叔父はツアー1勝プロ 日大でプロ目指す19歳がデフリンピック代表に 補聴器を外して出会った聴覚障がいゴルフの世界

叔父はツアー1勝プロ 日大でプロ目指す19歳がデフリンピック代表に 補聴器を外して出会った聴覚障がいゴルフの世界

2025.11.14
加藤ジャンプ(文筆家)

11月15~26日、「第25回夏季デフリンピック大会東京2025(略称:東京2025デフリンピック)」が開催される。ゴルフ競技日本代表として大会に臨む19歳・辻結名(つじ・ゆうな)選手に話を聞いた。


「デフゴルフの大会に出場するようになって、デフの自覚が強くなったと思います」


 もうすぐ、デフゴルファーの躍動が東京で見られる。

【写真】これが辻結名選手のプロフィール写真と、もう一人の女子代表・中島梨栄選手です

 11月15日、日本で初めてデフリンピックが開幕する。「デフリンピック」とはデフとオリンピックの造語だ。デフ(Deaf)とは耳が聞こえない、という意味である。つまりデフリンピックとは「聞こえない人、聞こえにくい人」のオリンピックのことだ。

 1924年に第1回大会がパリで開催された。それから100周年にあたる今年、東京で「夏季デフリンピック競技大会 東京2025」(デフリンピック東京2025)が開催される。大会史上初めてゴルフが正式種目に採用され、日本からは男女合わせて5人の代表選手が出場する。会場は江東区の若洲ゴルフリンクス、競技日程は18~21日である。

 2人の女子代表のうちの1人、辻結名選手はチーム最年少でまだ大学生だ。いま日本大学のゴルフ部に所属して、勉学に励みながらプロを目指して練習の日々を送っている。

 そして辻選手は、聞こえる人のゴルフと聞こえない人のゴルフの両方を知っている。

デフリンピック東京2025代表の辻結名選手 写真提供:つなひろワールド

デフリンピック東京2025代表の辻結名選手 写真提供:つなひろワールド

 デフリンピック出場の条件には以下の2つがある。

1)「ほちょう器」などを外した状態で、きこえる一番小さな音が55dBを超えており、
2)各国の「ろう者スポーツ協会」に登録されている選手で、記録・出場条件を満たしている人(東京2025デフリンピック公式HPより)

 デフゴルフの大会では補聴器を使用することはできない。当然、デフリンピックのゴルフでも補聴器は外す。

 辻選手には先天的な聴覚障がいがあり、日常的に補聴器を使っている。補聴器を使えば会話ができる。練習の合間に話を聞かせてくれた辻選手だが、そのときも手話通訳を介することもない。

「家族も私以外は聞こえます。だから、私はまだ手話もできません」

 叔父がツアー優勝の経験もあるプロゴルファーの小林伸太郎で、実母がそのマネージャーという環境もあり、幼い頃からゴルフに親しんできた。本格的に取り組み始めたのは10歳の頃。以来、プロを目標に練習に励んできた。

 高校3年時からプロテストには挑んできたが、まだ合格には至っていない。そんななか、デフゴルフの世界があることを知った辻選手は、二足のわらじを履くことにする。デフゴルフの試合に出場するようになって、辻選手は初めて補聴器を外してプレーをするようになった。打音は、ゴルファーにとって自身のプレーの良し悪しを見きわめるための大切なファクターともいわれるが、

「たしかに補聴器をしていると風の音もすこし聞こえます。デフゴルフの試合では補聴器を外すので、ほとんど聞こえません。ただ、もともとそこまで聞こえていたわけではないし、実際に補聴器を外してみても、あんまり変わったという実感はなかったんですよね。たぶん、以前からそうした音にはあまり頼っていなかったんだと思います。音はしないけれど、芯に当たったときの打感はしっかりあるし、ほんとうに聞こえるときとの差はほとんど感じてないです」
 
 デフゴルフの世界にも足を踏み入れた辻選手は、初めて出場した「世界デフゴルフ選手権」(2025年8月、オーストラリア)でいきなり3位入賞を果たした。さらに、その1カ月後に岡山で開催された「第27回 日本デフゴルフ選手権大会プルデンシャル生命CUP」で堂々優勝し、晴れて東京デフリンピック代表選手の座を勝ちとった。

「デフゴルフの大会に出場するようになって、デフの自覚が強くなったと思います。補聴器をしている人もいないし、みな手話でコミュニケーションしています。世界デフゴルフ選手権では、世界のデフゴルファーとプレーして、さらに世界が広がった気がします。同い年で通常の大会にも参戦している人にも出会って刺激的でした。デフゴルフの世界に飛び込んだから、手話にもトライしたいと思うようになったんだと思います」

 

「デフの人と聞こえる人がもっと一緒にプレーすることにつながるように」

 いきなりデフゴルフ界のトップに躍り出た辻選手だが、もちろん通常のゴルフのキャリアも今後追求していくという。通常の試合とデフゴルフの大会と、日程をやりくりしながらどちらにも出場する。もちろん練習内容はどちらの大会に出るにしても変わりはない。週に3日はラウンドし、

「これからも通常の試合とかぶらない範囲でデフゴルフの試合に出場していきます。そこに懸ける思いの比重は完全にフィフティー・フィフティーといったところです。どちらの試合に出るにしても、課題はドライバーの飛距離アップだなと思っていて、いまはそこを重点的に練習しています」

デフリンピック東京2025代表の辻結名選手 写真提供:つなひろワールド

デフリンピック東京2025代表の辻結名選手 写真提供:つなひろワールド


 ただ、デフゴルフの試合に出場するようになって、すこし変わったこともあるという。

「集中力が上がったみたいなんです。周りを気にせず、打感をしっかり感じ取るようになりました。たしかにデフリンピック東京の試合がおこなわれる若洲ゴルフリンクスは海の近くで海風が強い会場です。風の音が聞こえないと、強風でもあまり強い風じゃないように思ってしまうこともあります。そのあたりは集中力でカバーしたいですね」

 そうすれば結果はついてくる。もちろんデフリンピック東京2025での目標は「メダル獲得」だ。それがデフ競技とデフ全体の理解を深めるきっかけになると考えている。その「媒介」として、ゴルフは重要だとも考えている。

「耳が聞こえにくい私がデフゴルフと通常のゴルフを行き来することで、デフの人と聞こえる人がもっと一緒にプレーすることにつながるように思うんです。実際、どちらの試合にも出るようになって、ゴルフって平等なスポーツだなって、あらためて思いました」

 ゴルフがつなぐ二つの世界……いや、もともと世界は一つ。ただ、人は知らず知らずのうちに壁をつくっている。そんな壁をとりはらう力がゴルフには、きっとある。

取材・文/加藤ジャンプ

文筆家。絵。”コの字酒場”命名者。コの字酒場探検家、ポテサラ探求家、ソース研究家。BS日テレ『ロビンソン酒場漂流記』原案エッセー連載中。ANA『翼の王国』『手仕事を訪ねて』。BSテレ東『今夜はコの字で』原作者。テレ東『二軒目どうする?』出演。著書『コの字酒場はワンダーランド』ほか。

【写真】これが辻結名選手のプロフィール写真と、もう一人の女子代表・中島梨栄選手です


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