公開日:2026年6月9日 14:22更新日:2026年6月9日 14:25
耳が聞こえない大学生・平里と、おせっかいな手話通訳の学生バイト・嶋が、「笑われる」のではなく「笑わせる」漫才師を目指す漫画『ローワライ』(講談社)が話題を集めている。障害を特別視したり、安易な感動物語に寄せたりせず、コンビの漫才がしっかり面白い。「音が出ない漫画だからこそ描ける表現を目指した」と語る、漫画家の雪野朝哉さん(27)に、漫画制作への思いを聞いた。
ゆきの・あした 札幌市出身、在住。2022年に公務員を辞めて漫画家に転身した。第92回ちばてつや賞ヤング部門優秀新人賞を受賞した『ローワライ』が2025年5月に「ヤンマガWeb」(講談社)のX(旧ツイッター)アカウントから読み切り漫画として公開されると、いいね数20万を超える反響を呼んだ。その読み切りを長編にして、2026年にヤングマガジンで連載デビュー。
(1)音を出せない漫画だからこそ
―聴覚障害者がお笑いに挑む作品を描こうとした経緯は?
雪野 新人にはいくつか読み切りを描く段階があって「漫画にしかできないことをやりたい」というチャレンジを自分に課したんです。逆算して、漫画じゃできないものは何かと考えたら「物理的に音を出すこと」なんですよね。それで主人公は耳が聞こえない人、というアイデンティティーができました。読者も音は聞こえないので、音が聞こえないところをリンクさせた作品を描けたら面白いかなと思いました。読み切りでやりたいなと考えていた20~30個くらいのテーマの一つに、お笑いがあって。組み合わせたら面白くなりそうだなと。
―フィクションだとしても、聴覚障害は丁寧な描写が求められるテーマだと思います。
雪野 描くにあたって当事者に取材はしていません。ただ、大学生の時にアルバイトしていた放課後等デイサービスで、聴覚障害と発達障害がある子たちとの関わりがありました。また、友人の家族に聴覚障害のある方がいらっしゃって、日常会話を通じて聴覚障害のある人たちが見ている世界や困り事、ちょっとした笑い話についてある程度、感覚として知っていたところがあります。そういうものが下地になりつつ、基本的には想像力を働かせて描いています。
―作中で2人が披露する漫才が面白い。漫才のネタを作る難しさは?
雪野 2人が私の頭の中で勝手にいろいろしゃべってくれたり、漫才のネタも考えてくれたりするので、あまり悩みませんでしたね。よく言われる「キャラが勝手に動き出す」っていうやつですね。もちろんテンポを調整したり、間を入れたりとかはするんですけど、基本的には2人がしゃべってくれるので、私にとっては書きやすいです。
―フリップに書かれた文字や身ぶり、表情でボケる平里に、嶋がパワフルにツッコむ、従来にはないスタイルについては?
雪野 漫才も漫画でしかできないスタイルをやりたかったんです。フリップ芸にすることで、読者は頭の中で自然とセリフを読んでいくから、自分たちのテンポで漫才の流れを見られる。ただ、描く方としての難しさもありました。平里はフリップを持っているのでセリフの位置が固定されてしまう。そして相方の嶋は必ず向かって右側にいる。読者が読んだ時に、どっちがしゃべっているのか、どういう流れでセリフが動くのかを分かりやすくする必要があります。日常会話だったらカメラワークで動かせるんですけど、立ち位置が決まっている漫才は構図や見せ方の工夫が大変ですね。
(2)その辺にいるようなリアリティー
―もともとお笑いは好きだったのですか。
雪野 子どもの頃は「エンタの神様」とか「レッドカーペット」とか、テレビでネタ番組の特番を見るくらいでした。連載にあたって、M―1グランプリの敗者復活戦と決勝を2年分見て、ノートを取りながら分析をしました。ネタの内容というよりは、2人のスタイルを確立するための分析です。お笑いコンビは笑わせ方がそれぞれ違う。そういう傾向をまとめつつ、自分の作品の2人はどういうコンビなのか、どっちがボケでツッコミか、どんなスタイルなのかを固めていきました。平里と嶋のコンビ「ローワライ」は、フリップでもツッコミでも笑えるし、平里の挙動でも笑える。どれでもいける形を目指しています。
―主人公を特別視するのではなく、長髪にピアスを複数着け、障害をからかった相手には手話で“言い返す”普通の若者として描いている点が印象的です。
雪野 彼にとっては聞こえないことが普通のこと。特別な存在ではなく、あくまでも等身大の人間を描きたかった。その中で困難に向き合う場面も描きますけれど、基本的には日常生活を描いています。この世界のどこかに2人が実在していて、その辺の道を歩いているようなリアリティーを感じてもらえたらいいなと思っています。
―手話の吹き出しの形を描き分けるなどの工夫については?
雪野 平里と嶋は普通に会話していても、平里が普通の吹き出しでしゃべっているのはおかしいので、描き分けています。ただ、そこには気づかなくてもいいと思っています。意識的に違いを処理できなくても「なんとなく違うな」と感じてもらえれば十分で、ストーリーとしては問題なく読めるようにしています。気づいた人は「あ、そうか」となるし、考察する楽しさにもつながるのかなと思います。
―他に漫画表現として工夫していることはありますか。
雪野 2話の冒頭で、効果音とかセリフが一切ないシーンが10ページ続きます。あえて音がしない静寂のコマを並べて、読者に聞こえない世界を疑似体験してもらうねらいです。ただ、漫画って音をなくすだけだと読みにくくなってしまうので、どこに音を残すか、どこを抜くか、そのバランスは結構考えました。
(3)身に染みた当事者からの感想
―読者の反響で印象に残っているものは?
雪野 皆さんから好意的な意見をいただいていて、ありがたいですし、安心しています。読み切りの発表後に聴覚障害のある当事者の方が、音声合成機能を使って電話で編集部に直接感想を寄せてくださったんです。メールや手紙もある中で、あえて電話で伝えてくださったことが本当に身に染みました。ファンレターもいただいて、お菓子の缶に入れて大切にしています。
―漫画家を目指したきっかけは?
雪野 子どもの頃は漫画家になりたいと思っていたわけではなくて、公務員をしていました。仕事の最中に過労で倒れたことがあって、その時に「やりたいことをやって生きたい」と思ったのがきっかけです。もともと絵を描くことでストレスを発散していたんですけど、それができていなかったことに気づきました。絵を仕事にする漫画家を、本格的に目指すようになりました。絵柄的にも描きたい内容的にも青年誌。ヤングジャンプかヤンマガかで考えたときに、ヤンマガに行って、自分の実力で一番の雑誌にできたら面白いなという思いがありました。自由度が高くて、やりやすい環境でもあると感じています。
―今後の目標は?
雪野 時間をかけて漫画を描くので、社会や誰かにとって有意義な作品を描き続けたいです。自分の人生の使い道を考えたときに「やりたいことをやって死にたい」という思いがあります。「我が人生に一片の悔いなし」と言って死ねたらいいなと。漫画家なので、ペンを握ったままでも本望です。
記事のポイント!
漫画『ローワライ』は、耳が聞こえない大学生と手話通訳の学生バイトが漫才師を目指す物語です。作者の雪野朝哉さんは、音を出せない漫画という表現の特性を生かし、読者自身も「音が聞こえない」状態と重なる作品づくりを目指しています。障害を特別視したり、感動物語に寄せたりするのではなく、等身大の若者として主人公を描いている点も印象的です。フリップ、手話、表情、静寂のコマなどを通じて、漫画ならではの笑いと聞こえ方の違いを表現していることが伝わります。
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