本研究の概要図

脳が予想外の音を的確に見つける仕組み

2026年8月19日
理化学研究所
東京大学
兵庫県立大学
自然科学研究機構生命創成探究センター
自然科学研究機構生理学研究所

-統合失調症に関連する聴覚回路障害の発見-


理化学研究所(理研)脳神経科学研究センター 神経動態イメージング研究チームの岡部 繁男 チームディレクター、東京大学 大学院医学系研究科 神経細胞生物学分野の水谷 俊介 特任研究員(研究当時)、同研究科 精神医学分野の笠井 清登 教授(東京大学 医学部附属病院 精神神経科 科長、同大学 国際高等研究所 ニューロインテリジェンス国際研究機構(WPI-IRCN)主任研究者)、兵庫県立大学 大学院情報科学研究科の郷 康広 教授(自然科学研究機構 生命創成探究センター 教授、同機構 生理学研究所 教授)らの共同研究グループは、脳が予想外の音[1]を的確に見つけるための神経回路を大脳皮質の中に特定し、その仕組みが統合失調症[2]のモデルマウスでは障害されていることを発見しました。

本研究成果は、言葉によるコミュニケーションを支える脳機能の理解や、統合失調症などの精神疾患のバイオマーカーの開発、疾患の層別化に貢献すると期待されます。

脳は予想外の音を効率よく検知して行動を制御しています。しかし、この機能は統合失調症では低下することが知られています。本研究では、マウスの大脳皮質の聴覚野[3]の浅層に存在する神経細胞集団が強く結び付いたクラスターを形成し、予想外の音を増幅して脳内に誤差信号を生み出すことを明らかにしました。さらに、統合失調症のモデルマウスではこの神経細胞集団によるクラスター化が弱まり、遺伝子発現やシナプスの障害を伴うことを発見しました。

本研究は、科学雑誌『Science Advances』オンライン版(8月14日付)に掲載されました。

本研究の概要図
本研究の概要


背景

さまざまな音が聞こえてくる雑踏の中で親しい人に声を掛けられると、私たちはすぐにその声に気付くことができます。一方で、仕事をしながら音楽を聴いていると、次第に音楽は意識されなくなっていきます。このように人は注意すべき音とそうではない音を常に区別して、必要がない音には注意を払わない能力を持っています。

被験者に同じ高さの音を繰り返し聞かせ、その中に時々違う高さの音を挟んでおくと、違う音を聞いたときに特異的な脳波が観察される、という現象はミスマッチ陰性電位[4]と呼ばれます。ミスマッチ陰性電位は被験者が音の違いに気が付かない程度のわずかな高さの差でも電位変化として検出できます。

精神疾患の一つである統合失調症の患者はミスマッチ陰性電位の反応が減弱していることが知られており、ミスマッチ陰性電位は信頼性の高い統合失調症のバイオマーカーの一つです。

これまでの研究から、脳は次に聞こえるだろうという音を予想しており、その予想とは違う音が聞こえると、その違いを誤差として検出する脳の領域が存在する、という理論モデルが提案されています注)。この予測音と実際の音との誤差を検出する神経回路がどこにあり、誤差の信号がどのようなものか、という点の詳細はこれまで不明でした。

今回、共同研究グループは、脳はどのようにして予想外の音を他の音の中から見つけ出すのかを調査し、統合失調症の病態の一端を解明することに挑みました。

注)The mismatch negativity: a review of underlying mechanisms, Clin Neurophysiol. 2009 Mar;120(3):453-63. doi:10.1016/j.clinph.2008.11.029.


研究手法と成果

岡部チームディレクターらは、予想外の音を聞かせた際に反応が大きくなる脳の神経細胞の特徴や位置を調べました。さらに、二光子顕微鏡を用いて生きたマウスの脳内の神経細胞の活動を観察する技術を用いて、コントロール(対照群)のマウスと統合失調症モデルマウス[5]の音刺激に対する反応を比較しました。

脳が予想外の音に気が付く過程を動物のモデルを用いて調べるには、人が予想外の音に気が付く際に脳で確実に起こる反応を流用するのが一番確実です。最もよく知られているのは、繰り返し音を聞いた後で突然まれな音(逸脱音[1])を聞かせたときに現われるミスマッチ陰性電位という反応です。人の検査で用いられている音のパターンをマウスに聞かせて、逸脱音を聞かせた際に神経細胞の反応が大きくなる脳の場所を見つけることができれば、そこの神経回路の活動が予想外の音の情報を表現していることになります。

人のミスマッチ陰性電位誘発と同様に、コントロールのマウスと統合失調症モデルマウスに音を提示しました(図1A)。二光子顕微鏡によるカルシウムイメージング[6]により、大脳皮質の聴覚野での神経細胞の活動をカルシウム濃度の変化として画像化し(図1B)、コントロールのマウスと統合失調症モデルマウスを比較しました。大脳皮質において聴覚野は音の情報処理をする主要な部位です。

その結果、一番強い反応を示すのは高次聴覚野[7]の特に脳表面に近い部位(浅層)に存在する神経細胞であること、コントロールのマウスと統合失調症モデルマウスの間で比較すると、統合失調症モデルマウスの高次聴覚野浅層の神経細胞の強い反応が大きく減弱していることも分かりました(図1C、D)。このイメージングの実験から、逸脱音に特に強く反応する神経回路が聴覚野の特定の場所に存在すること、さらに統合失調症モデルマウスではこの神経回路の逸脱音に対する反応が低下していることが明らかになりました。

