるんだ」と知りました。兄と妹が高校からろう学校に通い手話を覚えたころ、手話の出来ない私は会話に参加できず、兄や妹との距離を感じて寂しく思った経験がありました。
――聞こえない兄弟姉妹がいる聴者を、SODA(Sibling of Deaf Adults/Children、ソーダ)というようですが、共通した感覚はありますか
藤木 SODAといっても100人100通りですが、程度に差はあれ、自分が「聞こえる」ということを意識しつづけた人だと思います。聞こえない人が「聞こえない」ことを意識しているのに近いかもしれません。
――どのような時に「聞こえる」ということを意識させられますか。
藤木 まず親や周囲の大人との会話の中ですね。「聞こえるから我慢しなさい」「聞こえるのだから良い子でいなさい」などと言われることが多いです。私の親も「つい言ってしまった」と反省しているようですが、避けていただきたい言葉ですね。
さとう 私は10歳のころ、「カラオケに行きたい」という気持ちが芽生えましたが、どう伝えたらよいのかがわからず、家族に言い出せない経験をしました。家の中で音楽を聴く時は、ヘッドホンで親に気づかれないように聴いた記憶もあります。今思えば、こうした小さな我慢や遠慮という形で、聞こえない兄と妹への配慮が日常生活のなかにありました。
経験を共有できる会を設立
――聴覚障害のある兄弟姉妹をもつ人たちが交流をする「SODAの会」を作られたそうですね。
藤木 2018年に設立し、だいたい30人ぐらいが参加しています。同じような境遇の人たちと話してみたい、と思ったのが始まりです。もやもやした感覚もSODAとしての自分を誇らしく思えた体験も共有できます。

幼少期の体験を語るさとうさん
さとう 私も昨年から参加していますが、SODAの人たちと話をすると、色々な共通した経験や感覚に気づくことがあって、「自分だけではない」という安心感から肩の荷が下りるような思いがしています。
――会ではどのようなことを発信していますか。
藤木 「聞こえるから」とか「聞こえないから」という言い方で、話をしないでほしい、一人の人間としてみてほしいということです。それが大事だと思います。聞こえないことへの配慮や工夫は必要ですが、聞こえるかどうかが関係ないことも多いです。
SODAを強みに社会と向き合う
――我慢や周囲の感覚とのズレから、心理的にもつぶれそうなこともあったのでしょうか。
藤木 つぶれそうな時期もありましたが、自分の体験を発信するようになり、多くの人が私の言葉を否定せずに受け止めて、一緒に考えてくれたおかげで変わりました。その中には聞こえない友人や人生の先輩もいました。とことん悩み、良い意味でうんざりするほど話し尽くしたことで、本当の意味で「聞こえる」「聞こえない」に縛られず自由になれ、SODAを強みにできるようになった気がします。

SODAの会は、聞こえない兄弟姉妹と共に育ってきた経験を共有・発信している
さとう 成人後に、ろう者である義理の姉と出会い、仕事を一緒にするなかで本格的に手話を覚え、聞こえない人たちと交流を深めていきました。その中で少しずつ「聴者」としてだけではなく、「SODA」として自信を持って生きていけるようになりました。また、SODAについて子育て中の保護者や周囲の大人に知っていただく活動をするようになって、今は自分の幼少期の悩みも宝だと思っています。
――社会は多様性を受け入れるように変化していると感じますか。
藤木 そうですね。子どもの頃は「聞こえるから、って言わないで」と言うと、生意気だと口をふさがれがちでしたが、今は、逆に、SODAとしての経験や考えを話してほしいと講演を依頼されます。大きな変化だと思います。
――今年は東京デフリンピックが開催されます。
さとう 選手たちは競技に人生をかけています。その気持ちに、「聞こえる」「聞こえない」は関係ないと思います。日本で初めて開催されるデフリンピックをきっかけにして、この国に暮らす聞こえない人たちがどのように生活をしているのか、また、手話とはどういった言語なのかなど、さまざまな方に興味をもってほしいと思います。
プロフィル
藤木和子
弁護士。聞こえない弟がいる。「聞こえないきょうだいをもつSODA(ソーダ)の会」の設立者。弁護士資格取得後に、国立障害者リハビリテーションセンターで手話を本格的に学び、手話通訳士でもある。横浜市在住。
さとうゆきの
染色講師。聞こえない兄と妹がいる。障害の有無に関係なく誰でもできる染め体験の場を、全国各地で開催している。最近はろう学校での講演など活動の幅を広げている。埼玉県在住。
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