「自覚してから対処」では遅い! 認知症リスクにつながる加齢性難聴 デフリンピック開催記念メディアセミナー「スポーツから難聴を考える」レポート【前編】

「自覚してから対処」では遅い! 認知症リスクにつながる加齢性難聴 デフリンピック開催記念メディアセミナー「スポーツから難聴を考える」レポート【前編】

2025/7/8 柳本操=ライター

今年11月に開催される第25回夏季デフリンピック競技大会東京2025に先立ち、日本耳鼻咽喉科頭頸部外科学会は「スポーツから難聴を考える」と題したセミナーを5月26日に開催した。セミナーでは、デフリンピック競技選手である耳鼻咽喉科専門医の狩野拓也氏、認知症やフレイルと加齢性難聴について研究する和佐野浩一郎氏、桜井良太氏が、私たちが知っておくべき難聴についての最新の知見を分かりやすく伝えた。


デフスポーツ、聴覚障害について理解を深めてほしい


 今年11月15日から26日まで、聴覚に障害があるアスリートの国際総合スポーツ大会「第25回夏季デフリンピック競技大会東京2025」が開催される。100年以上の歴史を持つデフスポーツの祭典が日本で開かれるのは初めてのこと。日本耳鼻咽喉科頭頸部外科学会はデフリンピックの日本開催を広く知ってもらうこと、そして難聴についての知見を広めるべく「スポーツから難聴を考える」と題するセミナーを開催した。

 まず、生まれつき重度の難聴であり、耳鼻咽喉科専門医として勤務する傍ら、デフバレー競技選手としてデフリンピックに2回出場経験があり、今回も日本代表として出場予定の十全総合病院(愛媛県新居浜市)耳鼻咽喉科の狩野拓也氏が「難聴者・アスリート そして医師としての道のり」と題して講演を行った。

デフリンピックの日本代表に選ばれた十全総合病院 耳鼻咽喉科の狩野拓也氏。

デフリンピックの日本代表に選ばれた十全総合病院 耳鼻咽喉科の狩野拓也氏。


 デフリンピックとは、聞こえない人を意味する「デフ」と「オリンピック」を掛け合わせた言葉。デフリンピック出場条件は、以下のものだ。

  • 裸耳での良聴耳が55㏈以上である
  • 先天性・後天性・難聴の種類は問わない
  • 競技中は補聴機器を使用しない

 ㏈(デシベル)とは難聴の程度を示し、数字が大きくなるほど聞こえが悪いことを意味する。出場条件である55㏈は、「普通の声の会話が聞こえない程度」の難聴のことをいう。

 デフスポーツの競技ルールは健常者の競技ルールとほぼ同じだが、競技参加者は無音環境で競技するため、合図を送るときにはホイッスルの代わりにランプや旗、ライトなどで知らせることになる。

 狩野氏は生まれつき重度の難聴だったため、生後半年から両耳に補聴器をつけた。学習面ではハンディキャップを感じることがなかったが、医師として働き始めてから大きな壁に突き当たったという。

 「医療スタッフも患者さんも、マスクをしていると口元が見えず唇の動きが読めません。また、病院内で医療者はPHSでコミュニケーションをするのですが、予測も困難ですし、内容の把握に非常に苦労して、電話が鳴るたびストレスを感じていました」(狩野氏)

 聞こえの検査をすると、補聴器をつけた状態でも静かなところでは3割、騒がしいところでは1割程度しか聞こえておらず、残りの7~9割は予想をしながら生活していたことを知り驚いた。狩野氏は5年前に人口内耳手術を受け、現在はマスクごしの対話も院内電話も対応できるようになった。

 「医師の私ですらこのくらいの認識でした。難聴の当事者は自分が聞こえていないという自覚がないことが多くあります。難聴の原因はさまざまで、多様な対策が整っています。聞こえに不安を感じたら、ぜひ早めにお近くの耳鼻科で検査を受けてください」(狩野氏)

 セミナーの座長を務めた九州大学大学院医学研究院耳鼻咽喉科学分野教授の中川尚志氏も、「デフリンピックを契機に、まずは『聞こえ』について社会の注目が高まってくれることを願います」とコメントした。

 狩野氏は、デフスポーツを通じて伝えたいこととして、「デフスポーツを通して身近な人の聴覚障害についていま一度考えるきっかけにしてほしい。また、聴覚障害を持つ子どもたちのロールモデルとして、聴覚障害があっても生き生きと力を発揮する姿を広く伝えられればと考えています」と述べた。


生活に支障が出るほどの難聴、年をとるほど増える?

