吉田 英司 : 日本医師会認定産業医、心療内科医
2025/07/08 8:30

引退後の生活の質を保つためにも、今から認知症予防に取り組みましょう(写真:8x10/PIXTA)
まだまだ解明されていない部分も多い認知症。ただ、認知症の中でも明確に予防できるタイプのものがあるといいます。産業医・心療内科医の吉田英司さんの著書『一生健康に働くための心とカラダの守り方』から一部抜粋・再構成のうえ、今から取り組める認知症予防についてお伝えします。
まだまだ解明されてないアルツハイマー型認知症
認知症の原因で、一番多いのはアルツハイマー型認知症であることはご存じでしょう。事実、認知症のうち、6〜7割はアルツハイマー型認知症と言われています。
アルツハイマー型認知症とは、脳の神経細胞が徐々に損傷を受け、死滅することによって、記憶や思考、判断力などの認知機能が進行的に低下する病気です。
進行すると日常生活に支障をきたす病気で、認知症のうち最も一般的なタイプです。
ただし、アルツハイマー型認知症の原因は、完全には解明されていません。
従来はアミロイドβと呼ばれるたんぱく質が蓄積し、脳の神経細胞を損傷させることが原因と言われていましたが、現在でもアミロイドβが認知症の「原因」なのか、それとも「結果(認知症になることで蓄積している)」なのかについては議論が続いています。
現在もアルツハイマー型認知症の原因について研究は進んでいますが、特定の要因が単独で病気を引き起こすのではなく、複数の要因が複雑に絡み合って発症すると考えられています。また、遺伝的要因と環境的要因が相互作用する可能性も示唆されています。
つまり現時点では、アルツハイマー型認知症については、まだまだわかっていないことが多いのです。
そのため、予防に関しても、脳血管疾患の予防と同様に、生活習慣に気をつけることが主な対策として推奨されています。具体的には、健康的な食生活、定期的な運動、社会的なつながりを持つ、頭を使う活動、生活習慣病の管理などが勧められています。
明確に予防できる認知症の種類
しかし、認知症の中で明確に予防できるものがあります。それは血管性認知症です。
血管性認知症とは、脳卒中や脳の血流障害が原因で発生する認知症です。
血管性認知症は、認知症患者の15〜20%を占めると言われています。
脳内の小さな血管の損傷も発症に関与しており、画像検査ではわからない程度の血管の詰まりや破れも影響しています(小さな血管の損傷については後述します)。血管の詰まりや破れなどの現象が起こると認知症の症状が急に悪くなり、しばらく経つと症状が変化せず安定する、悪化と安定の時期を繰り返します。
そのため血管性認知症の症状は、段階的(急に悪くなる時期と安定している時期を繰り返す)に進行することが特徴です。
大きな脳卒中後は、小さな血管の詰まりの場合よりも、さらに急激に認知機能が低下します。
その後の経過は、安定期(新たな血管障害が発生せず認知機能が一定の状態を維持している期間)と低下期(新たな脳梗塞や脳出血を起こし、特定の認知機能の低下が目に見える形で現れる期間)を繰り返すことが多いです。
血管の詰まりや破れの部位により、発生する症状に違いがあります。注意力・集中力の低下、実行機能障害(計画を立てたり、物事を順序よく進めることが難しくなる)、感情の変化(抑うつ、不安、攻撃性や怒りなど)など、さまざまな症状が起こります。
認知症の中でも血管性認知症は、生活習慣の改善により予防できます。
想像してみてください。皆さんの脳の血管では、微小なものは常に詰まったり破れたりしている可能性があります。
その部位が多いのか少ないのか、仮に詰まってもすぐに修復できるのか、機能を代替できるのか、が日々の生活の中で起こり続けているわけです。
小さな血管が詰まっても修復するのは、線溶系と呼ばれるメカニズムによるものです。
血液の中には血液を固める成分と、固まった血液を溶かす成分が含まれています。小さな血管が詰まりそうになった時は、溶かす成分が働き、小さな血栓を溶かして血流を維持しています。
また、機能を代替するというのは、小さな脳梗塞が起きても近くの部位の脳が適応して新しい神経回路を形成し、その機能を行うことができることを指します。
線溶系の機能が正常に働くためには、また脳梗塞の近くの原因となった部位とは別の脳の部位が機能を代替するためには、生活習慣病の予防が重要です。
現在では70歳まで働くことは一般的になりましたが、70歳以降も仕事ができる脳を保っておくために、今から血管性認知症の予防を意識づけましょう。
円滑なコミュニケーションを支えるのは健康な脳機能
昨今では単純作業はシステムに代替されることがほとんどで、人間が行う複雑な作業はヒト同士の調整であったりします。その業務で一番大切になるのは、感情の制御やコミュニケーションです。
例えば調整において、顧客と自社内の他部門との希望が相反することは起こりがちです。双方の現実的な利害や感情を踏まえながら調整をするためには、自身の感情を制御しながら丁寧なコミュニケーションを行う必要があります。
アルツハイマー型認知症でも血管性認知症でも、前頭葉や帯状回に影響が出る可能性は大いにあります。
