東京都が芸術文化へのアクセシビリティ向上を発表。世界陸上・デフリンピックの開催を機に

東京都が芸術文化へのアクセシビリティ向上を発表。世界陸上・デフリンピックの開催を機に

東京都と公益財団法人東京都歴史文化財団が、今年11月に東京で開催されるデフアスリートのための国際スポーツ大会「東京2025デフリンピック」にあわせ、芸術文化へのアクセシビリティをさらに強化していく「オールウェルカムTOKYO」を推進する。障がいのある方などを含めた、誰もが芸術文化を楽しめる鑑賞サポートの取り組みを発表した。

 文・撮影=三澤麦(ウェブ版「美術手帖」編集部) 一部写真提供=東京都歴史文化財団

2025.9.12

オールウェルカムTOKYO記者懇談会・交流会より、「都立文化施設におけるアクセシビリティ向上の取組」説明の様子。登壇者は駒井由理子(アーツカウンシル東京 事業部事業調整担当課長) 写真提供=東京都歴史文化財団

オールウェルカムTOKYO記者懇談会・交流会より、「都立文化施設におけるアクセシビリティ向上の取組」説明の様子。登壇者は駒井由理子(アーツカウンシル東京 事業部事業調整担当課長) 写真提供=東京都歴史文化財団


東京都が芸術文化へのさらなるアクセシビリティ向上を発表

 東京都と公益財団法人東京都歴史文化財団が、障がいのある方などを含めた誰もが芸術文化を楽しめる鑑賞サポートの取り組みを実施。今秋東京で開催される、デフ(きこえない・きこえにくい)アスリートのための国際スポーツ大会「東京2025デフリンピック」(1115日~26日)にあわせ、芸術文化へのアクセシビリティをさらに強化してくことを発表した。

 東京都によるこの芸術文化へのアクセシビリティ強化は「オールウェルカムTOKYO」というキャンペーン名のもと推進される。東京都生活文化局長の古屋留美は、同取り組みの実施について次のように語った。「東京都は、都民が暮らしていくためのインフラとして文化をとらえ、振興事業を行っている。都が目指すのは、例えば、ろう者の体験を聴者と同じものにするといったことではなく、一人ひとりの鑑賞体験をサポートし、その人自身の楽しみかたができるよう橋渡しをすることだ」。

 記者発表では、「都立文化施設におけるアクセシビリティ向上の取り組み」「展覧会・公演等におけるアクセシビリティ向上の取り組み事例」が紹介されたほか、鑑賞においてどのようなサポートをしているかを実際に体験することができるよう、都立文化施設の「鑑賞サポートツール」を一堂に集めた展示も実施された。本稿ではその様子をお届けしたい。

都立文化施設におけるアクセシビリティ向上の取り組み

 東京都と東京都歴史文化財団では、これまでも都立文化施設において情報保障(*1)や鑑賞サポートの取り組みを実施してきた。また、今年も「東京芸術文化鑑賞サポート助成」を募集しているほか、展覧会や公演等における民間団体などの鑑賞サポートをさらに普及させるべく「2025 機運醸成枠」も新設されている。昨年上演された座・高円寺 での『夏の夜の夢』 『小さな王子さま』(2024年8月31日~10月12日)では、字幕タブレット貸出、上演台本の事前貸出、受付手話対応、アフタートーク手話通訳、手話字幕の監修などといった鑑賞サポートも行われてきた。

 そのような活動があったうえで、より充実したサポートに踏み切るべく、都立文化施設においては2023年度より情報をわかりやすいかたちで手元に届ける「情報サポート」、情報保障と環境を整えたプログラムを各施設で継続的に実施し、つねに開かれた状態とすることを目指す「鑑賞サポート」、そして芸術文化の担い手として関わりを持つ際の「参画サポート」といった3つのフェーズでその取り組みを実施。これらの整備を段階的に進めながら、今後すべての取り組みを並走させていくという。

 また、各館には昨年度より「社会共生担当」の職員が配置され、誰もが芸術文化を楽しめる環境づくりを担っている。社会共生担当は自身が勤める施設でのプロジェクト進行を行うほか、他館の担当とも定期的な情報共有を行っているそうだ。

オールウェルカムTOKYO記者懇談会・交流会より、「都立文化施設におけるアクセシビリティ向上の取組」説明の様子。登壇者は駒井由理子(アーツカウンシル東京 事業部事業調整担当課長) 写真提供=東京都歴史文化財団

オールウェルカムTOKYO記者懇談会・交流会より、「都立文化施設におけるアクセシビリティ向上の取組」説明の様子。登壇者は駒井由理子(アーツカウンシル東京 事業部事業調整担当課長)
写真提供=東京都歴史文化財団
*1──「情報提供の方法(情報保障)」、東京都福祉局。


展覧会・公演等におけるアクセシビリティ向上の取り組み事例


 記者発表内では、先述した「東京芸術文化鑑賞サポート助成」採択団体等によるアクセシビリティ向上の事例紹介も行われ、 エイベックス・ライヴ・クリエイティヴ株式会社と森美術館の各担当者らが登壇した。

 エイベックス・ライヴ・クリエイティヴ株式会社は、昨年サンシャイン劇場で上演された『燃ゆる暗闇にて』でアクセシビリティ支援を実施。聴覚に障がいのある来場者には、公演中の「手話通訳」やアプリを用いた「字幕サポート」「台本タブレットの貸出」を、視覚に障がいのある方には開演前の「舞台説明会」や「音声ガイドサービス」などを実施した。