 続いて、「難聴医療におけるPasswayの課題と難聴への早期介入の重要性」というテーマで、東海大学医学部専門診療学系耳鼻咽喉科・頭頸部外科学領域主任教授の和佐野浩一郎氏が講演を行った。(編集部注:「Passway」とは「経路」「通路」の意味、ここでは専門医や情報へのアクセスを示す)

東海大学医学部専門診療学系耳鼻咽喉科・頭頸部外科学領域主任教授の和佐野浩一郎氏。

東海大学医学部専門診療学系耳鼻咽喉科・頭頸部外科学領域主任教授の和佐野浩一郎氏。


 和佐野氏の最新の調査では、70代で4分の1、80代では2分の1の人が「中等度難聴」であることが分かっている(図1)。中等度難聴とは、聞き返しや聞き間違いが増えて生活上のデメリットが出てくるレベルの聞こえにくさを指す。

「年齢とともに聴力は悪化していきます。世界一の高齢化率である日本は、2050年には高齢化率が約37%と予測されており、今後、聞こえの悪い人がさらに増えていくことが予想されます」(和佐野氏)

図1 わが国では80代の2分の1が生活に支障が出るレベルの難聴に

図1 わが国では80代の2分の1が生活に支障が出るレベルの難聴に
10~99歳の2万3860人の聴力データを分析し、聴覚障害の重症度で分類。80代前半では男女とも50%が中等度以上の難聴だった。(データ:Biomedicines. 2022 Jun 17;10(6):1431.)


 とはいえ、「聞こえづらくなる」ということとは現実的にどういうことを示すかについて、私たちはあまり想像しにくいものだ。

 人との会話が聞きづらくなる「コミュニケーション低下」はすぐに思い浮かぶが、それ以外にも、難聴になるとさまざまな問題や他の病気につながることが近年の研究により分かってきている(図2)。「社会的孤立やうつ・不安、転倒、労働機会損失など。なかでも認知症と難聴の関わりについて、重要なことが解明されつつあります」(和佐野氏)

図2 加齢性難聴を放置するとさまざまな病気や社会的問題のリスクが高くなる

図2 加齢性難聴を放置するとさまざまな病気や社会的問題のリスクが高くなる
(データ:和佐野氏発表スライドより)


難聴は認知症との関わりが強く、早めの対処が重要

 世界的にも認知症に関わる難聴のリスクが注目されている。認知症リスクを抑制するためにできることを明らかにするために、「認知症発症のリスクを高める修正可能なリスク因子」について解析している英国の研究グループは2024年、医学誌Lancetに最新の報告をしている。この報告では、「認知症との関連が最も強いのは、難聴と高LDLコレステロール値で、これらの因子を予防することで、それぞれ認知症の発症を7%ずつ予防することができる」と推定されている。

 和佐野氏らは、日本人単独でのリスク因子を算出し直したという(現在、論文投稿準備中)。「計算の結果、難聴は1位で、難聴は、中年期以降から高齢期にかけて認知症発症を遅らせることができる最大の因子であることが分かりました。ちなみに2位は、運動不足でした」(和佐野氏)

 難聴を予防、あるいは早期発見することで、認知症になるリスクを下げられる可能性がある――。ただし、和佐野氏は「難聴の割合と、それを自覚する人の割合にはかなりのギャップがある」という事実を指摘する。

 「聞こえに困ったら医師にかかればいい、と思っている人が多いかもしれません。しかし、今年米国で発表された興味深い論文では、自覚的な難聴は認知症発症と関連しないが、聴力検査の結果と認知症には有意な関連があることが分かりました。また、聴力検査の結果が軽度難聴から中等度以上の難聴、と程度が重くなるにしたがって発症率が増えていきました」(和佐野氏)

 つまり、聞こえないと自覚してからでは遅い可能性がある、ということだ。「聞こえないと思ってから病院に行くよりも、定期的に聴力検査を受けておき、必要と思われるタイミングで早期介入を行うことが認知症リスクを減らすためにも重要です」(和佐野氏)

 加齢性難聴が身体活動に与える影響について研究する東京都健康長寿医療センター研究所専門副部長の桜井良太氏の研究(詳しくは後編)では、「難聴の自覚がない難聴者ほど、認知機能、歩行速度がともに低くなる」ことも分かっている(図3)。

 難聴を放置すると、認知症はもちろん、身体機能の低下リスクも高くなっていく可能性がある。

図3 難聴の自覚がない難聴者ほど、心身の機能が低くなる

図3 難聴の自覚がない難聴者ほど、心身の機能が低くなる
高齢者の難聴の自覚と、認知機能、身体機能、精神機能への影響を調べた。高齢者696人を対象に聴力を評価し、正常聴力(25dB以下)、軽度難聴(25dB超40dB以下)、中等度難聴(40dB超70dB以下)の3段階に分け、認知機能、歩行速度、抑うつ症状を評価した。その結果、難聴の自覚がない中等度難聴の人は、自覚のある人と比較して認知機能と歩行能力が有意に低下していた。(データ:Arch Gerontol Geriatr. 2023 Jan:104:104821.)


