障害者マーケットは日本のビジネスチャンスだ

障害者マーケットは日本のビジネスチャンスだ

世界では18.5億人、13兆ドルの市場が眠っている

垣内 俊哉 : 株式会社ミライロ代表取締役社長  2024/11/13 7:00

かつては20代以下の若年層を主な顧客としていたコンビニエンスストアのメインターゲットは、50代以上にシフトしました(写真:syogo/PIXTA)
かつては20代以下の若年層を主な顧客としていたコンビニエンスストアのメインターゲットは、50代以上にシフトしました(写真:syogo/PIXTA)


社会的意義があるからこそ、ビジネスとして儲け続けていく必要がある。そうした信念のもと、障害のある当事者からの目線で自社サービスを生み出したり、製品や施設の設計に改良のアドバイスを行うことで、成長を遂げている企業がミライロである。2010年に同社を設立した垣内俊哉氏も、骨が弱く折れやすい病気があり、幼少期から車いすでの生活を続けている。
本記事では、垣内氏の新著であり、ミライロの15年にわたるビジネスを描いた『バリアバリューの経営』より一部抜粋・編集のうえ、障害者マーケットが日本のビジネスチャンスとなる理由を解説する。

『バリアバリューの経営: 障害を価値に変え、新しいビジネスを創造する』
『バリアバリューの経営: 障害を価値に変え、新しいビジネスを創造する』(書影をクリックすると、アマゾンのサイトにジャンプします。紙版はこちら、電子版はこちら。楽天サイトの紙版はこちら、電子版はこちら)


障害者&高齢者マーケットが秘める可能性


バリアバリューの経営: 障害を価値に変え、新しいビジネスを創造する
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「〜しなければならない」や「〜すべき」といった捉え方は、障害者対応の特定の部分に着目しているにすぎません。その裏にあるポジティブな面にこそ、あらゆる企業がこの問題に向き合うべき理由と価値があります。

日本のさまざまな分野で成長の限界が指摘される中、障害者を含む多様な人の周りにはビジネス上のチャンス(機会)が潜在しているからです。

障害者の市場一つをとっても、ニッチマーケットとは呼べません。日本で暮らす障害者はおよそ1165万人(2022年、統計局HP)で、総人口の約9%に相当します。もちろん、考えるべきは障害者だけではありません。高齢者は人口の約29%、3歳未満の子どもは約2%です。

(出所)垣内俊哉『バリアバリューの経営』p.34。
(出所)垣内俊哉『バリアバリューの経営』p.34


前回記事の焼肉店の例に戻れば、車いす、ベビーカー、白杖を使用する視覚障害者、シルバーカー(手押し車)を使う高齢者などを見かけた店員が、「何だか面倒くさそうだから、やめておこう」と声をかけなければ、4割に近い見込み客を逃してしまうことになります。一消費者の周りにいる友人や家族を含めれば、その割合は優に5割を超えます。

市場の半分を最初から切り捨ててしまう企業と、取り込もうとする企業のどちらが優位か、答えは考えるまでもありません。

高齢者と障害者を一括りにしてよいのか、という疑問もあるでしょう。たしかに、年を重ねたからといって、すべての人の身体が不自由になるわけではありません。

しかし、高齢者と障害者では、必要なサポートや配慮、利用しやすい施設など重なる部分が多くあります。たとえば、聴力が低下した高齢者には、口の動きがわかるように正面から、はっきり話すと伝わりやすく、時には筆談が有効な場面もあります。これは聴覚障害者にも共通する対応です。また、転倒防止の手すりや段差解消のスロープは、筋力が低下した高齢者はもちろん、肢体不自由者にも同じように役立ちます。

むしろ高齢者は、不自由さのバリエーションという点で障害者を大きく上回ります。たとえば、私は歩くことはできませんが、見ることや聴くことは十分にできています。でも、この先、40年、50年と年を重ねれば、視力・聴力・筋力などの身体機能はだんだんと低下して、認知機能も衰えていくでしょう。

このように、さまざまな不自由さを同時に感じているのが高齢者で、高齢者のニーズは障害者のそれを統合した状態にあります。だから、高齢者へ配慮したサービスや商品は障害者への配慮にもつながり、その逆もまたしかりなのです。

(出所)垣内俊哉『バリアバリューの経営』p.35。
(出所)垣内俊哉『バリアバリューの経営』p.35


世界では18.5億人、13兆ドルの市場がある

高齢者や障害者を対象とするマーケットは拡大の一途をたどってい
ます。何しろ、先が見通せない時代といわれる中にあって、日本における高齢化と人口減少ほど確実な近未来はないからです。

言い換えれば、総人口が減り、高齢化に伴って世帯当たりの消費額も減少する環境下で、これまでと同じことを続けていては先細りを避けられません。そこで、マーケットの変化に合わせ、高齢者を対象とした市場開拓を行う企業が増えています。

