
高齢者の難聴を改善するための新たな「聴覚リハビリテーション」が、各地の医療施設で広まり始めた。補聴器の調整と、言語聴覚士が話す文章を繰り返して言う「文章追唱訓練」が柱。言葉を理解する脳の情報処理能力が向上し、「集中して聴けるようになった」「孫と会話できる」など効果を実感する声が出ているという。(五十住和樹)
6月下旬、川崎市の帝京大医学部付属溝口病院。言語聴覚士三瀬和代さん(49)が、机を挟んで約1メートル離れ、補聴器を着けた女性患者(79)と向き合っていた。
「脳の中の情報を」「作業記憶を高めるものです」…。三瀬さんが文章を一~三つほどの文節に区切って読み上げ、女性がおうむ返しに繰り返す。正しく追唱できるまで反復する。スピーカーで雑踏音を流した状態でも訓練した。約15分行った後、認知症の予防という読み上げた文章のテーマについて会話を重ねた。
女性は耳鳴りがあり、「テレビの音が聞こえないから」と4月から週1回の訓練を始めた。「娘や孫との会話で聞き返しがなくなった」と手応えを語る。
補聴器を使った「聴く」スキルと「言葉を理解する」スキルを高め、コミュニケーション能力を高めるのが目的で、三瀬さんらが2019年に体系化した。「患者と言語聴覚士が交互に話す訓練は実際のコミュニケーションに近い。注意を向けて聴き取り、理解する過程を含んでいて、脳の情報処理能力を高める。患者の能力に合わせて個別に対応できるのも利点」と話す。
実際には、改善が見込めて意欲的に取り組める人に対し、医師がまず聴力検査を含めて診察。補聴器は認定補聴器技能者が利用者の状況に応じて聞きやすさを調整し、無料で貸し出す。文章追唱訓練では、言語聴覚士が口の動きを隠したり、声の大きさや明瞭度、速さや雑音の有無などの条件を変えたりして原則3カ月間続ける。このリハビリは医療保険が適用される。
年齢とともに聴力が落ちる加齢性難聴は認知症の危険因子。聞こえる言葉が不明瞭で断片化している可能性があり、特に雑音がある中での聞き取りが難しくなる。補聴器で音量を大きくできても、音の高低や速さへの対応は難しい。
聞こえないので自分から一方的にしゃべったり、どうせ聞こえないと黙っていて会話に反応できない習慣がついてしまったりする人も多い。文章追唱訓練は、このような不適切な習慣を正す効果も期待できるという。周りの音の中から必要な情報を選び取り、持続的に注意して聴き、文脈や知識などに照らして正しく理解することにつながるためだ。
三瀬さんらは21年に同病院の65歳以上の患者100人を対象に、訓練の前後で追唱率(1分当たりで追唱できた文節数、中央値)の変化を調べた。雑音なしでは訓練前の34.4文節から訓練後が40.4文節に、雑音ありでは32.2文節から37.2文節に増え、ともに改善がみられたという。
日本補聴器工業会(東京)の18年の調査では、難聴者の補聴器所有率は14.4%にとどまる。満足度を聞くと、3人に1人は「わずらわしい」などの不満を抱えており、専門家は補聴器の調整など体系的な聴覚リハビリが必要としている。
愛知医科大耳鼻咽喉科・頭頸(とうけい)部外科の内田育恵(やすえ)教授は「追唱は会話とは違う脳のルートを使っている。聴覚のリハビリにとどまらず認知トレーニングの効果を含む可能性がある」と指摘している。
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