田中 克典 : ケアマネジャー
2024/12/20 17:00

「年老いた親への恩返しで大事なのは、小さな心遣いを積み重ねていく"関わり方"」と語るケアマネジャーの田中克典氏は、同時に「関わりながら親の老いていく状態を把握し、受け止めることが、子の側には必要な心構え」と説きます。
そんな老親の健康管理の手助けをする際に気をつけたいポイントを、これまで40年以上にわたって福祉の仕事に携わってきた田中氏の著書『親への小さな恩返し100リスト』から、一部を抜粋・編集して紹介します。
「親のかかりつけ医」に会ったことはありますか?
私がケアマネジャーとして担当しているDさん(女性)は、いま96歳。耳が遠いくらいで持病もなく、ここ数年、風邪もひいたことがありません。Dさんみたいな"医者いらず"でいられたら家族も幸せですが、これは非常に稀(まれ)なケース。高齢になれば、身体のどこかに不調があり、定期的に医者の世話になる人がほとんどです。
入院や手術が必要な病気になれば、大きな病院に通うことになります。けれども、健康維持や生活全般に関して頼りになるのは、大病院の専門医ではなく、身近な診療所の総合医(かかりつけ医)です。
みなさんは、自分の親のかかりつけ医に会ったことはありますか? 「ない」と答えた人は親に付き添って、1度は面識を持ってください。
付き添ったときは、かかりつけの医師と親とのコミュニケーションを注視してください。高齢になると、自分の症状や要望をきちんと医師に伝えられないことがあります。医師の問診に対して、うまく説明ができていないと思ったら、家族が代弁してあげなければなりません。
その際、病気の症状だけでなく、たとえば「体重が減った(増えた)」「3日前に下痢をした」「食が細くなった」「もの忘れが多い」「熟睡できない」「階段を上がるのがしんどそう」「親戚が急死して精神的に落ち込んでいる」といった、親の日常に関する情報も医師に伝えるようにします。
病気とは関係のない「慢性的な腰痛」などの悩みも、相談すれば内科医でもシップなどの処方はしてくれます。
医師の指示を親が正しく理解できるかどうかも大事な点です。注意事項はメモを取るなどして、帰宅後に子からも念押しできるようにしておきます。親がすぐに忘れてしまうようなら、紙に大きく書いて目立つ場所に貼っておくといいでしょう。
親が定期的に通院しているなら、家族が毎回付き添えることがベストですが、離れて暮らしている子には対応が難しい問題です。
そういう場合は「なるべく付き添いたい」といったあいまいな返答はしないこと。
どれくらいの頻度で帰省しているのか、どの程度のケアをしているのか、将来的にどんな介護形態(引き取って同居、または施設入所等)を考えているのかなど、子の側の事情と意向もかかりつけ医に伝えておきます。
気をつけてあげたい、薬の「管理」と「飲み方」
子が頻繁に親の様子を見に来られる場合と、めったに帰省できない場合とでは、医師の指示も変わることがあります。家族を見て患者を差別することはないと思いますが、親孝行な子がいるとわかれば、医師の心証は決して悪くはならないでしょう。
親の世代には「お医者さんは偉い人」という認識が少なからずあります。子が言っても聞かないことでも、かかりつけ医から言われると素直に従うことも。たとえば「お菓子を食べすぎる」といった生活習慣も、かかりつけ医から注意をしてもらえば素直にあらためたりします。
医療は健康管理の"要(かなめ)"。親が医師や医療機関と上手につき合っていけるよう、しっかりサポートしてあげてください。
【薬カレンダーを用意する】
親が医師から薬を処方されているなら、"飲み忘れ"を気に掛けてください。ぜひやってほしいのは、「薬の見える化」です。
1回分(または1日分)の薬を小分けして管理する「薬カレンダー」は、壁掛け式やピルケース型など、いろいろなタイプが市販されています。朝、昼、夜、就寝前と、飲む薬が一目でわかれば、飲み忘れていないかどうか、親も自分の目で確認できます。
老いとともに薬の種類が増える人もたくさんいます。いつ、どの薬を、何錠飲むのか? 間違わないように家族が薬カレンダーに小分けしてあげれば安心ですが、離れて暮らしているなら薬剤師に役目を担ってもらう方法があります。
2016年に「かかりつけ薬剤師」が制度化され費用はかかりますが、指定した薬剤師には訪問指導を依頼できるようになりました。
薬の管理だけでなく、調剤薬局の時間外でも電話で薬や健康管理などの相談にのってくれますから、利用できる選択肢として考えておくといいでしょう。
【薬ゼリーを用意しておく】
続けて「薬」のお話です。高齢者に多い薬のトラブルに誤嚥があります。年齢とともに嚥下力(飲み下す機能)が低下し、口に入れたものが喉を通った後に食道ではなく気管に入ってしまうと、誤嚥性肺炎を引き起こす原因になります。