たとえば、かつては20代以下の若年層を主な顧客としていたコンビニエンスストアのメインターゲットは、50代以上にシフトしました。それに伴い、シニア向けに品揃えや陳列方法を見直し、食事配達や買い物支援のサービスを拡充する動きが目立ちます。また、結婚や子どもの誕生をきっかけに、死亡保険金が一定の期間手厚くなるタイプに加入するケースが多かった生命保険市場では、長寿を視野に入れた商品が好調なようです。

高齢者市場が注目されているのは、数だけが理由ではありません。消費に対するスタンスそのものが若い世代とは異なり、消費離れが指摘される20代、30代を尻目に、中高年の消費意欲は相変わらず旺盛です。子どもの頃に高度経済成長を体験し、若いときにバブル経済を経験した現在の50代、60代は、経済状況が仮に少々厳しくても、趣味や普段の食事、国内旅行といった、日常の延長線上でささやかな贅沢を楽しもうとする意識が高いとされます。

どんな世代にも経済的に厳しい方はいて、そうした方々に寄り添い、支援しなければならないのは言うまでもありません。しかし、消費支出全体に占める高齢者の消費割合が、高齢化率を上回るペースで伸びているのは紛れもない事実です。

さらに言えば、高齢化は日本に限った事象ではありません。中国やインドも着実に高齢化への道を突き進んでいて、最後の人口爆発の地と呼ばれるアフリカですら、いずれは少子化が進むと予想されています。

それほど先を見通さずとも、現時点で18億5000万人の障害者が世界中で暮らしており、障害者とその家族や友人を合わせた購買力の総額は13兆ドルに達するとされています。控え目に見ても、障害者と高齢者のマーケットは世界規模の可能性を秘めています。

(出所)ROD「The Global Economics of Disability」(2020年)
(出所)ROD「The Global Economics of Disability」(2020年)


95%の企業はまだ取り組んでいない

マーケットの可能性を認識し、取り組み始めている企業はまだ多くありません。さまざまな人にとって使いやすいインクルーシブな製品やサービスを提供している企業の割合は、世界でもわずか5%程度とされています。裏を返せば、障害者や高齢者、そして将来そうなるかもしれない方々をターゲットとする市場は、競争相手の少ないブルーオーシャンといえます。

この市場の価値を十分に理解している代表的な企業としてアップルが挙げられます。iPhoneにスクリーンリーダーの機能(VoiceOver)があるのをご存じでしょうか。電子書籍やネットニュース、企業の公式サイトなど、画面に映し出されている文章を音声で読み上げる、視覚障害者に必要な機能です。同様のアプリケーションソフトは他にもありますが、最初からOSに組み込まれている点にアップルの意識の高さを感じます。

このVoiceOverを開発したチームメンバーの一人に、視覚障害者のディーン・ハドソンさんがいます。彼がコンピュータサイエンスを学んだ学生時代には、アップルのVoiceOverも、その他の音声読み上げソフトも、まだ存在しなかったため、画面に表示されるコードを読む介助者が不可欠でした。

それでも、エンジニアになってアップルに入社した彼は、VoiceOverをはじめとするアクセシビリティ機能の開発に携わり、さまざまな障害のある人がデバイスを利用して自立した生活を送る後押しをしています。アップルはアクセシビリティに正面から取り組むことで、優秀な人材と魅力的な市場の両方を獲得したことになります。

VoiceOverの他にも、アップルは補聴器や拡大鏡の代わりになるものなど、実に多くのアクセシビリティ機能をOSに取り入れています。これらは単にマーケティングや販売のためではなく、企業文化に根差したものといえるでしょう。


アクセシビリティの確保が生き残りの条件となる


日本には以前、障害者向けにパソコンや周辺機器の販売、コンサルティングを行うアップルのグループ会社、アップルディスアビリティセンターがありました。設立は1994年で、それだけでも十分に時代を先取りしているのですが、障害者対応は全社を挙げて取り組むべきという理由で本体に吸収されたことにも驚かされます。

デジタルツールは障害者にとって非常に相性の良いものです。健常者にとって便利なツールやシステムの多くは、健常者以上に障害者をサポートします。実際、アップル以外のマイクロソフトやグーグルなどのテック企業も、アクセシビリティ機能の開発に熱心です。彼らの大口顧客であるアメリカ政府が、アクセシブルなテクノロジーしか購入しないと定めていることも影響しているでしょう。日本でも、いずれは同様の公共調達の要件ができることも考えられます。

このように、テック企業はもちろん、デジタルテクノロジーを何らかの形で取り入れた製品やサービスを提供する企業(つまり、現代におけるほとんどの企業)にとって、アクセシビリティの確保は、生き残りのための必須要件となっています。

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垣内 俊哉 株式会社ミライロ代表取締役社長


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