逸脱音のマウスへの提示と聴覚野でのカルシウム反応の図
図1 逸脱音のマウスへの提示と聴覚野でのカルシウム反応


A.人のミスマッチ陰性電位誘発と同じ音の提示方法。コントロールはランダムな高さの音、繰り返し刺激は同じ高さの音の連続、逸脱音はその前の繰り返し刺激とは異なる高さの音を提示する。

B.コントロールのマウスに、コントロール、繰り返し刺激、逸脱音を提示した際の大脳皮質聴覚野浅層の神経細胞のカルシウム応答。逸脱音に対して特に強い反応が見られる(反応の強さを示す白い部分が多くなっている)。

C.大脳皮質の低次聴覚野と高次聴覚野、浅層と深層の神経細胞それぞれでの逸脱音に対するカルシウム応答の強さをコントロールのマウスと統合失調症モデルマウスの両方で比較した。特に、高次聴覚野の浅層で強い反応がコントロールのマウスで見られる一方、統合失調症モデルマウスではこの反応が特に抑制されている(赤枠)。低次聴覚野の神経細胞ではコントロールのマウスと統合失調症モデルマウスとの間で優位な差はなかった。****はP<0.0001で有意差あり。

D.Cと同様のカルシウム応答を視床から大脳皮質の聴覚野に入り込む軸索(神経細胞から長く伸びた突起)について測定した。コントロールのマウスと統合失調症モデルマウスとの間で有意な差はなかった。

次に、高次聴覚野の中で逸脱音に反応する神経細胞の位置を確認したところ、逸脱音の検出(逸脱検出)をする細胞はお互いに近接してクラスターを形成していました(図2A)。このようなクラスターは高次聴覚野に特徴的で、低次聴覚野[7]では明確な細胞のクラスターは見つかりませんでした。さらにこの神経細胞のクラスターの活動は周囲の細胞と同期しており、強いシグナルを周囲に送ることができると想定されます(図2B、C)。重要な点として、統合失調症モデルマウスでは逸脱検出をする細胞は数が少なく、クラスター化も弱く、細胞間の活動の同期性も低下していました。

逸脱検出細胞の分布と機能的結合の図
図2 逸脱検出細胞の分布と機能的結合


A.逸脱検出細胞と音反応細胞(全ての音に同じように反応)の高次聴覚野における分布を示す。逸脱検出細胞は高次聴覚野の中心にクラスター化して存在する。これに対して音反応細胞はクラスター化が弱く、さらに統合失調症モデルマウスでもクラスター化は弱い。

B.神経細胞を同期性によって3分類し、それぞれのグループごとに逸脱検出の強さを比較したグラフを示す。特に細胞間の同期性が高い神経細胞で逸脱検出の反応は強く、この関係性は統合失調症モデルマウスには存在しない。**はP < 0.01で有意差あり。

C.Bと同様のプロットを逸脱検出の強さではなく、繰り返し音への順応の強さについて作成した。順応の強さは同期性とは関連しない。ns:「not significant(有意差なし)」の略号。

逸脱音に反応する神経細胞はその分布と活動の同期性に特徴があることから、この神経細胞群は遺伝子発現や他の細胞との接続にも特徴があると考えられます。この点を確かめるために、コントロールのマウスと統合失調症モデルマウスの大脳皮質の三つの領域(前頭前野[3]、体性感覚野[3]、聴覚野)の細胞を単離して、細胞ごとの遺伝子発現パターンを解析しました。その結果、大脳皮質の浅層に存在する3種類の神経細胞のうち、「Baz1a」という分子マーカーを発現する細胞が逸脱音を検出する細胞集団と重なること、さらにこのBaz1a陽性の細胞の数が統合失調症モデルマウスでは特異的に減少していることも分かりました(図3)。

1細胞レベルでの遺伝子発現解析の図
図3 1細胞レベルでの遺伝子発現解析


1細胞レベルでの遺伝子発現の解析を行い、特に大脳皮質の浅層の細胞集団に注目して、三つのグループに分類した(上段のマップ:細胞の発現マーカーにより、Adamts2陽性細胞、Agmat陽性細胞、Baz1a陽性細胞の3種類を区別)。さらにコントロールのマウスと統合失調症モデルマウスで、三つのグループごとに細胞数の比率を計算した結果を下段に示す。Baz1a陽性細胞が特異的に統合失調症モデルマウスで減少していた。

以上の結果は、聴覚野の浅層には分子マーカーの発現で区別できる神経細胞の集団がクラスターをつくっており、これらの細胞はお互いに強く結合して同期的に活動することで、聞こえた予想外の音の情報を増幅して発信していることを示しています。さらにこの細胞集団は統合失調症モデルマウスでは数が減少し、機能も低下していることで、聞こえた音に対する情報処理の障害の原因となっていることが示唆されました。


記事のポイント! 

私たちの脳は、周囲の音をただ聞くだけでなく、繰り返される音の中から「予想外の音」を自動的に見つけ出しています。今回の研究では、高次聴覚野の浅い部分にある神経細胞が集団となって活動し、予想外の音の情報を増幅していることが明らかになりました。音を聞き分け、意味づける脳の仕組みを理解するうえで注目される研究成果です。

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原文掲載元はこちら 

 https://www.riken.jp/press/2026/20260819_1/index.html

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