ニュースや演劇、落語などさまざまな分野で、手話の可能性を探る親子がいる。那須英彰さん(57)と映里さん(29)=いずれも東京都。多くの人に「ろう文化」を知ってもらい、発展させたいと願う2人は「手話で世界が広がり、夢が広がる」と語る。

英彰さんは1967年、山形県で生まれた。2歳の時に高熱で聴覚を失う。学校では口話(口の形や表情、文脈から察知して対話する方法)が奨励されていた。手話は当時、社会的に言語として認められておらず、学校での使用を禁じられていたが、ひそかに練習を重ねて体得した。
「先輩たちが手話で話しているのを見て、情報量の豊かさに驚き、手話での会話が楽しくなった」。友人たちと手話でいかに面白く表現するかを競う遊びもしながら、手話に親しんだ。
青森大を卒業し一般企業に就職する一方、「日本ろう者劇団」のメンバーとして舞台俳優に。同じろう者の妻と出会い結婚した。映里さんが生まれた95年からは「NHK手話ニュース845」のキャスターとして活動し、映画や舞台にも出演している。
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生まれつきろう者の映里さんは、幼い頃から家庭で手話を中心にしたコミュニケーションを学んだ。那須家ではいくつかのルールがあり、指文字(指の形で文字や数字を表現する方法)は固有名詞など必要な時のみ使った。「絵本やテレビを見て、両親が手話で内容を説明してくれ、日本語の意味がつかめるようになった」と振り返る。
宇宙や考古学、怪談に興味があり、何でも質問する子どもだった映里さん。そのたびに英彰さんは、本人が納得するまで丁寧に手話で解説したという。家族で積極的にキャンプや旅行、美術鑑賞などに出かけ、自分で考える力を育てることも心がけた。
映里さんは5年前にデンマークに留学し、ろうの青年を対象にした国際的なリーダーシップ養成プログラム「フロントランナーズ」に、日本人として初めて参加。ろう者への差別解消にも取り組み、現在は「手話エンターテイナー」と称している。
22年には、聴覚障害になった青年がかつての恋人に再会する人気テレビドラマ「silent」に、ヒロインの友人であるろう者として出演。NHK「みんなの手話」への出演のほか、舞台や講演、手話の視覚的表現をアートとして見せるパフォーマンス「ビジュアル・ヴァナキュラー」にも挑戦している。
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親子は今年8月4日、福岡市内で講演会を開いた。福岡県の主催で、昨年制定した「福岡県手話言語条例」の意義をより知ってもらうのが狙いだ。
かつて、特別支援学校では手話が制限された歴史を踏まえ、同条例では「手話は言語」と明記。「意思疎通にとどまらず、豊かな思考と人間性を涵養(かんよう)し、知的かつ心豊かな生活を送るために無くてはならない文化的所産」と位置づけている。
講演では、英彰さん、映里さんそれぞれが手話との出合いや家庭教育、現在の活動などを紹介。親子ならではの自然なかけあいで会場を沸かせた。
「世界の人と交流しながら、笑いがあり、感動がある。広い世界に目を向けていきたい」。豊かな表情でそう語る映里さんを、英彰は温かなまなざしで見守っていた。 (平原奈央子)
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