 これらの取り組みは、障がいを持つ来場者からは「舞台上で起こっていることが伝わり、よりよく作品を味わえた」「(いままで)ミュージカルを見る機会はほとんどなかったのでありがたかった」といったポジティブなフィードバックがあったいっぽうで、上演中のタブレットの光漏れや一般来場者への告知タイミング、そして必要経費などといった課題も明らかになったという。

「展覧会・公演等におけるアクセシビリティ向上の取組事例」説明の様子。登壇者は池永 聡子(エイベックス・ライヴ・クリエイティヴ株式会社 制作事業本部)

「展覧会・公演等におけるアクセシビリティ向上の取組事例」説明の様子。登壇者は池永 聡子(エイベックス・ライヴ・クリエイティヴ株式会社 制作事業本部)


 森美術館では、2020年に着任した館長・片岡真実による「(森美術館は)体験とストーリーを重視する」「五感を刺激する実体験を提供し、それぞれの作品背景にあるストーリーや文脈もふくめて理解する」といったメッセージをもとに、「障害のある方に対してプログラムを実施する」のではなく、「様々なバックグラウンドのある人々が同じ場所に集まり、現代美術を楽しむ場所」を目指し、様々なラーニング・プログラムを展開。プログラムの名称も「サインツアー」「手話ツアー」などから「ラーニング」「アクセス・オンライン・プログラム」と変更し、垣根をつくらないプログラムの実践を継続的に行っているという。

 現在は、同館が世界各地のアーティストと実験的なプロジェクトを行う「MAMプロジェクト」において、アメリカ手話を第一言語とするクリスティーン・サン・キムの展示を開催中。今後、同館では、障がいを持つアーティストのサポートにも力を入れていくという。

「展覧会・公演等におけるアクセシビリティ向上の取組事例」説明の様子。オンライン登壇者は白木 栄世(森美術館 ラーニング・キュレーター)

「展覧会・公演等におけるアクセシビリティ向上の取組事例」説明の様子。オンライン登壇者は白木 栄世(森美術館 ラーニング・キュレーター)


様々な鑑賞サポートツールにも注目


 同日には、実際に都の文化施設で活用されている様々な鑑賞サポートツールも展示・紹介された。例えば、文法・言葉のレベルや文章の長さに配慮し、わかりやすく記載した「やさしい日本語によるガイド」が各館内で配布されている。これは海外にルーツを持つ方々のみならず、平易な文章や読みやすいレイアウトを好む方々の助けとなるものだ。

 また、東京文化会館では「やさしい日本語を活用した避難誘導ツール」が導入されており、薄暗い劇場内でも視認しやすいよう言葉や配色に工夫がなされている。

都立文化施設における「鑑賞サポートツール」の展示風景より、「やさしい日本語によるガイド①」

都立文化施設における「鑑賞サポートツール」の展示風景より、「やさしい日本語によるガイド①」

都立文化施設における「鑑賞サポートツール」の展示風景より、「やさしい日本語によるガイド②」「やさしい日本語を活用した避難誘導ツール」

都立文化施設における「鑑賞サポートツール」の展示風景より、「やさしい日本語によるガイド②」「やさしい日本語を活用した避難誘導ツール」


 作品の情報を音声や点字で伝える「視覚支援ツール」や、鑑賞中の音や光、人混みといった外部刺激に過敏な方でも安心して過ごすことができるような「感覚過敏ツール」も様々な種類のものが用意されている。最近では、公共施設や企業などでも「カームダウンスペース」(*2)を設置する動きが広まっている。

都立文化施設における「鑑賞サポートツール」の展示風景、「視覚支援ツール」

都立文化施設における「鑑賞サポートツール」の展示風景、「視覚支援ツール」

都立文化施設における「鑑賞サポートツール」の展示風景より、「感覚過敏ツール」

都立文化施設における「鑑賞サポートツール」の展示風景より、「感覚過敏ツール」


 「触察模型・触図」のクオリティや鑑賞での使用方法には驚かされた。江戸東京たてもの園のような野外博物館での鑑賞サポートは他館に比べて難しいのではないかと思われたが、対象の模型を触ることでその性質の理解促進につながるようなツールも用意されているようだ。

 また、東京都美術館東京都江戸東京博物館といった施設では、絵画に描かれるイメージやその印象を触覚で感じることができるよう、表面に凹凸やテクスチャをつけるなどといった印刷技術を駆使したツールも設けられており、視覚に障がいを持つ方ならではの鑑賞体験の工夫がなされていた。

都立文化施設における「鑑賞サポートツール」の展示風景より、「触察模型・触図」

都立文化施設における「鑑賞サポートツール」の展示風景より、「触察模型・触図」

都立文化施設における「鑑賞サポートツール」の展示風景より、「触察模型・触図」

都立文化施設における「鑑賞サポートツール」の展示風景より、「触察模型・触図」


 これらのサポートツールのなかには、常時貸出を受け付けているものもあるため、利用したい場合は、まず各館内にある総合受付に尋ねてみるのがよいだろう。

 「デフリンピック」が100周年を迎えるタイミングで東京開催となったのは、アクセシビリティ向上におけるよい機運だ。都の文化施設で前例が生まれることによって、この支援の輪の全国的な広がりが期待される。

*2──周囲の音や光、人混みなどでストレスが高まった際に、それらを遮断することで気分を落ち着かせることができる空間。


Information


オールウェルカムTOKYO
実施期間:2025年9月〜12月
公式ウェブサイト:https://awt.rekibun.or.jp/


Event


東京芸術文化鑑賞サポート助成
公式ウェブサイト:https://act-kansho.support/

 

リンク先は美術手帖というサイトの記事になります。


 

Back to blog

Leave a comment