前頭葉は感情の制御や自己抑制に関する部位であり、帯状回は感情や注意力の調整に関与する部位です。
60歳を超えて働くうえで最も大切なのは、周囲と円滑にコミュニケーションが取れるかどうか、つまり一緒に働きやすい人でいることです。
なぜならば、周囲の人は年上の人に対して敬意を持って接し、会社の先輩として立てる意識があるため、業務上で意見が違っても率直に伝えづらい、といった現実があるからです。
その時に「あの人はすぐに怒るから、あまり意見を言わないでおこう」と思われるのか、「コミュニケーションが円滑に取れる人だから、相談ができてこちらも助かるな」と思われるのかによって、本人も周囲も気持ちよく働けるかどうかが決まります。
円滑なコミュニケーションを取ることは、長く働くうえで重要な要素の一つです。そして、それを支えるのが健康な脳機能です。
アルツハイマー型認知症や血管性認知症を予防することで、認知機能を維持し、周囲から「一緒に働きたい」と思ってもらえて、健康に働き続けることを目指しましょう。
<対策>
血管性認知症は予防可能。生活習慣の改善により脳の血管を守り、将来も一緒に働きたいと思われる人材でいよう。
「難聴」は認知症の危険因子のひとつ
好きなミュージシャン、推しが歌う楽曲は何度聴いてもいいものですよね。聴けば聴くほど心地よくなってきますし、ライブでその曲が少しアレンジされて演奏されると、心が湧き立つ思いで興奮度が上がっていきます。
通勤時間や仕事中、場合によっては余暇の時間のほとんどを、ヘッドホンを装着して過ごしている人もいるでしょう。
ここでは、音楽を長く楽しむために、ヘッドホンやイヤホンでの音楽鑑賞で気をつける点をお伝えします。
健康診断の聴力検査の結果でまず注意すべきなのは、前年から大きく変化していないかどうかです。聴力に変化があれば、それに関わる病気の可能性があるからです。
また年齢とともに、高音域の聴力低下が発生する変化もあります。
聴力に関しては、4000㎐の高音域の聴力低下は騒音難聴と言われ、昔であれば工場での機械の音など、職場の騒音が原因となっていることも少なくありませんでした。
現在ではヘッドホン、イヤホンを着けて大きな音量で音楽を聴くと、工場での騒音などと同様に、騒音難聴を起こすことが知られています。
難聴はそれだけでも日常生活が不便になるものです。
しかし、難聴を予防する必要があるさらに大きな要因は、難聴は認知症の発症率を約2倍増加させることです。
ランセットという、医学会で権威のある雑誌で発表された論文では、認知症の危険因子がいくつか挙げられていますが、「過度のアルコール消費」や「喫煙」「うつ病」とともに「難聴」が挙げられています。
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そして認知症における難聴の危険度は、高LDLコレステロールと並んで関連性が最も高いとされています。
難聴になると、会話やコミュニケーションが困難になり、社会活動への参加が減少し、孤立するリスクが高まります。孤立や社会的なつながりの欠如は、認知機能の低下を招く要因です。
また難聴により聴覚からの情報入力が減少すると、脳の聴覚野を含む特定の領域の活動が低下します。すると、脳のネットワーク全体の活動の減少につながり、認知機能が低下する可能性が高まります。
難聴につながらない音楽の聴き方
それでは、難聴につながらないような形で、好きな音楽を楽しんで聴く方法はないのでしょうか。
WHO(世界保健機関)は、難聴を予防する安全な聴き方として、ヘッドホンやイヤホンを着け、80㏈(走行中の電車内くらいの音量)で、1日5時間程度までの使用を推奨しています。
人によっては「時間が足りない!」と思うかもしれません。その場合は、ノイズキャンセリング機能を使って、音量を下げるようにしましょう。
ビジネスパーソンとして、また引退後の生活の質を保つためにも、音楽の聴き方に気をつけましょう。
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吉田 英司 日本医師会認定産業医、心療内科医
よしだ えいじ / Eiji Yoshida
株式会社ベスリ代表取締役。研修医修了後に、外資系経営コンサルティングファームのベイン・アンド・カンパニーに参画。主に、中期計画の策定、新規事業戦略、事業再建などのテーマでコンサルティングを約3年経験。トップマネジメントに向けた戦略の立案と共に、現場社員への実行支援に精力的に取組む。その後、シャープ、ルネサス エレクトロニクス、上場外資IT企業、外資化学メーカー、東京オリンピックパラリンピック組織委員会などで産業医を歴任し、社員個人の健康支援だけでなく、全社的な健康経営や健康施策の立案と推進を行う。産業医や心療内科医として働くかたわら、日本のビジネスパーソンの可能性を最大化するために株式会社ベスリを設立し、企業の産業保健活動支援やリワークでの復職支援を行なっている。
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