毎日新聞
2025/6/16 06:30(最終更新 6/16 06:30)

豆塚猛さんが撮影した被爆者の写真=豆塚さん提供
ピカドンの「ドン」が聞こえなかった人たちがいる。
80年前の夏、長崎で被爆したろう者(聴覚障害者)たちだ。
その体験は長い間誰にも伝えられず、記憶の中に封印されていた。
写真家の豆塚猛さん(70)=京都市=は戦後40年が経過した1985年、京都から長崎へ通い、聴覚障害のある被爆者たちの体験を手話通訳を通じて聞き取りながら撮影を重ねた。

豆塚猛さんが撮影した被爆者の写真=豆塚さん提供
45年8月9日。17歳だった男性がぼんやりと空をながめていると、パッパッと線香花火のような光が窓いっぱいに広がった。
外に飛び出すと、爆風にあおられて体が横倒しになった。逃げまどう人たちに踏みつけられたが、障害のため声は出せなかった。
起き上がると体にガラスの破片が突き刺さり、空には真っ黒な雲が広がっていた。
その日のうちに隣組に動員され、救護活動に加わった。
抱き合ったまま亡くなっている母子、片足を爆風で吹き飛ばされた人、皮膚がはがれて垂れ下がった人――。

豆塚猛さんが撮影した被爆者の写真=豆塚さん提供
男性が見た光景は40年たっても脳裏から消えない。
「彼らは話すことができず、伝える相手もなく、被爆の記憶は『沈黙の淵』に沈んでいました」と豆塚さんは言う。
記憶の堰(せき)を切ったように、よみがえってくる体験。それらを語ることで、被爆者たちは自らの人生を再確認していた。
「悲惨な体験をしているのに、なぜか明るいんです。どっこい生きているぜ、という強さに圧倒されました」

豆塚猛さんが撮影した被爆者の写真=豆塚さん提供
被写体となった被爆者の多くは他界したが、写真に残るまなざしは今も強い光を放つ。
戦後80年を前に、豆塚さんが30枚組みの作品に再構成した「ピカドンのドンが聞こえなかった人々」は昨秋、優れたリアリズム写真を表彰する伊藤知巳写真賞に選ばれた。
受賞を記念した写真展は今月30日まで、丸の内フォトギャラリー(東京都千代田区丸の内3)で開かれている。【藤田剛】
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