意外に思われるかもしれませんが、誤嚥しやすいのは食べ物よりも飲み物。食事のときも誤って気管に入りやすいのはみそ汁やスープなどで、ドラッグストアには水分の誤嚥を防ぐための「とろみ剤」も売られています。
その意味で、薬を飲むときの水も気を付けなければなりません。対策として有効なのが、市販もされている服薬ゼリーです。錠剤をゼリーで包み込み、スプーンですくって服用する服薬補助製品で、介護施設などでも広く使用されています。
服用する薬の種類が多い場合は、処方する医師に頼んで1回ごとの「一包化」を調剤薬局に指示してもらうといいでしょう。あらかじめ錠剤が取り出してあると、パッケージ裏面のアルミの切れ端を誤って飲んでしまうトラブルもなくなります。
病気になる前の「兆候」を見逃さないで
【電子血圧計を購入して計測と記録を促す】
親自身にも健康への意識を持ってもらうために、あるほうがいいと私が思うのが血圧計。家庭用の電子血圧計は、最近ではコンパクトで精度の高いものがたくさんあります。
1日数回、少なくとも朝と晩の2回は、血圧を測定することを親に促してください。大事なのは、測ったら「記録する」こと。おくすり手帳ほど一般的ではありませんが、病院や調剤薬局には「血圧手帳」を無料配布しているところもありますし、市販品もバリエーションが豊富です。
毎日の血圧を記録することが習慣になったら、親をホメることを忘れないでください。
数値を聞いたら、「最近、安定しているね」「この日は高かったけれど体調に問題はなかった?」と、あなたがいつも気遣っていることも伝えます。手帳に直接書き込むのもいいでしょう。
子のそういう態度が、親にとっても測定と記録を続ける励みになります。
衰えを感じ始めたら「歯科・眼科・耳鼻科」へ
【歯科・眼科・耳鼻科に連れて行く】
親自身が不調を訴えていなくても、「最近、衰えてきたなぁ」と感じ始めたら、なるべく早めに1度は歯科、眼科、耳鼻科へ連れて行くことをおすすめします。
「老化は歯から始まる」ともいわれます。痛くなったら行くのではなく、痛くなる前に行くのが歯科。痛みがなくても、固いものが噛めなかったり、入れ歯が合わなくなっていたりすると、食事の偏りや食欲の減退を招き、健康状態に直結します。
また、歯周病を患っていると、心疾患や脳梗塞のリスクが高まるという研究データもあります。検診を受けて、治すところは早期に治す。健康な歯と歯茎を維持するために、歯みがきの指導もお願いするといいでしょう。
目も顕著に老化します。視力の衰えは「視認性」の低下につながり、床のほこりやガラスの破片に気付かなかったり、段差を見落としたりする要因にもなります。
老眼は早い人で40歳くらいから始まります。近くのものが見にくくなったと、早くから老眼鏡を使用している人も少なくありませんが、老眼は進行します。親が老眼鏡を持っているなら、度が合っているかどうか、きちんと検査してもらってください。
高齢になれば白内障や緑内障の検査も必須です。白内障は手術で治る病気ですし、緑内障は早めの治療で進行を遅らせることができます。いずれも初期段階では自覚症状がほとんどない疾患ですから、検査を受けるきっかけは子がつくってあげてください。
「耳がよく聞こえない状態」は認知症にも悪影響
そして耳です。年をとって「耳が遠くなった」と高齢者が訴えるのは加齢性難聴(老人性難聴)の症状で、65歳を過ぎると増えてきます。
75歳を過ぎると7割以上の人が発症するともいわれますから、親の話し声が大きくなってきたり、「えっ、なに?」と聞き返す場面が増えたりしたら、耳鼻科で聴覚検査をしてもらうといいでしょう。
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ですが、残念ながら難聴の治療法はまだありません。対策としては補聴器をつけることになりますが、補聴器は介護保険が使えません。2万~3万円台の製品が販売されている一方で、耳鼻科の検査結果をもとに補聴器取扱店でオーダーメイドすると両耳で30万~50万円くらいします。
補聴器は「合わない」「雑音が気になる」といって使用をやめてしまう人もいれば、「音がクリアになって会話が楽しくなった」と喜んでいる人もいます。購入した機器の性能差もあるかと思いますが、耳がよく聞こえない状態は認知症が進行する一因になりますから、親が嫌がらなければ補聴器はつけたほうがいいのではないでしょうか。
高齢者の聴力は少しずつ低下していきます。高額な補聴器にはアフターケアとして音質や音量の調整ができるものもあります。後々のことを考えると、性能のいい補聴器を親に使ってもらうことは、決して高い買い物ではないのかな? という気もします――。
歯も、目も、耳も、老化を止めることはできません。親の生活状況を温かく見守りながら、定期的に検査や診察を受けさせることが、元気に長生きしてもらうために欠かせない恩返しになると私は思います。
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