適切な補聴器を選べていないとどうなるか

 「年齢とともに進行する加齢性難聴が発見されても適切な対策があり、補聴器、さらに人工内耳の手術という方法があります」(和佐野氏)

 「補聴器をつけてみたけれど聞こえが良くならない」という周囲の声を聞いたことがあるかもしれないが、これはわが国の大きな問題点だ。海外の多くの国では医療機関でプロの医療者が聴力検査と補聴器の処方を行い、リハビリテーションとして調整を進めていくという方法がとられている。一方、わが国では補聴器をメガネ店などで手軽に購入できる仕組みがあるため、十分な調整が行われていないという実態がある。

 「適切に調整されていない補聴器に対する満足度が低いために、“医者に行ってもしょうがない”という空気ができているのは非常に残念なことです。聴力は、低い音から高い音まであり、音域により聞こえる音量が決まってきます。聞こえない部分の音を持ち上げるいっぽう、聞こえる部分まで持ち上げてしまうとうるさくなるので適切に下げる、というふうに、周波数ごとにどのぐらいの出力を入れるかどうかの微妙な調整を聴力検査の結果に応じて行っていきます。補聴器の相談にしっかりのることができる『補聴器相談医』は全国に約6000人います(*1)。補聴器相談医である耳鼻科医のもとで適切な補聴器を処方してもらってください」(和佐野氏)

*1 日本耳鼻咽喉科頭頸部外科学会「補聴器相談医名簿」 Webページを開く


 なお、もしも補聴器相談医がアクセスの良い場所に見当たらない場合は、「認定補聴器技能者」を掲げる販売店であれば、耳鼻科との連携があり、医師から情報提供書をもらうことも可能だという。

 ある程度難聴が進行すると、補聴器で音そのものが入っても、言葉の聞き取りがうまくできなくなってくる。「その場合は、手術で内耳の蝸牛という部分に電極を入れ、電気刺激を神経に直接伝えることによって音を届けることができます。人工内耳手術を受けた多くの方が、それまでは耳元で大きい声で話しても分からなかった状態から言葉を理解する機能を取り戻すという経験をされています」(和佐野氏)

 認知症に対しても、人工内耳を入れることによって介護状態が良くなる、コミュニケーションが改善するという報告が複数あるという。「もともと聞こえていた生活であったのに聞こえなくなるとフラストレーションがたまるものです。ぜひその思いを医師にぶつけていただき、もっと聞こえたい、と相談をいただければ医師もしっかりとお応えしていきます」と和佐野氏は呼びかけた。

 後編では、「難聴が身体活動やフレイルにどのように影響するか」について、研究により明らかになってきたことを紹介していく。


狩野拓也(かのう たくや)氏


十全総合病院耳鼻咽喉科
狩野拓也(かのう たくや)氏2017年、高知大学医学部卒業。初期研修後、2019年に愛媛大学耳鼻咽喉科頭頸部外科入局。愛媛大学医学部附属病院、聖光会 鷹の子病院、松山赤十字病院勤務を経て2025年4月より現職。中学1年生よりバレーを始め、大学6年生の時、成人国体選手高知県選抜選手として2017年愛媛国体四国予選に出場。2017年 第23回夏季デフリンピック競技大会トルコサムスン大会7位入賞、2022年 第24回夏季デフリンピック競技大会ブラジル大会 8位入賞。第25回夏季デフリンピック競技大会東京2025に出場予定。


和佐野浩一郎(わさの こういちろう)氏


東海大学医学部専門診療学系 耳鼻咽喉科・頭頸部外科学領域 主任教授、東海大学医学部付属病院 感覚器疾患センター長
和佐野浩一郎(わさの こういちろう)氏2003年、慶應義塾大学医学部卒業後、同大学医学部耳鼻咽喉科入局。関連病院にて研修後、2010年4月、慶應義塾大学医学部耳鼻咽喉科助教。2012年4月、静岡赤十字病院耳鼻咽喉科 副部長、その後部長。2016年米国ノースウェスタン大学耳鼻咽喉科聴覚研究室へ留学。2018年独立行政法人国立病院機構東京医療センター 臨床研究センター 聴覚平衡覚研究部 聴覚障害研究室 室長。2022年4月 東海大学医学部耳鼻咽喉科・頭頸部外科 准教授、2025年4月より現職。


桜井良太(さくらい りょうた)氏


地方独立行政法人 東京都健康長寿医療センター研究所 専門副部長
桜井良太(さくらい りょうた)氏首都大学東京(現東京都立大学)人間健康科学研究科修了後、早稲田大学スポーツ科学学術院・日本学術振興会特別研究員、カナダ・ウエスタンオンタリオ大学研究員を経て2017年より現職。2015年アメリカ老年医学会優秀若手研究者賞、2019年日本老年医学会優秀若手研究者賞などを受賞。


リンク先は日経グッデイというサイトの記事になります。


 

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